大宇宙の魔女

[題名]:大宇宙の魔女
[作者]:C・L・ムーア


 荒くれ者の無頼漢ノースウェスト・スミスの遭遇する出来事を扱ったスペースオペラ連作短編集、C・L・ムーア氏の代表作〈ノースウェスト・スミス・シリーズ〉です。
 ノースウェスト・スミスは顔に傷痕を持つ長身の地球人で、熱線銃を頼りに非合法活動に手を染めることも厭わない無宿者――というハードボイルドなピカレスク・ヒーローではあるのですが、実のところ極めて影が薄いです(^^;) スミスはいわゆる巻き込まれ体質の主人公で、様々な危機的状況(多くの場合ヒロイン絡み)に巻き込まれては、ヒロインに助けられたり、むしろ襲われたり(笑)、熱線銃をぶっ放したりしながら逃げ延びる、というパターンが多いですね。
 本シリーズの肝は、主人公スミスよりもヒロインの側です。特に、本書収録昨に登場するシャンブロウは、あまたのスペースオペラの中でも指折りに妖しくかつ魅力的で、数多くのファンを魅了してきた存在です。

◎シャンブロウ

 火星植民地の街頭にいたノースウェスト・スミスは、群衆が一人の娘を追い立てているところに出くわします。人々は「シャンブロウ! シャンブロウ!」と声を上げ、追われた娘は絶望に怯えていました。
 騎士道精神を持ち合わせていないものの、庇護欲を駆り立てられたスミスは熱線銃で威嚇して群衆を下がらせようとします。ところが、彼が「この女はこれのものだ」と宣言した途端、群衆はあざけりの表情を浮かべて去っていきました。
 拍子抜けしたスミスでしたが、気を取り直して娘に注目すると、彼女が実は人間ではなかったことに気付きます。人間の女そっくりでありながらどこか非人間的なその娘は、片言で自分をシャンブロウだと言いました。
 漠然とした不安を覚えながら、スミスはとりあえず自分の宿へシャンブロウを連れ帰るのですが……。

◎黒い渇き

 金星の波止場通りで、ノースウェスト・スミスは夜更けに一人の美しい女と出会いました。そのあまりの美しさから、スミスは彼女がミンガの処女の一人だろうと見当を付けます。ミンガ城は王侯クラスの財力を有する者だけが手にすることのできる美女を輩出する組織であり、しかもミンガの処女は超自然的な力で守られているとの噂でした。
 驚いたことに、ミンガの処女は見ず知らずのスミスに対し、金塊の提供を持ちかけてきました。怪しんだスミスはそれを丁重に断ったものの、必死な様子の女を見て、話を聞くことにします。ミンガの処女ヴォディールは、三十分後にミンガ城へ来るよう指示してスミスと分かれました。
 城主アレンダーの許可なしには何人たりとも足を踏み入れることができないはずのミンガ城へ、スミスはヴォディールの手引きで侵入を果たします。そして、自室でヴォディールは事情を打ち明けます――アレンダーは人間ではなく、有史以前から存在する異質で恐ろしい種族なのだ、と。
 スミスはミンガ城最奥部にて、ヴォディールすら色あせる苦痛なほど美しい美女達と、それを生み出した超越者にまみえることになります。

◎真紅の夢

 火星の都市ラクマンダの大市場には、太陽系のみならず他の星々からも集められた品々が並べられていました。
 それをひやかしていたノースウェスト・スミスは、ふと奇妙なゼラニウム・スカーレット色のショールに気を惹かれます。見ているだけで頭が痛くなる模様のショールを気に入ったスミスは、商人からそれを買い叩き、宿舎に持ち帰りました。
 寝る直前、ベッドの上にショールを広げたところ、スミスは迷路のような模様に魅入られ、眠りに落ちます。そして、いつの間にか彼は見知らぬ門の前に立っていたのです。
 門をくぐって階段を上っていったところ、上から不意に血まみれの娘が転げ落ちそうな勢いで飛び降りてきました。スミスがその女を受け止めると、娘は興奮した様子で彼と数言を交わした後、気絶してしまいます。スミスは娘を抱きかかえ、そのまま階段を上っていきました。
 階段の頂上に到達すると、娘は妹が連れて行かれたと言って嘆きました。スミスは彼女に対し、これは夢なのだからと諭します。しかし、娘は哀れみを込めた表情で、これはただの夢などではなく、彼はもはやここから出ることはかなわないのだ、とスミスに告げるのです。

