無常の月

[題名]:無常の月
[作者]:ラリイ・ニーヴン


 ラリイ・ニーヴン氏の秀作短編十四編を収めた短編集です。
 ニーヴン氏といえば、時代を経るに従い広がっていく人類の「既知宇宙」での出来事を描いた傑作シリーズ、〈ノウンスペース・シリーズ〉が代表作ですね。本短編集でも、『待ちぼうけ』/『ジグソー・マン』/『地獄で立往生』の三作品が〈ノウンスペース・シリーズ〉に属するものです。
 また、『終末も遠くない』及び『未完成短篇 一番』は、氏のファンタジー〈魔法の国シリーズ〉に属します。このシリーズは、魔法の源をマナという不可視のエネルギー資源と定義し、その枯渇問題を扱ったサイエンス・ファンタジーですね。
 他にも、『路傍の神』は〈ザ・ステート〉に属するお話のようです。人類が超光速航法なしに外宇宙へ進出した未来を描いたもので、バサード・ラムジェット式の宇宙船ラムシップがお話に深く関わってきます。
 もっとも、どれもストーリー自体は独立した内容なので、それぞれの世界観を知らなくても十分楽しむことができます。

◎時は分かれて果てもなく

 英語版での表題作("All the Myriad Ways")です。
 捜査課の警部補であるシーン・トリンプルは、訳の分からない自殺の多発化に頭を悩ませていました。人々は特に理由もなく、衝動的に命を絶っているようにしか思えなかったのです。
 中でも、資産家アンブローズ・ハーマンの自殺は大きな謎でした。彼は並行世界事業団(クロスタイム・コーポレーション)への出資で莫大な利益を得ており、更には前の晩に友人とのポーカーで大勝ちしたりと、何一つ不自由のない生活だったにも拘わらず、唐突に飛び降り自殺を図っています。
 頭を悩ませるトリンプルに、同僚のベントレイは並行世界事業団に原因があるのではないかとの説を披露します。並行世界事業団とは、無数に分岐していく並行世界という並行時流理論を研究し、それを横断する船を開発した企業でした。そして、別の時間流から発明を持ち帰ることで利益を上げていたのです。
 ベントレイの仮説は、事業団が別の並行世界から「自殺菌」を持ち帰ったのではないかというものであり、事実船のパイロットの自殺率は異常に高くなっていました。しかし、トリンプルは並行世界事業団を調べるうちに、ある思いつきを得るのです。

◎路傍の神

 人間観察家の老人である「わたし」は、夏の暑い日を公園のベンチで眠りこけるお年寄りを装いつつ、趣味の人間観察を行っていました。
 そこへ、明らかに宇宙からやってきたと分かるラマー("Rammer":〈ザ・ステート〉用語で、ラムシップ操縦士のこと)が姿を現します。ラマーは初めて地球を訪れた様子で、周囲の光景に歓喜していました。
 ところが、ある少年の取った行動がラマーを怯えさせ、驚きのあまり卒倒しかけてしまいます。「わたし」は慌てて彼に近づき、倒れないようベンチまで運びました。
 落ち着きを取り戻したラマーは、自分がショックを受けた理由を「わたし」に話し始めます。それは、彼が宇宙空間で出会った金色の巨人にまつわる話でした。

◎霧ふかい夜のために

 数学者の「わたし」はサンフランシスコのある晩を、ホテルの向かいにある酒場で過ごしていました。
 外はまるで、練り歯みがきみたいな濃霧に覆われていました。「わたし」がアイリッシュ・コーヒーをもう一杯だけ飲んでから帰ろうと考えたとき、不意に見知らぬ男が話しかけてきます。それは、帰るのは霧が晴れてからにした方がいいという忠告でした。
 男が言うには、無数に分岐を続ける並行世界の世界ラインはときどき合流することがあり、それが起きたときは周囲が霧のようにぼやけてしまうとのことでした。霧を抜けて道路を渡っても、ホテルはそこにないかもしれない、と。
 そして、男は自分の身に起きたことを語り始めます。

