星界への跳躍

[題名]:星界への跳躍
[作者]:ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン


 核戦争が起きた後、ラグランジュ点及び月面のコロニーが直面する危機を描いた、宇宙ハードSFです。
 バックボーンとして、作品内世界では米ソ対立が続いたまま宇宙進出が始まっています。また、ソビエト牽制のためフィリピンがアメリカに大きな米軍基地の場を提供した見返りとして、フィリピンはアメリカが建造したスペースコロニーを譲り受けています。このため、地球-月系のラグランジュ点にフィリピン(L-4)・アメリカ(L-5)・ソビエト(L-5)のスペースコロニーが一つずつ、そして月面上にアメリカの基地が一つ存在する状況です(L-4にはもう一つ、建造中のコロニーがあります)。
 このうちフィリピンのコロニー・アギナルドは科学技術的に後れを取っており、米ソに追いつこうと生命工学に力を入れています。米コロニー・オービテク1は企業主導による無重量環境活用の生産拠点、ソビエトコロニー・キバーリチチは軍主導による火星探査、そして月面のクラヴィウス基地はコロニー建設資材調達及び天文学研究を目的としているようです。しかしながら、クラヴィウス基地を除き、いずれのコロニーも自給自足をするには至っておらず、食料その他を地球からの輸送に頼っている状態です。
 こうした状況下、地球上での核戦争によりライフライン(本作の原題が"Lifeline")が途切れたとき、各コロニーの取った行動は……。

 人類が宇宙進出を始めた未来(年代は不明)。月面に基地、そしてラグランジュ点に三つのスペースコロニーが建設され、各コロニーには千人前後の人間が長期的に居住するようになっていました。
 しかし、テロリストによる破壊工作に端を発した核戦争が地球で勃発し、コロニーは地球から孤立することになってしまいます。地上の人間は全滅したわけではないらしいものの、当面ロケット打ち上げなど望むべくもありません。そして、自給自足が達成されていない各コロニーで最も深刻なのは、数ヶ月以内に訪れるであろう食料危機でした。また、唯一自給自足可能なクラヴィウス基地も、オービテク2建設要員が滞在中だったため予断を許さない状況です。
 フィリピンのコロニー・アギナルドでは、この問題に対し主任科学者ルイス・サンドバール博士が自ら開発した壁ケルプの栽培を提案しました。壁ケルプはスペースコロニー環境に適応した、繁殖力が強く栄養価も高い陸生藻類ですが、非常に不味いために家畜飼料としてわずかに栽培されているのみでした。サンドバールは評議会にて、飢えるよりはマシだと強く訴えて自らの創造物の増産を取り付けたのです。
 一方アメリカのコロニー・オービテク1では、生産部門長ダンカン・マクラリスがパイロットのステファニー・ガーランドを説き伏せ、娘のジェシーを連れて唯一残ったシャトルを強奪するという事件が起きていました。シャトルは自給設備のあるクラヴィウス基地へ向かいますが、着陸に失敗して大破、ガーランドとジェシーは死亡してしまいます。マクラリスのみは救出されたものの、身勝手な行動とシャトルを失わせたことを咎められ、基地の面々から軽蔑を浴びることになりました。
 ところが、マクラリスへの敵意は程なく薄らぎます。オービテク1の実権を握る管理代行カーティス・ブラームスが、千五百人の人口は多すぎると判断し、一割に当たる百五十人を強制削減(リダクション・イン・フォース/RIF)――すなわち処刑するという暴挙に出たのです。名目上の監督ローハ・オンバラルは責任をなすりつけられた上、オービテク1住人の恨みを買って殺されてしまいます。次第に恐怖政治を強化していくブラームスの行動を、彼をよく知るマクラリスだけが予見していました。
 そして、ソビエト連邦のコロニー・キバーリチチは、他のコロニー及びクラヴィウス基地に対し孤立を宣言し、一切の連絡を絶ってしまいます。キバーリチチでなにが起きているのか、他の人々は気を揉みますが、音信不通で知ることができません。
 その後、壁ケルプの増産を成し遂げたアギナルドは、他のコロニーに救いの手として壁ケルプを送ることを模索します。この問題に対し、サンドバール博士が提案した二つの方法とは――。

