宇宙戦争

[題名]:宇宙戦争
[作者]:H・G・ウェルズ


 近代SFの父と称されるお二方のうちの一人H・G・ウェルズ氏は、SFにおける様々なガジェットの多くを生み出されたと言われています。このため、「SF作家はウェルズを読まない方がいい」などという言葉がある程です。これから書こうとしているものは大抵、ウェルズ氏が既に書いてしまっているから、というわけですね(^^;)
 本作『宇宙戦争』は、ウェルズ氏の諸作中でも最も有名な作品の一つです。この物語が生み出したイメージは、SFというジャンルそのものに多大な影響をもたらしました。作品の発表は十九世紀末ですが、現在でもなおその面白さは失われていません。
 タコのような姿をした火星人による地球侵略、という展開を少々陳腐に感じられる方もいらっしゃることでしょう。しかし、その印象は本書への無数の追従者が存在したことの証であり、とりもなおさずウェルズ氏の功績でもあります。それは『宇宙戦争』が単なる空想物語に留まらず、鋭い文明批判を内包した風刺小説の側面を併せ持つ作品だったからこそ成し得た、先駆者としての地位なのです。
 イギリス南部に落下した謎の流星、その正体は火星からの侵略者が乗った円筒でした。その内部から強大な戦闘機械が出現し、人々を蹂躙し始めます。

 一八九四年、火星が衝の位置にあったとき、その表面に明るい点が発見されたという報告がなされました(ここは実話のようです)。その後も衝のたびに同じような光が見え、ついにあるとき、火星表面で巨大なガス爆発のようなものが観測されます。火星から誰かが地球に信号を送っているのか、それとも単なる火山爆発なのか――その現象は物議を醸すことになります。
 それからしばらくして、イギリスのウィンチェスターに一つの流星が落下しました。近くに住んでいた哲学著述家の主人公(名前不明、一人称の『わたし』としか書かれません)は、落下した物体がただの隕石ではなく火星人が乗ってきたものであると新聞の売り子から聞き、驚いて落下地点の砂堀り場へ向かいます。
 その物体は直径二十七メートルほどの円筒形をしており、大気圏を高速で飛んできたために焼けこげていました。そして、その中から丸い頭と幾本もの触手を持つ気味の悪い生物が姿を現します。
 人々が嫌悪感を覚えつつ見守っているうち、人間の代表団が白旗を掲げて火星人の円筒へと近づいていきました。しかし、火星人には和平の意図などなかったのです。円筒から目に見えない熱線が放射され、周囲を取り囲んでいた野次馬達を虐殺し始めます。
 平穏な時は終わりを告げ、イギリスは暴虐をふるう火星人に蹂躙されていくのです。

 本作の注目ガジェットは、火星人です。
 火星人は熊ほどの大きさをしており、頭のみで胴体はありません。正面に大きな目が一対とV字型の口が一つ、頭の下からは合計十六本の触手が伸びている――そう、『火星人』と言われて多くの人が思い浮かべるだろう、あのタコみたいな恐ろしい姿です。(ウェルズ氏の直筆イラストはちょっと愛嬌のある姿ですが(^^;))
 この火星人、実はウェルズ氏が人間の未来の姿を想定して生み出されたものです。脳が極度に発達し、逆に消化器官等は不要となって退化してしまっています。そして触手は、より繊細な動きをさせるために変化した手です。作中でも、火星人は人間に似た生物から進化したのだろうと推測されています。
 地球の重力は火星の二倍半ほどあることから、火星人は単独では動き回るのも困難なようです。しかし、彼等は基本的に機械を使って移動や作業を行うため、行動に支障を来すことはありません。
 その火星人最強の道具が、戦闘機械("Fighting-Machine")もしくは三本脚("Tripod")と呼ばれるものです。全高三十メートル以上の巨大な機械で、名前の通り長い三本の脚を持っています。胴体からは幾本もの金属製の触手がぶら下がっていて、かなり器用に動かせるようです。
 戦闘機械は熱線("Heat-Ray")および黒い煙("Black Smoke")と呼ばれる毒ガスで武装しています。このうち熱線は、もし現代のSF作家が書いたのだとしたらレーザー砲と設定するのが自然であろう不可視光線兵器ですが、本書が書かれたのはその発明より六十年も前のことです。
 非常に興味深いことに、劇中ではしばしば戦闘機械そのものを火星人と呼びます。生物としての火星人はほぼ脳だけの存在ですから、ある意味これはサイボーグとも言えるのではないでしょうか。

 『宇宙戦争』で特に印象深いのが、その世界が描き出すイメージですね。巨大な三本脚の戦闘機械が自分を虫けらのごとく無視して跨ぎこし、頭上で人間の軍隊との砲撃戦を繰り広げる――牧歌的な出だしから始まった物語がこうも異様に変貌する様は衝撃的です。後半で三本脚が朝日の中に屹立するシーン等、文章を追うことにより脳裏へ投影される映像の数々が、強く心に訴えかけてきます。本書が長く人々に愛されてきた理由の一つがここにあることは疑いないでしょう。
 もちろん、それだけではありません。火星人の襲来という出来事を通じて、作品から読者に対し様々な問いかけがなされます。火星人の行動とイギリスが後進国に対して取った振る舞いの比較、主要な登場人物である副牧師と砲兵の対比、文明の行き着く先への考察等々……。そして何より重要なのは、人間が万物の霊長の座から引きずり降ろされる瞬間を疑似体験させてくれることですね。火星人の侵略は単なるホラー的要素に留まらず、文明批判と有機的に結びついています。
 古典中の古典と言うべき存在でありながら、本書はただの空想物語に留まらない、近代SFの条件を備えた作品です。本書を読むと、改めてH・G・ウェルズ氏がSFの始祖と呼ばれるにふさわしい作家さんであることを実感できます。一読の価値がある名作です。

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