透明人間

[題名]:透明人間
[作者]:H・G・ウェルズ


 包帯ぐるぐる巻きにサングラス、全身を覆い隠した怪人が、その包帯を取り除くと……。
 近代SFの始祖H・G・ウェルズ氏による、「目に見えない男」の引き起こす騒動とその末路を綴った物語が、本書『透明人間』です。
 元々、神話や寓話にも「人間の姿が見えなくなる」というお話は存在していましたけど、それを魔法や神通力ではなく、あくまで科学の力で成し遂げた(原理は謎ですが(^^;))という設定が本作の妙です。この設定によりぐっと現実感が増し、『透明人間』はSFホラーの古典という位置付けを得たわけですね。
 アイピング村に現れた、誰にも肌を見せない謎の男。その包帯の下には、何も存在しなかったのです。

 二月のある吹雪の日、イギリスの片田舎にあるアイピング村を奇妙な男が訪れました。コートの襟を立て、厚手の手袋を填め、フェルト帽を目深に被ったその男は、馬車宿へよろめき入ると宿へ泊まりたい旨を告げました。
 応対したおかみのホール夫人は、男の顔が青眼鏡と包帯ですっかり覆われ、肌が見えるのは鼻の頭だけという様子に仰天します。しかしながら、ホール夫人は男が怪我をしているのだろうと察し、金払いも良かったことから誠意を尽くすことにします。
 ところが、この自称・発明家の客は極めて愛想の悪い男でした。ホール夫人の世間話を苛立たしげに中断させたり、自分が泊まっている部屋へ立ち入らせなかったりするのです。その上、取り寄せた薬品を使って怪しげな実験を始める始末でした。また、四月に入ると次第に宿賃が滞るようになります。
 客が馬車宿へ長々と逗留する間、周囲の者は次第に妙なことを目にし始めます。客の包帯がほどけた口元が大きく裂けているように見えたとか、手袋を付けていない客の袖の中が空っぽだったとか、といったことです。村の人々は馬車宿の客が何者なのかを噂するようになりました。
 そして聖霊降臨節(六月?)の早朝、牧師館に泥棒が入ります。気配はすれど姿のない泥棒を牧師夫妻は探し回りますが、見つけることはできませんでした。
 時を同じくして、馬車宿では亭主のホールが、客の部屋が開けっ放しで誰もいないことに偶然気付きます。驚いたことに、部屋の中には服が脱ぎ散らかされており、玄関のかんぬきは外されていました。客は裸でどこへ行ってしまったのかと、ホールは夫人と二人で首をかしげていたところ、突然家具がポルターガイストのように暴れ出し、ホール夫妻は部屋を追い出されてしまいます。
 いよいよこれは魔法使いの仕業か――物見高い連中が馬車宿の酒場へ集まってくる中、部屋から包帯まみれの男が出てきました。ホール夫人は滞っている勘定を催促し、諸々の奇妙なことについて説明を求めます。
 すると、客はいきなり激高して、思いもよらない行動に出ました。付け鼻を投げ捨て、色眼鏡と帽子を取り外し、顎髭と包帯をむしり取ります。
 現れたのは、酷い傷跡などではありませんでした。何もない空っぽの顔――男は透明人間だったのです。

 本書の注目ガジェットは、人体の透明化です。
 透明人間グリッフィンは光の密度を研究していた科学者で(詳細は後述)、二つの技術を元に生物を完全に透明にする手段を開発することに成功します。一つは、物質の属性を変化させず屈折率だけを空気と等しくする方法、もう一つは血液の中の色素(ヘム?)を無色にする方法です。
 グリッフィンによると、人間の体を構成する物質は本来、髪の毛や血液の色素を除けばほぼ無色透明(海のクラゲのように)であり、屈折や反射により目に見えているだけなのだと説明されています。つまり、色素を脱色した上で屈折率を空気と等しくすれば、水中のガラス同様に存在しても不可視となってしまう、という理屈です。(ちょっと単純化し過ぎているように感じますけど(^^;))
 物質の屈折率を空気と等しくしてしまう方法は、グリッフィンが編み出した「四次元の世界を三次元で表現する法則」なる謎の理論から導き出されたもので、何らかの装置により実現されます。具体的な手法は不明ですが、エーテル状の波動("ethereal vibration")二つの中間に無色透明な対象物を置くと、その物体の屈折率を変化させられるようです。
 もう一つの、血液の中の色素を脱色する方法は、グリッフィンが調合した薬品を飲むことで行われます。この薬品を飲むとかなり気分が悪くなるようで、脱色が完了するまでに地獄の苦しみを味わったとグリッフィンは述べています。
 この両措置が完了すると、人体は完全に見えなくなり、視認不能になります(グリッフィンは自分で試す前に白猫を透明化していますが、この猫は目と爪だけ不透明のまま)。
 なお、透明なのは人体だけなので、服を着たり体に泥が付くと見えてしまいますし、食べ物を摂取すると消化が終わるまで胃袋の内容物が見えるというグロテスクな状態になります(笑) また、グリッフィンが発明したのは透明化だけで、戻す方法は見つけていません。
 物体の屈折率を自在に変化させることができるとすれば、その工業的価値は計り知れません。血液色素の脱色自体はあまり活用方法が思いつきませんけど、ヘモグロビンの酸素運搬の要であるヘムの赤は鉄の色なので、これを生きたまま別の元素に置き換えたのであれば大変な偉業ですね。そうしたせっかくの発明を公表することなく、かつ元に戻す方法も準備しないままに自身を透明化してしまう辺りにも、グリッフィン君の視野の狭さが表れていると言えるでしょうか。

 グリッフィンは元は医学専攻だったのが途中で物理学に転向したという経歴の青年科学者です。年齢は三十歳前後、身長百八十センチほどで、アルビノです。透明化に魅了されたのは、自分の色素が薄かったことも一因とのことです。
 頭脳は優秀と思われますが、性格は極めて悪く、他者に対しての思いやりを欠いています。猜疑心が強く、周りの人間を見下し、自分の思い通りにならないと癇癪を起こすこともしばしばです。
 映画などの派生作品では、透明化措置のせいで性格が歪んでしまったと設定されることもありますけれど、原作では特にそうした説明はなく、むしろ透明になる前からグリッフィン君はろくでもない人間ですね(^^;) 研究費が足りなくて父親からお金を盗み、そのせいで父親は自殺してしまったのに全く同情しないというタチの悪さです。
 そんな、元々あまりモラルを持ち合わせない彼が透明人間になってしまったことで、その行動には歯止めが効かなくなります。誰にも見えないのをいいことに、やりたい放題です。
 物語の中盤で、グリッフィンは大学時代の同級生ケンプ博士の屋敷に転がり込むのですが、ここで彼はケンプ博士に対し、恐怖政治を樹立すると宣言します。自分に従わない人間は透明人間であることを利用してことごとく処刑してしまうという恐ろしい企みです。当然ながらケンプ博士はグリッフィンの考えを嫌悪し、袂を分かつことになります。
 傲慢で短気な幼児性の強い人物として描かれる(と言うか、「描かれない」と言うか(^^;))グリッフィン君ですが、同時にその徹底した身勝手さが独特の魅力を持つキャラクタです。彼と同じく「誰からも罪を咎められない」立場を得たとき、私達は果たしてグリッフィンよりもマシな行動が取れるでしょうか。

 洋の東西を問わず、「人間の姿が見えなくなる」という物語は昔から数多くあります。例えば、『天狗の隠れ蓑』や『ギュゲスの指輪』などですね。
 しかし、本書の透明人間はそれらの先行作品とは異なり、あくまで科学技術によって達成されたものという設定であるため、何でもありの魔法とは違って様々な現実的制約が生じます。こうした部分の考察が、お話を俄然面白くしてくれます。
 核となる透明化技術こそ架空のものですけど、「透明な人間が実在したらどんなことが起こるか?」という思考実験の先駆性が、本作を古典に位置付けることになったのだと思われます。後年の「人間の姿が見えなくなる」お話の多くに影響を与える、ウェルズ氏の代表作の一つです。

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