10月1日では遅すぎる

[題名]:10月1日では遅すぎる
[作者]:フレッド・ホイル


 フレッド・ホイル氏は高名な天文学者です。物理学その他の功績で知られる氏ですが、反骨心溢れると言いますか、物議を醸す反主流の理論をいくつも提唱されたことでも有名ですね(^^;)
 例えば、地球生命の起源を宇宙空間としたパンスペルミア説や、ビッグバン理論を否定した定常宇宙論(「ビッグバン」という言葉自体がホイル氏の発明)等々……。
 そのフレッド・ホイル氏が、時間と意識に関するご自身の考えを物語のバックボーンとして書かれたのが、本書『10月1日では遅すぎる』です。時間というものに対する氏の鋭い考察を知ることができるだけでなく、時間SFとしても十分な面白さを持った作品です。
 世界に突如として起きた異変。それは地球の各地が時間的なモザイクになってしまうというものでした。つぎはぎの世界で、リチャードは何を見、何を知るのでしょう。

 イギリス人音楽家であるリチャードは、世界現代音楽フェステバルへ参加した帰りに、大学時代の友人にして優れた科学者のジョン・シンクレアと再会しました。彼等は意気投合し、二人で久しぶりに登山をしようと決めます。
 ところが、その途中でジョンが一時的に行方不明になってしまいます。ほどなくリチャードはジョンと合流できたのですが、ジョンはその数時間のことを覚えていませんでした。しかも、ジョンの腰の辺りにあったはずの痣が消えてしまっているという不思議な現象付きで。ジョンはその件を重く見て、事態の証言者であるリチャードを連れてアメリカへと戻ります。
 その頃アメリカでは、太陽輻射を観測するために打ち上げたロケットの電子機器が異常を来すという問題が発生していました。人々はロケットが故障したのだと考えていましたが、大学へ戻ったジョンはそれに関して新たな説を示します。曰く、太陽から指向性の強い赤外線ビームが放射されていて、機器に影響を与えているのだと。
 それは人類の想像を絶する存在が、太陽から彼方の宇宙に向けて情報を送信していることを意味します。しかし、それが何者であるかは分かりません。更なる調査をするために新たなロケットを打ち上げることになり、リチャードとジョンはその観測のためにハワイへと向かいます。
 けれどもある日、突如としてアメリカ本土との連絡が途絶えてしまいます。もしかしたら、戦争が起こって都市が破壊されてしまったのではないか――そう危惧した人々は、アメリカ大陸上空へ飛行機を飛ばしました。ところが、そこで彼等が目にしたのは、かつて都市部だった場所が原始林に覆われ、前近代的な住居がまばらに存在する、まるで新大陸発見以前のような有様だったのです。

 本作の注目ガジェットは、時間的なつぎはぎ状態の地球です。
 ストーリーが進むうち、同一の地球上に複数時代の地域が同居していることが判明してきます。ハワイ及びイギリスは一九六六年、フランスとドイツは一九一七年、ギリシャは紀元前四三〇年頃といったように。
 なにしろ一九一七年と言ったらフランス・ドイツ間は第一次世界大戦の真っ最中ですから、その五十年後の世界であるイギリスは対応に苦慮することになります。
 多くの時間SFにおいて、他の時代へ赴くのは比較的少人数の時間旅行者によってなされることがほとんどですが、本書では国単位の集団同士が接触するというシチュエーションが面白いですね。

 太陽から放射されているビームやその後の時間的異変は、あくまでSF小説としての設定であり、フィクションです。しかし、作中でジョンがリチャードに対して説明をする形でなされる時間や意識の解釈は、科学者フレッド・ホイル氏のご意見がそのまま表明されているようです。示唆に富んだ興味深い内容であり、一読の価値があるでしょう。
 また、主人公リチャードが音楽家であることから、お話の中にも音楽に関連した部分が多数登場します。章題にも『フーガ』や『アジタート』といった音楽用語が割り振られており、それぞれが章の内容を表しているのが洒落ていますね。
 単なる時間SFに留まらず、色々な観点から楽しむことができる、魅力的な作品です。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/29706993

この記事へのトラックバック