 本作の注目ガジェットは、ラグランジュ点同士及び月との間の物資・人員輸送方法です。
 ご承知の方も多いと思われますが、ラグランジュ点について簡単におさらいしておきましょう。ラグランジュ点は三体問題の特別解で、太陽-惑星のような系の中で重力が均衡するため小天体が同じ位置に留まり続けられる場所のことです。中でも、惑星の軌道前方六十度(L-4)、及び後方六十度(L-5)は特に安定しており、実際に木星のL-4及びL-5にはトロヤ群と呼ばれる小惑星が存在することが分かっています。このラグランジュ点は地球-月系にもあり、将来スペースコロニーを建設する場合に最適な点だと言われている訳ですね。
 地球・月・L-4を頂点として線を結ぶと、ちょうど正三角形になります。このため、L-4と地球、L-4と月の距離は、地球と月の距離と同じ三十八万キロメートルです(L-5も同様)。また、L-4とL-5は月を挟んで反対側にあるため、物資輸送は更に困難になります。一応、資材輸送手段として質量発射機(マスドライバー)はあるものの、加速度が高すぎて生物・人間の輸送には適さない模様です。
 こうした条件下で、まずサンドバール博士はクラヴィウス基地への輸送として、アギナルドからロープへ結びつけた包みを軌道の外側(地球の反対側)へ伸ばし、ある位置で切り離すことで軌道を変えて月面へ届ける、という方法を示します。ロープが十分に長ければ、特に加速する必要もないという非常にエレガントな手法ですね。(この方法ではアギナルドがわずかに運動エネルギーを失うことになるのでしょうが、輸送物が軽ければほぼ問題にならないと思われます)
 もう一つは、サンドバールが開発した薄膜状の生物セイル・クリーチャーを、生きたソーラーセイル船として使うというものです。セイル・クリーチャーに人間が乗り込み、太陽光を受けて軌道速度を落とすことで、地球を周回して月軌道に戻ってきたときにL-5に到達する、という方法になります。こちらは架空の人工生物を使ってはいますけど、やはりロケットを使わずにL-4からL-5へ移動するというのが面白いですね。
 そのほか、物語後半では更に、架空の単分子繊維ウィーヴワイヤー(原題"Lifeline"は、これのダブルミーニング?)を使ってヨーヨーのようにL-5と月面を往復する手段も登場します。発想としては興味深いのですが、単分子繊維が発明されないと実用化は難しいかもしれません(^^;)

 展開において中核となるキャラクタは幾人かおり、中でもアギナルド大統領ヨリ・マグサイサイの養子ラミス・バレラ少年が主役級と言えるでしょう。ラミスはサンドバール発案の通りセイル・クリーチャーに単身乗り込んでオービテク1を目指し、その後もいくつか冒険を行うことになります。彼に関連したエピソードは、ジュブナイルSF風のテイストが感じられます。
 また、有能ですが癇癪持ちで我の強いサンドバール博士と、彼に振り回される助手ドボ・デンの凸凹コンビはコメディ担当でしょうか。サンドバールは扱いづらくもどこか憎めないキャラクタで、個人的お気に入りです。
 もっとも、物語上で重要な位置を占めるのは、やはりマクラリスとブラームスです。かたや、娘を守るために裏切り行為を働いたはずなのに、その娘を失いどん底にたたき落とされ、そこから再び信頼を勝ち取っていく男。かたや、オービテク1の頂点に達しながら、少しずつ歯車が狂い始め絶対権力が揺らいでいく男と、対照的な二人です。特に、ブラームスの行ったRIFは恐ろしいものですが、トロッコ問題に似て一概に悪と言い切れないものがあり、単なる暴君ではない複雑な人物ですね。
 ストーリーは後半やや盛り上がり不足な感があり、特に地球上がその後どうなったのか描かれないのは物足りないですけど(^^;)、そうした欠点を補って余りあるセンス・オブ・ワンダーに溢れたハードSFの良作です。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/280864825

この記事へのトラックバック