ロシュワールド

[題名]:ロシュワールド
[作者]:ロバート・L・フォワード


 SFというジャンルには数多くの分類がありますが、その一つであるハードSFは極めて特殊な位置づけを持っていると言えるかもしれません。
 ハードSFとは、作品に登場する物事の科学的正確さを重視する作品群を指します。SFは"Science Fiction"の略語、日本語で空想科学小説と訳されるわけですから、作中の科学的ディテールが尊重されるのは不思議ではないでしょう(科学的に正しいかという点とその作品が面白いかどうかは別の観点ですから、これはあくまでグループ分けの一つに過ぎないのですが)。けれども、しばしばハードSFの中には科学的な部分を重視するあまり、小説としての部分がおろそかになるという傾向のものがあります。
 この『ロシュワールド』は、ハードSFに類する作品の中でも極北に位置する存在です。本書には、ストーリーらしきストーリーも、深い登場人物同士の絡みも、物語から得られる教訓も存在しません(^^;) その代わりに、物理学者であるフォワード氏が入念に作り上げられた、感動的なまでに緻密な科学的舞台設定があります。そして本書にはそれで十分なのです。
 太陽系近隣の恒星であるバーナード星に発見された、奇妙な二重惑星ロシュワールド。調査に向かった派遣隊は、そこで風変わりな知的生命体フラウウェンと出会うのでした。

 二十一世紀半ば、地球から五・九光年離れた場所にある赤色矮星バーナード星へ向けて送り出された無人探測機が、興味深い調査結果を送り返してきました。バーナード星はアルファ・ケンタウリの次に太陽系に近い恒星ですが、二つの惑星系がその周囲を回っていたのです。一つは超巨大ガス惑星ガルガンチュアとその衛星、そしてもう一つが二重惑星ロシュワールドでした。
 ロシュワールドは地球の月と同じくらいの惑星二つが互いに回転しあう双子惑星ですが、あまりに相互の距離が近いためにそれぞれの形状が卵形に変形しています(遠目で見ると『8』の字型)。二つの惑星は大気圏を共有しており、片方はアンモニア水からなる海で覆われていました。そして岩石質の方がロシュ・ローブ、海のある方がオー・ローブと名付けられます。
 この奇妙な惑星系を調査するため、十六人の優秀な人間からなる派遣隊が編成されることとなりました。バーナード星へと向かう彼等の旅は片道切符であり、二度と地球へ帰還することはありません。それでも未知なる世界を探索する喜びに、各メンバーは自らその任務を志願したのです。
 知能低下と引き換えに老化を遅らせる薬“ノー・ダイ”を服用した隊員を乗せて、レーザー推進による巨大なライトセールを備えた宇宙船プロメテウス号は四十年の歳月をかけてバーナード星へと達しました。到着後、派遣隊はまずガルガンチュアとその衛星を、そして次にロシュワールドを調査し始めます。
 着陸船をロシュ・ローブへ降ろした後、そこからVTOL、マジック・ドラゴンフライ号がオー・ローブへと出発しました(ロシュワールドの両ローブ間は飛行機で移動可能なのです)。ところが、予期せぬアクシデントによりマジック・ドラゴンフライ号は遭難し、海へと墜落してしまいます。
 危機的状況に陥る乗員五名――しかし、そこで思いもよらぬことが判明します。オー・ローブの海には知的生命体が棲息していたのです。マジック・ドラゴンフライ号は、陽気で哲学や数学が大好きな不定形知的生命体フラウウェンとファーストコンタクトを果たします。

 本作の注目ガジェットは、レーザー推進システムです。
 バーナード星へ向かうための宇宙船プロメテウス号上には、船を推進させるための動力源が存在しません。では、どのようにプロメテウス号を加減速させるかというと――巨大なライトセール(光帆)へ太陽系からレーザーを照射し、風を受ける帆船のごとく反動で前へ進むわけです。(バーナード星系へ入った後、上手回しなども行っているようです。ますます帆船っぽいですね)
 プロメテウス号本体は全長六十七メートル、直径二十メートルの円筒形をしています。これに対し、ライトセールは直径千キロメートルもの巨大な、しかし非常に薄い円形の金属薄膜からなります。
 太陽系の水星に設けられたレーザー発振機で生み出された超大出力のレーザーは、土星と天王星の軌道の中間に設置されたレンズ群でプロメテウス号へ向けて送り出されます。レーザーによる加速度はわずか百分の一Gですけれども、ずっと加速が続くためにプロメテウス号は二十年で光速度の二十パーセントという超スピードに達するわけです。
 もちろん加速だけではだめで、バーナード星系へ辿り着くためには減速も行わなければなりません。ブレーキの備わってない自動車が輸送手段として役に立たないのと同じです。一見すると後ろから押す方式のレーザー推進システムには減速手段がないように思われますが、作者のフォワード氏はこれに対し鮮やかな解決方法を提示してくれます。
 非常に興味深いことに、フォワード氏はこのライトセールによる宇宙船の推進方法を現実の論文として発表しています("Roundtrip Interstellar Travel Using Laser-Pushed Lightsails" : Journal of Spacecraft and Rockets, Vol. 21, 1984)。もしかしたら、将来の宇宙探査機等でフォワード氏の方式が本当に使われることがあるかもしれません。とてもわくわくさせられますね。

 本書に登場する様々なガジェットには綿密に作り上げられたものが多く、説明を読んでいるだけでも面白いですね(と言うか、この小説にはある意味「説明しかない」とも(^^;))。バーナード星系、ガルガンチュアと衛星群、メインの舞台となるロシュワールドの天体力学的な神秘、プロメテウス号の構造、コンピュータの端末クリスマスブッシュ等々。
 無論、より空想的な面白さも含まれています。特にサーフィン好きな賢者フラウウェン達との交流は実に微笑ましいです。天文学に興味を持つクリアー◇ホワイト◇ホイッスルや、騒がしく飽きっぽいローリング☆ホット☆ヴァーミリオン等、むしろ人間の登場人物よりもよほどキャラクタが立っているほどですし。:-)