◎神々の塵

 火星のバーで、ノースウェスト・スミスと相棒の金星人ヤロールが酒を飲んでいると、隣のテーブルにいたハンターの二人組が妙にびくついているのが目に入りました。そこへ、見知らぬ小柄な男がスミス達に話しかけてきます。あのハンター達は自分の依頼で仕事をしたものの、失敗したのだと。
 遙かな昔、火星と木星の間に漂う小惑星がひとつの星だった頃、そこには人類の祖先に当たる人々が住んでおり、三体の全能の神が崇められていました。そのうちの一体である最高神、現在では悪態の言葉として使われるファロールは、惑星が滅んだ今でも死に絶えた訳ではなく、痕跡の塵を持ち帰れば神を蘇らせてその力を意のままにできる、と言うのです。
 あまりにもいかがわしい話であり、ハンター二人組が正気を失っていることは気がかりでしたが、生憎とスミスとヤロールは懐がすっからかんでした。大いに報酬をはずむという小男に乗せられ、彼らは依頼を受けることにします。
 かくして、火星の古代都市へと向かうことになったスミスとヤロールですが……。

 本書の注目ガジェットは、言うまでもなくシャンブロウ("Shambleau")です。
 シャンブロウはおそらく個体名ではなく種族名で、一見すると人間の女性に似ていますけど、実際には全く異なる生物です。
 肌はなめらかな褐色、目は明るい若草色で、顔は眉もまつげもない完全な無毛です。燃えるような真紅のぼろ布をまとい、同色のターバンを頭に捲いていますが、どちらも実際には衣類ではなくシャンブロウ自身の皮膚だとされています。手足の指は四本ずつで、先端には猫に似た、肉に覆われた丸い爪(肉球?)が付いています。人間の言葉を片言で喋るものの、あまり流暢とは言えません(翻訳ではカタカナ言葉)。全体的に、猫を連想させるところがあるようです。
 シャンブロウの特徴は、そのターバンの内側にあります。ノースウェスト・スミスは当初、頭も無毛なのかと勘違いしていましたが、実際には真紅の長い『髪』が生えています――但し一本一本が太く、うねうねと動かせるものを髪と言うなら、ですが(^^;) 要するに、頭からは無数の触手が生えているということですね。ターバンを取り払ってからが、シャンブロウの本領発揮です。
 想像するとかなりおぞましい姿ですが、同時に醜悪さを超越した美でもあるようです。また、その赤い長虫のような捲毛に捕らえられると、何もかもを忘れてしまうほどの快楽を得ることになります。もっとも、その代償は高くつくのですが。

 さて、本書は面白いことに、宇宙軍大元帥こと翻訳家の野田昌宏氏の恨み節が巻末の解説に綴られています(笑)
 野田大元帥はことのほかシャンブロウに思い入れがあったそうで、日本語訳は是非自分が、と以前から意気込んでいらしたようです。ところが、実際には氏のあずかり知らぬところで仁賀克雄氏が翻訳を任されてしまい、つい愚痴をこぼさずにはいられなかった、といった次第が冗談半分、本気半分で書かれています(続刊『異次元の女王』あとがきには、野田氏に対する仁賀氏の謝罪があります(^^;))。なお、野田氏の無念は後年あるSFアンソロジーにて、ご自身による再翻訳で晴らされた模様です。
 〈ノースウェスト・スミス・シリーズ〉は二十世紀前半に執筆された数多いスペースオペラの一つに過ぎないのですが、ヒロインの妖しい魅力にかけては突出していると言えるかもしれません。中でも『シャンブロウ』は、同じ雑誌で活躍されていたH・P・ラヴクラフト氏が絶賛するほどで、一読の価値がある作品です。

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック