海竜めざめる

[題名]:海竜めざめる
[作者]:ジョン・ウィンダム


 この作品は、ジョン・ウィンダム氏による破滅テーマSF小説、いわゆる〈心地よい破滅〉に属する小説です。
 物語の中で世界を滅亡に追いやろうとするのは、宇宙より飛来する謎の存在・潜海生物です。但し、単純な宇宙侵略ものとは異なり、この相手は深海に潜ったまま姿を見せることはありません。本書の描写は主に、文明が崩壊していく過程へと焦点が当てられています。
 多くの人々が目撃した赤い火球――それは、やがて訪れる出来事の予兆に過ぎませんでした。人類は深海に潜む敵との闘争を余儀なくされるのです。

 イギリスEBC放送の職員マイク・ワトソンとその妻フィリスは、アフリカ北部への新婚旅行中に、五つの赤い火球が海へ落ちるのを目撃します。その記事はマイクによってイギリスへ送られ、ニュースとして放送されますが、当初はほとんど話題にもなりませんでした。空飛ぶ円盤騒ぎと同系列のものと思われたためです。
 しかし、その後も目撃談は絶えることなく、更に火球が落ちる場所は決まって海、それも深さ四千メートル以上の深海がある場所ということが判明してきます。
 事態解明のためにイギリス政府は深海調査を行うことに決め、マイク達は記者としてそれに同行することになりました。けれども調査中に、潜水球バチスコープを吊り下げるケーブルが切れ、搭乗者二名の命は失われてしまいます。しかも、切断されたケーブルの端はまるで熱で溶けたように丸みを帯びていたのです。
 アメリカでも同様の調査が行われ、やはり失敗に終わりました。そして、海洋調査を行う船が次々と消息を絶ち始めます。これに業を煮やしたのか、アメリカは深海で核実験を行うという強行手段に出るのです。
 一方そのころ、地質学者アラステア・ボッカー博士が、深海で起きつつある物事に対する新たな説を発表していました。曰く、深海には赤い火球に乗ってやってきた異星の知的生命体・潜海生物が潜んでいるのだと。その当初の目的は明らかではないが、今や彼等は人類に対して敵意を抱いているのだと。
 ボッカーの表明は当初、妄言と受け取られました。あまりに荒唐無稽だと考えられたためです。しかし、事態はボッカーの予想よりもなお悪い形で進行し始めます。
 謎の存在である潜海生物は、その正体を見せないまま人類へと牙を剥き始めるのです。

 本書の注目ガジェットは、潜海生物("Xenobath")です。
 作中でボッカー博士により命名されたこの知的存在ですが、実際のところは潜海生物とはどのような存在なのかを知らないまま、人類は彼等と対峙することになります。
 当初はただ空の彼方より飛来して海底へと潜ってしまうだけの、どちらかと言えば無害な存在なのですけど、物語が進行するにつれ潜海生物は明白に人類へ敵意を向け始めます。
 この潜海生物の地上への関わり方によって、本書はファーストコンタクトである『第一段階』、人間を攻撃し始める『第二段階』、大規模な災害を引き起こす『第三段階』と章分けされています。第二段階以降では、潜海生物の操るとされる“海の戦車”が海底から姿を現し、人々を恐怖のどん底に陥れるのです。
 興味深いのは、彼等に必ずしも最初から人類を害する意図があったとは限らない点です。作中では、人類の取った行動が潜海生物の態度を変えさせたのではないかと指摘されています。この辺りには、現実に対する文明批判も含まれているのかもしれません。

 本書には、H・G・ウェルズ氏の『宇宙戦争』に対するオマージュ的な要素が見受けられます(ボッカー博士が現状と『宇宙戦争』のシチュエーションを比較する下りあり)。どちらも異星からの侵略が展開の要で、作中の年代も二十世紀です。
 もっとも、ストーリーのタイムスパンは大きく異なります。『宇宙戦争』は比較的短い期間を描いたお話ですが、『海竜めざめる』は数年に渡る長期の物語です。この時間尺度の違いは、前者がパニックもの、後者が人類滅亡ものという傾向の違いをもたらしているのではないでしょうか。
 特に後半の、マイクとフィリスがじわじわと滅びゆく人類文明を目の当たりにする部分は実に物悲しく、読み手の心に染み入ります。異星人との敵対という派手なガジェットを核に据えながらも、本書の肝はこの寂寥感にあると言えるでしょう。

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