 その一方、小説として見た場合の『ロシュワールド』には難点もたくさんあります。
 ストーリーはあってなきがごとし、「ロシュワールドへ探検に行ったら異星人がいました」以上のものではありません(笑)
 人間の描写もお粗末で、性格付けはそれなりにされているものの、印象に残るのは天才パイロット・アリエルのエピソードぐらいです。普通の小説ならばあってしかるべき、派遣隊員間の不和や片道切符旅行への恐れなどは存在しません。未知なる世界の探検隊にしては、いささか軽率に感じられる行動も見られます。
 社会風刺的な部分はわずかにありますけど、これはむしろ研究者の愚痴に近いかも(^^;)
 しかしながら、それらは本書の価値を減ずるものとは言えないでしょう。そういう傾向の要素をこのお話に求めるのは、そもそも筋違いなのです。本書はこのままで十二分に面白いのですから。
 いわゆる文学的な方向性とは異なりますが、『ロシュワールド』はそのディテールが味わい深い、傑作ハードSF小説です。

この記事へのコメント

  • Kimball

    ご無沙汰しております!m(__)m

    突然ですが、ここ2,3日、Twitter界では
    20光年先の地球型惑星発見のニュースに
    ちなんで亜光速ロケットの話題が盛り上がって
    いるようです。

    小飼弾さんも本日記事にされたようです。
    (Twitterへのリンクもあります)
    http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51527711.html

    あは、小生はManukeさんのこの書評を読んですぐに
    アマ損古本でゲットして読んだのですが、
    イカロス君方式だったこと(ていうか
    ストーリーの大半か?)はすっかり
    失念していましたわい<おいおい
    2010年10月04日 20:52
  • Manuke

    お久しぶりです。

    ニュースはチェックしていましたが、Twitter界隈で盛り上がりがあったのは知りませんでした。
    確かに、この距離だと今の技術レベルでも決して不可能とは言い切れないですねー。

    ただ、二十光年の彼方となると、無人探査機でも相当インテリジェントでないといけないように思います。何しろ、通信が往復四十年ですから。
    自己判断で軌道修正しつつ惑星に接近し、生命の存在を探査する、というのはかなり難しそう……。

    > あは、小生はManukeさんのこの書評を読んですぐに
    > アマ損古本でゲットして読んだのですが、
    > イカロス君方式だったこと(ていうか
    > ストーリーの大半か?)はすっかり
    > 失念していましたわい<おいおい

    『ロシュワールド』のストーリーは実質おまけのようなものなので、特に問題なしです(^^;)
    2010年10月06日 01:05
  • むしぱん

    有人恒星間探査をする場合はこのような方法・手順でやるべし、という教科書のお手本のような内容で、大変興奮できる楽しい小説でした。

    レーザー帆推進でこんなふうに減速する方法があるのかと感心しましたが、同氏のブルーバックス『SFはどこまで実現するか』で自身が書かれた論文の紹介では、さらに地球に帰還する方法まで考案されていたのですね。Wikiをみると『ロシュワールド』は続編がいくつか書かれてるようですが、地球からの後援部隊がきたり、地球への帰還が書かれていたりするのだろうかと気になります。

    惑星間の大気が繋がって航空機で行き来できてしまうところも、『火星ノンストップ』のハードSF版のようで興奮しました。

    >普通の小説ならばあってしかるべき、派遣隊員間の不和や片道切符旅行への恐れなどは存在しません。

    フォワード氏にとっては、有人探査参加者は不和や恐れなどにかまってる暇はなく、その描写に力を注ぐことは論外だ、くらいの気持ちで全くそれらに興味はなさそうですね。でもそんな人間描写がなくてもそれを補うありあまるハードSF描写を十二分に堪能できるのでよし、ですね。(笑)
    2016年09月24日 00:17
  • Manuke

    『ロシュワールド』、続編読みたいですね。
    フォワード氏の作品は文学的に凝った文体ではないらしいので、英語で読めばいいという話もありますけど、なかなか踏ん切りが付かず(^^;)

    > 惑星間の大気が繋がって航空機で行き来できてしまうところも、『火星ノンストップ』のハードSF版のようで興奮しました。

    こちらの作品は知りませんでしたが、なかなか凄い内容ですね(^^;)
    機会があれば読んでみたいかも。

    > フォワード氏にとっては、有人探査参加者は不和や恐れなどにかまってる暇はなく、その描写に力を注ぐことは論外だ、くらいの気持ちで全くそれらに興味はなさそうですね。でもそんな人間描写がなくてもそれを補うありあまるハードSF描写を十二分に堪能できるのでよし、ですね。(笑)

    まったくです(笑)
    一方で、クリスマスブッシュの説明にかなりページを割いていたりと、一般的な小説とは力の入れどころが違うと言うか……(^^;)
    このくらい割り切られてしまうと、いっそすがすがしいですね。
    2016年09月28日 02:12
  • リンク

    どんどん繰り出されるアイディアのレベルの高さと量は圧倒的、こんなに面白い本が絶版とは残念。
    2016年10月23日 15:00
  • Manuke

    ハードSFの傑作が絶版状態というのはファンとしてやるせないですね。
    ただ、先日早川書房さんのサイトで電子書籍化して欲しい本の投票が行われていましたので(私は『ロシュワールド』にも票を入れました(^^;))、もしかしたらいずれ電子書籍として発行されることになるのかも。
    2016年10月28日 01:09
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