火星人の方法

[題名]:火星人の方法
[作者]:アイザック・アシモフ


 本書はアイザック・アシモフ氏の中編四つを収録した中編集です。
 いずれもアシモフ氏らしいアイディアが光る作品ですが、中でも宇宙進出における水資源の問題を扱った表題作『火星人の方法』と、氏の博学が展開に反映されている『まぬけの餌』は秀逸な作品と言えるでしょう。

◎火星人の方法

 人類が火星へ植民を果たした未来――。
 しかし、地球と火星の間には摩擦が生じつつありました。火星は色々な資源が不足していることから、様々な物資を地球からの輸入に頼っており、そのことに異を唱える者が政治的発言力を強めてきていたのです。
 この時代、宇宙船はプロトン推進装置を用いていましたが、その反動を得るための推進剤には水が使われていました。宇宙船が飛行する際、水を格納していたタンクは空になると切り離されて宇宙空間に破棄されます。火星では掃空員と呼ばれる職業が存在し、宇宙に捨てられたロケットの殻を回収することを生業としていました。火星の掃空員達にとっては無駄に捨てられたものを命がけで回収しているだけであり、火星はいずれそれらを地球へ返すと主張しているものの、扇動者ヒルダーは火星が対価を払わず殻を横取りしていると非難します。
 そしてまた、水の問題がありました。火星表面には有効に使える水資源が不足しており、ロケット推進に使用するためにも地球から多くの輸入に頼っていました。大量とは言っても地球が有する膨大な水圏からすれば微々たる量であったものの、ヒルダーはことさらにそれを誇張し、大衆の危機感を煽ったのです。
 かくして、ヒルダー一派の働きかけにより、火星への水輸出は大幅に制限されることに決まってしまいました。このままでは火星からロケットを打ち上げることはできなくなり、掃空員達は失業してしまうことになります。
 ベテラン掃空員のマリオ・エステバンス・リオスは、地球から水を強奪すればいいと主張しますが、高名な採掘技師のテッド・ロングはそれを地球の流儀だと否定します。火星には火星らしい流儀があるのだと。
 その方法とは……。

◎若い種族

 都会から引っ越してきた少年ヒョロは、その土地の少年アカとたちまち仲良くなりました。
 そしてアカは、翌日の早朝に新しい友人の家を訪れ、驚くべき秘密を打ち明けます。彼は夜遅くに雷のような音を聞き、外に出たところ奇妙な動物を捕まえたのだと。その生き物をダシに、ほどなくやってくるサーカスの一団に加えてもらえるに違いないと。ヒョロは半信半疑でしたが、その小さくてぞっとするような姿の二匹の生き物は全く見たこともないもので、二人は親達には内緒でその動物を飼うことにします。
 一方、ヒョロの父親である天文学者と、アカの父親である実業家は深刻な話をしていました。それは、思考伝達機で天文学者に接触を図ってきた宇宙からの来訪者に関することでした。天文学者は核戦争で人々が活力を失ってしまったことを憂いており、異星人との交易が種族の若さを取り戻すきっかけになるかもしれないと期待してました。けれども実業家の方は、得体の知れない異星人が危険な存在かもしれないという疑念を捨てきれません。
 しかし、二人のところへやってくるはずの異星人は姿を現しませんでした。彼らの宇宙船は着陸に失敗し、墜落してしまったのです。異星人と交易するチャンスは絶たれたかに見えたのですが……。

◎精神接触

 地球から遠く離れたある太陽は、衰退期に突入していました。その周りを回る惑星には知的生命体が住んでいましたが、彼らは宇宙へ進出する術を開発できなかったため、温もりを求めて地表を捨て、地下へと居住空間を移していきました。
 しかし、それにも終熄が近づいていました。惑星の冷却は留まることを知らず、このままではその種族は滅亡を待つばかりです。
 そんな頃、筋肉労働者階級の女ウエンダは、子孫を創り出すことを希望していました。彼女は知能に欠陥があるとされていましたが、一度だけチャンスを与えられることになります。ウエンダの卵子は人工授精され、健康な赤児ロイへと成長しました。
 ところが、種族の常識からは考えられないことに、ウエンダはロイに異常な執着を感じ始めます。ロイのそばにいるとウエンダは幸福で、そばにいないと不幸で退屈でした。これは明らかに精神異常で、もし発覚すれば彼女自身のみならずロイまでも安楽死させられてしまうだろうと察したウエンダは、このことを自分の精神奥深くに秘することにします。
 月日は流れ、ロイは強靱な六本脚を備え、美しい乳白色の視覚孔を持つ優秀な若者へと成長します。ウエンダは自分が卵子提供者であることを伏せたまま、ロイと親しい友人になっていました。
 そして、ロイは種族の滅亡を防ぐため、ある特殊任務に抜擢されます。それは、宇宙空間を超えて別の惑星の知的生命体と精神接触を図るというものでした。