◎待ちぼうけ

※『太陽系辺境空域』収録作と共通。

 冥王星の探検調査のために着陸船でその地表へと降下したジェロームと「わたし」の二人。けれども、冥王星の地表は氷で覆われていたためロケットの熱でそれが溶け、そして再び凍り付いたことで着陸船は氷層に閉じ込められてしまったのです。
 ジェロームは放射能汚染されたロケット下部に潜り込んで状況を調べた後、自ら宇宙服のヘルメットを脱いで死を選びます。
 しかし「わたし」は、もしかしたら救出してもらえるかもしれないあることを思いつき、実行しました。それがどんな結果をもたらすのかを知らず。

◎ジグソー・マン

※『太陽系辺境空域』収録作と共通。

 犯罪者は死刑となり、移植用臓器へと解体されてしまう時代――。
 ルーは、とある罪を犯した咎で監房の中にいました。明日になれば死刑を宣告される運命でしたが、ルーは自分が死刑になるほどの罪を犯していないと感じていたのです。
 そんなおり、彼の隣に収監されていた老人が、臓器に解体されることを嫌って爆弾で自殺しました。その結果、監房の壁に穴が開いてしまい、ルーはそこから脱獄を図ります。

◎終末も遠くない

 昔々、あるところに〈魔術師〉("the Warlock")と呼ばれる並外れた魔法使いがいました。彼は自分の魔法を、周囲の者を助けるときだけ使うよう心がける人物でした。
 あるとき彼は、一ヶ所に十数年も留まり続けると自分の魔力が弱まっていくことに気付きます。その地を離れると力は戻ってくるのですが、滞在期間が長引くとまた魔力が弱くなってしまうのです。
 何故そんなことが起こるのか――幾度も転居を繰り返した後、〈魔術師〉は好奇心からある実験を行い、そして魔力に関する真実を知ります。それは文明の終焉を意味するものでしたが、〈魔術師〉はそれを口外せず胸の内にとどめておくことにします。
 そして月日は流れ、彼がとある丘の地中にくりぬいた洞窟で村娘のシャーラと過ごしていたとき、魔剣を携えた剣士ハップがやってきました。ハップはシャーラにちょっかいを出して肘鉄を食らわされたことで、彼女が〈魔術師〉に誑かされていると思い込み、退治しに来たのです。
 ハップは一介の剣士に過ぎないものの、魔剣グリランドリーは恐るべき脅威でした。〈魔術師〉はシャーラを逃がした後、ハップに立ち向かおうとするのですが……。

◎未完成短篇 一番

 〈魔法の国シリーズ〉ですが、ほぼ一発ギャグのショートショートです(^^;)
 ある夏のこと、炎暑の戸外から魔法使いの岩屋へ入った旅の魔術師は、その涼しさに驚きました。この地の聖糧(マンナ)は魔術がほぼ不可能なまでに減少しているはずなのに、どうやって冷気を保っているのかと尋ねたところ、魔法使いは「小さな悪魔」を使っているのだと種明かしをします。その方法とは――。

◎未完成短篇 二番

 『一番』より更に短い、ある決まり文句を揶揄した一文です(^^;)

◎スーパーマンの子孫存続に関する考察

 スーパーマン(クラーク・ケント)が子孫を残すことの難しさについて、思いっきり下世話な形で詳細に考察したエッセイです(笑)

◎脳細胞の体操――テレポーテーションの理論と実際――

 ボストンで開催されるSFファン大会〈ボスコン〉("Boskone":、ドク・スミスの〈レンズマン・シリーズ〉に登場するボスコーンとかけている模様)で、ニーヴン氏が行ったスピーチを文章にしたもののようです。
 テレポーテーションを超能力式と機械式の二つに分け、その理論付け(と称する屁理屈(^^;))や社会に及ぼす影響などを考察します。


◎タイム・トラベルの理論と実際

 こちらはタイムトラベル及びタイムマシンがもたらす事象を(前の二つより真面目に(^^;))論じたエッセイです。総じて、ニーヴン氏はタイムトラベルの実在に否定的のようですね。(SFガジェットとしての意義は認めつつも)
 このエッセイ中には、「問題の宇宙で、タイム・トラベルも過去の変更も認められるならば、この宇宙には、タイム・マシンは発明されないだろう」という〈ニーヴンの法則〉が記されていることで有名です。

