天の向こう側

[題名]:天の向こう側
[作者]:アーサー・C・クラーク


 アーサー・C・クラーク氏の短編十四編を集めた傑作短編集です。
 本書は主に一九五〇年代、つまり氏がSF黄金時代に執筆された作品が収められています。名作『九〇億の神の御名』のようにウィットに富んだものから、表題作『天の向こう側』のように近未来を丁寧に描いたものまで、なかなかの粒ぞろいですね。
 また、後に長編化された『遙かなる地球の歌』短編版は、クラーク作品には珍しく(^^;)ラブストーリーの色が強いお話で、長編版とはまた違ったテイストを味わうことができます。

◎九〇億の神の御名

 チベットの僧院は、自動逐次コンピューターであるマークVコンピューターを欲していました。
 ラマ僧達は僧院建設以来、神のあらゆる可能な御名を連ねたリストを作成し続けており、それを終えるには一万五千年が必要と目されていました。しかし、マークVコンピューターがあれば、その作業を一〇〇日で終えることができるのです。
 コンピューター会社のワグナー博士にとっては、売れさえすればマークVの用途が宗教的作業であろうが何であろうが構いません。かくして、マークVコンピューターは二人の技術者ジョージ・ハンリー及びチャックと共にチベットの僧院へ送られ、ラマ僧達の望み通りに御名を出力するよう改造されて稼働を始めます。
 しかし、「神の御名」のリストアップには、ある宗教的な意味があったことを、二人は現地で知るのです。

◎密航者

 ソールズベリー平原にイギリス初の宇宙港が建設されました。空港に着陸した貨物宇宙船のソーンダーズ船長は、イギリス次期国王ヘンリー皇太子の見学を受け入れることになります。
 アメリカ人のソーンダーズ船長は、皇族などというものは阿呆だと侮蔑していたのですが、ヘンリー皇太子の質問はお義理ではない真剣なものであり、力場駆動の原理を知っているほど宇宙船に造詣が深いことを知って驚きます。
 ヘンリー皇太子が見学を終えた後、イギリス人の部下二人から皇太子がろくに宇宙に出る自由も与えられていないことを知り、気の毒がるソーンダーズ船長でした。
 ところが……。

◎天の向こう側

 衛星軌道への宇宙滞在が当たり前となった西暦二〇〇〇年頃に、それが開拓時期であった一九七〇年代を振り返るという回顧録風のお話です。(執筆はスプートニク打ち上げ直後の一九五七年)
 六つの掌編、『速達便』/『羽根のある友』/『大きく息を吸って』/『宇宙空間の自由』/『すれちがい』/『星々の呼び声』の連作形式で綴られます。

◎暗黒の壁

 領主の息子シャーヴェインの宇宙には、彼の住む惑星と、大きな太陽トリローンのみが存在していました。
 トリローンは惑星の北極上空にあり、その直下は今では立ち入ることのできない“火の国”がありました。そして、南に向かっていくと、トリローンが見えなくなる帯状の“影の国”があり、その少し先には巨大な“壁”が行く手を阻んでいました。
 “壁”の向こう、トリローンの光が届かない惑星の裏側には何があるのか、シャーヴェインは好奇心に駆られます。しかし、言い伝えは曖昧かつ、人によって言うことが違っており、彼の満足のいく回答は得られませんでした。
 成長し領主となったシャーヴェインは、友人の建築家ブレイルドンの力を借りて、少年時代からの疑問を突き止めようと決心します。

◎機密漏洩

 ハンスは鳩時計やオルゴールといったものを作る職人でした。
 あるとき、破産した客が仕事の代金代わりにテレビ受像器をよこし、これまで忙しくてテレビを買わなかったハンスは初めてテレビ番組を見ることになります。そして、放映されていたスペースオペラ『宇宙連隊司令官ジップ隊長』に夢中になってしまいます。
 ところが、数週間を経て、ハンスは番組内で使われる小道具の出来の悪さが気になり始めます。未来世界だというのにあまりに不恰好すぎるそれらの道具が、芸術家のハンスには我慢がならなかったのです。
 そこでハンスは、番組に使う小道具を自分でデザインしなおし、番組のプロデューサーの元へ持ち込みました。プロデューサーは即座にその素晴らしい作品を採用し、『ジップ隊長』は見違えるように改善されることになります。視聴者はそれをただのフィクションではなく未来そのものだと感じ、俳優達もまた小道具に触発されて新生命を吹き込まれたかのように演技するようになりました。
 ところが、そこで思わぬ横槍が入ることになります。

◎その次の朝はなかった

 地球から五〇〇光年離れた惑星サールでは、遥か彼方の地球に危機が訪れていることを察知しました。その太陽は、ほどなく爆発してしまうのです。
 サールの知的集団はテレパシーを使って地球人に話しかけようとしました。彼らはブリッジと呼ばれるワームホールで地球人救出を提案するつもりだったのです。
 けれども、サールからのテレパシーが通じたのは、仕事ではミサイル製造をせっつかれ、プライベートでは妻に逃げられてぐでんぐでんに酔っ払ったロケット工学者ウィリアム・クロスだけだったのです(^^;)

◎月に賭ける

 『天の向こう側』と同じ形式の、回顧録エッセイ風小説です。(執筆はこちらが先)
 史上初の月探検を目指したイギリス・アメリカ・ロシアの月共同遠征隊での出来事が、イギリス隊隊長の視点で綴られ、『スタート・ライン』/『ロビンフッド教授』/『みどりの指』/『輝くものすべて』/『この空間を見よ』/『居住期間の問題』の六つの掌編で構成されます(執筆はもちろんアポロ計画より前の一九五六年)。

◎宣伝キャンペーン

 宇宙侵略映画《宇宙からの怪物》は、マイクロカメラで撮影したクモを異星人として使うことで、迫真の映画に仕上がっていました。プロデューサーらはヒットを確信し、“地球よ、油断するな!”というポスターを世界中に張り出し、宇宙船を模した飛行機を飛ばしたり、機械仕掛けの侵略者で人々を驚かしたりします。そして目論見どおり、映画は多くの観客を集めることになりました。
 ところが折り悪く、ここで本物の異星人が宇宙からやってきたのです(笑)

◎この世のすべての時間

 泥棒のロバート・アシュトンの家に女性の訪問者が現れました。彼女は大金を積み、大英博物館から数々の美術品類を盗むことをアシュトンに依頼します。
 そんなことをすればたちまち捕まってしまうと拒否するアシュトンに、女は窓の外を見るよう言いました。驚いたことに、窓の外の光景は時間が止まったかのように凍り付いていたのです。
 驚くアシュトンに女は、変化したのは外ではなく部屋の中なのだと説明します。女が持っているブレスレットは時間の尺度を変えることができ、外の世界の一分は部屋の中で一年に当たると言うのです。ブレスレットは携帯用の“場(フィールド)”の発生器であり、“場”の半径は七フィートほどとのことでした。
 着用者以外の物事が止まって見えるブレスレットがあれば、泥棒し放題です。アシュトンは依頼を受けることにしたのですが……。

◎宇宙のカサノヴァ

 銀河調査隊員である主人公(「おれ」、名前不明)は、八〇パーセントの時間を宇宙空間でひとりきりで過ごし、銀河を駆け巡って未発見の異星人を探すという仕事を続けています。そして時折、惑星上で休暇を取る際には、現地女性達との刹那のおつきあいを楽しむということを繰り返していました(^^;)
 そんな彼が基地を出てから二ヶ月経ったとき、遠距離モニターが弱い信号を拾いました。それは、超通信ができるほどに進歩した種属がそこにいることを示しています。
 早速主人公の方からも通信を送ってみたところ、相手は人間以外の異種属ではないことが判明しました。それは五〇〇〇年前、第一帝国が崩壊したときに取り残された、人類の失われた植民地アルカディアだったのです。しかしながら、長い年月のために英語の文法は変化し、両者の会話は困難になっていました。
 そこで、向こう側の通信相手が美しい声の女性に交代します。それは古代英語を専攻する惑星アルカディア唯一の言語学者リアラで、その声に魅了された主人公は早速コナをかけ始めます(笑)
 やがて船がアルカディアへ到達したとき、彼が目にしたのは……。

◎星

 超新星の残骸フェニックス星雲(架空の星雲)へと向かった地球の調査船は、そこで意外なものを発見します。超新星に吹き飛ばされずに残った星系外縁の惑星上に、人工物のモノリスが存在したのです。
 そのモノリスの下には“地下壕”があり、中にはこの星系に存在した知的生命の遺物が隠されていました。彼らは星の爆発を予見し、自らの滅亡が避けられないことを知ると、どこかの種属に発見してもらえるよう文明の全てをそこに遺したのでした。
 人間とは似ていない姿ながら、決して邪悪ではないその知的生物の遺跡を見て、主任天文学者でイエズス会士の「わたし」は信仰心が揺らぐのを感じます。何故なら――。

◎太陽の中から

 水星の昼側と夜側の境目である薄明帯(※本作では、水星の自転周期は公転周期と同じという設定)にある天文台では、数十人の科学者が二十四時間体制で太陽の観測を行っていました。
 あるとき、太陽表面で爆発が発生し、水星へ向けて物質が放出されました。特に危険はないため、絶好の観測機会と喜んだ科学者達は様々な波長でその様子を調査します。そしてレーダー観測の結果、放出物の中に奇妙な楕円形の団塊を発見します。
 何かの構造を持つらしいその希薄で熱い物体は、生物だったのです。

◎諸行無常

 人類が理性を獲得する以前の時代、大洋に旅客船を就航させるようになった時代、そして遙か未来の時代。
 三つの異なる時間で、それぞれの時代の子供が同じ場所で波間に近づき、海と戯れます。

◎遙かなる地球の歌

 惑星表面の九割が海で、たったひとつの大きな島に数千人の人間が暮らす植民惑星サラッサ。地球から亜光速宇宙船で一〇〇年の距離にあるこの星は、三〇〇年の間地球と没交渉でした。
 しかし、そのサラッサ上空へ、突如として宇宙船が姿を現します。それは新たな植民地へ向けて地球から旅立った恒星間宇宙船マゼラン号でした。マゼラン号は旅の途中、流星遮蔽スクリーンが破損してしまい、サラッサの海水でスクリーンを作り直すために立ち寄ったのです。
 パーム・ベイ村長の娘ローラは、漁師のクライドと婚約していました。しかし彼女は、スクリーン新造のため地表へ降りてきた技術者の中の一人、副機関士レオンに出会い、恋に落ちてしまいます。束の間の滞在の後、レオンがマゼラン号と共に宇宙の彼方へ去っていき、二度とサラッサを訪れることはないと知りながら。

 宗教とコンピュータという取り合わせを鮮やかなオチで纏めた『九〇億の神の御名』は名作ですね。また、恒星内に生息する生命体を描いた『太陽の中から』も、我々とは全く違う異生物の在り方を描いた、短いながらも興味深い作品です。
 短編版『遙かなる地球の歌』を長編版と比較すると、最も大きく異なるのは地球の扱いでしょうか(長編版では太陽の爆発により消滅)。短編版では単なる憧れの対象である地球も、長編版では「既に失われた故郷」という痛みを伴って描かれます。逆に、余計な要素がない分、短編版の方がより純粋な悲恋の物語と言えるでしょう。

 個人的お気に入りは、表題作の『天の向こう側』です。これはクラーク氏ご自身が考案した、静止衛星軌道上の中継ステーションというアイディアを扱ったお話です。三つの有人宇宙ステーションを静止衛星軌道に建設し、全世界をカバーする衛星中継システムを構築するというもので、氏が一九四五年に雑誌Wireless Worldで発表した論文をそのまま実現するようなストーリーですね。
 静止軌道の通信衛星は、現実には無人として打ち上げられましたので、これは実現しなかった未来です。しかしながら、宇宙ステーション建設にまつわる奇をてらわないエピソードを三十年後から振り返るという形式のせいもあって、現実感があり、かつ不思議な懐かしさを覚える内容となっています。
 本作は既に「あり得たかもしれない未来」となってしまいましたけど、同時に私達が将来本格的に宇宙へ乗り出すときの「いつか実現するかもしれない未来」の相似形にも感じられます。そんな、どこかノスタルジックな近未来宇宙SFです。

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