◎無常の月

 サイエンス・ライターのスタンは、ある日の真夜中にサンディエゴの自室でテレビニュースを見ていました。そのとき彼はふと、窓の外に見える月が見たこともないほど輝いていることに気付きます。
 夜中の十二時直前だというのに、恋人のレスリーに電話をかけて起こし、そのことを伝えたスタン。しかし彼は電話を切った後に、どうして月が異常なまでに輝いて見えるのかに疑問を覚えます。
 尋常でない明るさではあるものの、大きさが変わったわけではないことから、月が地球に接近したわけではなさそうでした。そこでスタンは思い至ります――月の光は太陽光を反射したものであることに。
 もう一度レスリーに電話をかけ、スタンは真実を告げないまま彼女と最期の夜を過ごすことにします。そして……。

◎マンホールのふたに塗られたチョコレートについてきみは何が言えるか?

 友人の離婚パーティに参加していた主人公(「ぼく」、名前不明)と妻キャロル。そこで彼らは、トム・フィンリイと出くわします。
 フィンリイは昔から、頭の体操となる話題を持ちかけ、人々の議論を誘う男でした。曰く、イスラム教の吸血鬼はコーランを怖がるのか、氷の塊を足に縛り付けカミソリの上を走る新型スケートは成り立つか、マンホールのふたに塗りつけれたチョコレートについてどう思うか、等々……(いわゆるSF考証的な話題(^^;))。結果として、彼の周りには頭を使うことが好きな者達が集まりました。
 その日にフィンリイが俎上に載せた話題は、アダムとイブの伝説は本当かどうかというものでした。仮にそうだとすると、始祖の男女にまつわる話は世界中の宗教が有することから、エデンの園も何百とあったのではないか、というものです。
 話題を振られた主人公達は、架空の話だと認識しつつも、その意義や目標に関して議論を交わします。しかし、その裏にはある意図が隠されていたのです。

◎地獄で立往生

※『太陽系辺境空域』収録作と共通。

 脳と脊髄だけの存在となり宇宙船と一体化したエリックと、そのパートナーのハウイーのお話です。
 二人が灼熱の惑星・金星の超高温な上空で調査を行っていたところ、突如トラブルに見舞われます。宇宙船と直結されているエリックが、ラムジェット制御機構の感覚が麻痺したと言うのです。
 ところが、宇宙船を調べてみても悪い部分は見つかりません。ハウイーは、『故障』しているのはエリック自身なのではないかと疑い始めます。

 収録作に含まれる〈魔法の国シリーズ〉ですが、これは消費されるとなくなってしまう魔力の源「マナ」という概念をファンタジーに持ち込んだ、マイルストーン的作品です。このマナの設定、多くのファンタジーRPG等に登場する、いわゆるマジック・ポイントのルーツとも言われます(テーブルトークRPGの始祖"Dungeons & Dragons"では、魔法は回数制だったようなので、並行進化の可能性も(^^;))。RPGの中には、マジック・ポイントをまさに「マナ」と呼ぶものもありますから、それらはニーヴン氏の設定の系譜と言っても構わないでしょう。曖昧なファンタジーの設定に科学的要素を移入した点が画期的で面白いですね。
 個人的お気に入りは、名作ディザスター・ノベル『無常の月』です。「月が異常に明るく見えた」という観察から世界の滅亡を知るという辺りがゾクゾクします(^^;) たった一つの事象で日常を崩壊させてしまうのが、センス・オブ・ワンダーの鑑と言えるのではないでしょうか。

この記事へのコメント

  • nyam

    こんにちは。
    やっと登場しましたね。私はこの短篇集、大好きです。(SF馬鹿話というかなんというか・・・)

    中でも、「マンホールのふた・・・」が好きなのですが、あまり他の方に評判を聞いたことがありません。面白いのになあ。

    表題作のパロディをかつて考えたことがありました。
    ある夜、満月がパッと消えてしまう。実は太陽と地球の間を巨大な円盤が横切った・・・。
    失礼しました。
    2012年09月16日 18:54
  • Manuke

    特に『スーパーマンの子孫存続に関する考察』は酷い(褒め言葉)ですよね(^^;)
    科学考証なのにユーモアたっぷりなのが楽しいです。

    > ある夜、満月がパッと消えてしまう。実は太陽と地球の間を巨大な円盤が横切った・・・。

    「太陽と地球の間」だとすると、円盤は地球よりも大きそうですね。
    これはこれで面白くなりそうです。
    2012年09月18日 22:48
  • むしぱん

    今日、お昼の社内食堂では「スーパームーン」が話題でした。なぜ大きく見えるのか、なぜ月は片面だけが見えるのか、などなど。私は「月が眩しいなんてニーヴンの『無常の月』だなあ」と思いましたが、そんなマニアックな話題はお口にチャックです。

    代わりに思いついて話したのは、国際宇宙ステーションが絶えず同じ面を地球に向けているということは、月みたいに一回地球を公転する時に一回自転もしてるからだよねえと口にしたところ、みなが「ホー」と声をあげました(よくわからん、のホーかもですが)。話したあと「そのはずだよなあ」と少し不安になりましたが、合ってます・・・よね?

    本作では物語が進むにつれて、やがて木星も輝きだすところがゾクッとします。ニーヴンはこのタイトル作もそうですし、『中性子星』や『銀河の核へ』など、短編ながら大長編を読んだかのような昂奮をもたらせてくれるところがよいですよね。
    2015年09月28日 23:12
  • Manuke

    > 話したあと「そのはずだよなあ」と少し不安になりましたが、合ってます・・・よね?

    はい、あっていると思います。
    自転しているので、少し潮汐力が働いていたはず。
    92.69分で1周するようですから、ちょっと計算してみると……。
    重心から30mぐらい離れた場所で約25万分の1G、ごくわずかですね(^^;)

    ニーヴン氏の短編は確かに重厚感があります。
    美味しそうなネタを短編で惜しげもなく使ってしまう気がしますけど、それが魅力に繋がっているのでしょうね。
    2015年10月01日 23:49
  • クワイ

    じゃ、これは間違いですか?

    地球の長い午後

    > 物語は遥かな未来、地球が月との潮汐摩擦の結果、ついに「自転」を止めてしまった時代のことです。
    2015年11月15日 22:19
  • Manuke

    厳密に言うと、おっしゃる通り「間違い」です。
    この場合、自転周期が1年(作中の1年の長さは不明ですが)と一致しているはず。

    ただ、『地球の長い午後』はそれ以外にも物理学的にかなり無理がある設定なので……(^^;)
    自転停止の辺りも、「月との潮汐摩擦で停止した後、その影響で月が遠ざかっていった」といったようなことが書かれていますが、見かけ上の停止は太陽に対してなので、ちょっとおかしいです。
    (ラグランジュ点に達する前は、まだ月の公転周期は1年にならないはず)
    科学考証に関して、『地球の長い午後』は批判されることもあるようです。

    もっとも、『地球の長い午後』は科学的正確さにこだわった作品ではないので、そこら辺はあまり気にしないと言うことで。
    作中の物理法則は私達の世界とは異なるかもしれませんから。:-)
    (アミガサダケの設定なんかも……)
    2015年11月17日 00:50
  • クワイ

    回答ありがとうございます。

    それで、
    前から気になってたんですが、
    「月は一回地球を公転する間に一回自転する」
    と書いてあるちゃんとした書籍を御存知ないでしょうか?
    ネット上だと腐るほど書いてあるのですが、
    (誰かが「月は自転してない」と言おうものなら、山のようにツッコミが入りますね)出所がわかりません。
    2015年11月17日 12:29
  • Manuke

    出所と言うか、公転は自由落下と等しいので、(公転運動のみに限れば)自転方向への力は働かないというだけです。
    従って、月のように同じ面を常に内側へ向けているのであれば、自ずと自転していることになります。
    (これを同期自転:"synchronous rotation"と言います)
    強いて挙げれば、ニュートン力学が出所でしょうか。

    書籍でお知りになりたいのであれば、図書館で調べることをお勧めします。
    入門的なところだと、ブルーバックスとか科学雑誌Newton辺りに、私などの説明よりも詳細かつ分かりやすい記事があるかと(^^;)
    2015年11月19日 01:23
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