◎まぬけの餌

 かつて、やみくもに人類の住める惑星が当てずっぽうで探されていた時代――とある一つのグループが、理想的な居住可能惑星ジュニアを発見しました。彼らは有象無象が新惑星に押し寄せてくるのを嫌い、発見を公式に報告しないまま入植を行います。しかし一年後、開拓民は原因不明の病気に襲われて最寄りの惑星へ救難信号を発することになりました。けれども、官僚主義的たらい回しのせいでまともに救援が行われないままジュニア開拓民は全滅し、惑星そのものも忘れ去られることになりました。
 そして百年余りが過ぎた後、再び移民の気運が高まったとき、惑星ジュニアの存在がクローズアップされます。快適さが誇張されて宣伝され、移民が募られ、植民計画が実行されようとした直前、百年前の住人が奇病で全滅したことがようやく報告書の中から発見されます。困惑した開発局は、急遽科学者の一団をジュニアに派遣し、移民全滅の真相を探らせることにしました。
 かくして、惑星ジュニアが巡る二重星ラグランジュ星系へと向かうことになった宇宙船〈トリプルG〉。その中には、船員でも科学者でもない男が一人だけ乗っていました。
 男の名はマーク・アヌンチオ、あらゆる情報を無差別に記憶して関連性を見いだすことのできる人間を育成する〈記憶機関〉の記憶要員でした。過去の情報の中からジュニア移民全滅を見つけたのもマーク自身だったのです。
 ただひたすら雑多な情報を理解せずに記憶するよういびつな教育を受けたせいで、船長フォレンビーからも、科学者達からも疎まれることとなったマーク。果たして彼は、移民全滅の真相を突き止めることができるのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、〈記憶機関〉("the Mnemonic Service")です。
 〈記憶機関〉は小さい子供に記憶力を高める英才教育を施し、いわば人間データベースに仕立て上げる組織です。いくら情報を蓄えることができてもコンピュータの判断力には限界があることから、埋もれた情報を関連付けるためには膨大な量の情報を記憶する人間が必要だ、との発想が元になっている模様です。
 育てられる記憶要員は正常な思考習慣を養うべきでないとの理由により、正常児と隔絶され故意に性格破綻者に育て上げられます。記憶要員は知識を蓄えても、その知識がどういう意味なのかを理解しておらず、それどころか理解してはいけないと教えられるようです。その代わりに記憶能力は常人を凌駕し、一度見聞きしたことは決して忘れることもありません。
 複数ジャンルの知識を横断的に使い問題解決へ至るという設定は、A・E・ヴァン・ヴォクト氏の古典的名作『宇宙船ビーグル号の冒険』に登場する総合科学(架空の学問)に若干似ていますが、あちらのグローヴナーは各分野でも通用する万能科学者なのに対し、『まぬけの餌』のマークはただ知識を覚えているだけで理解はしていません。グローヴナー君は人心掌握術にも長けていますけど、マークは幼児のように駄々をこねたりするなど対人能力は極めて低そうです(^^;)
 さて、興味深いことに本作の中で「コンピュータにはできない」とされている情報の関連づけですが、全てではないにせよ近年では一部コンピュータが担いつつあります(少なくとも作中程度の問題なら、”○○○ 毒性”と検索すれば出てくるはず(笑))。かつてはチェスを指せることは知性の証とされていたものの、人間がチェス・ソフトウェアに歯が立たなくなった現在では、それを知性の必須条件とは認めないのが大方のようです。こうしてデータマイニングでもコンピュータが代行できるとなると、それも人間固有の能力とは言えなくなってしまいますね。どうやら、「人間のみが持つ知的能力」はじわじわと浸食されてきているようです。:-)

 収録作は四編と少な目ですが、アイディアが光るアシモフ氏ならではのストーリーを堪能することができます。
 特に『火星人の方法』は、将来人類が宇宙進出を果たしたとき、現実に直面するだろう水資源不足の解決案として興味深いものですね。実際にこれを実現するには少々課題をクリアする必要がありそうですけど(作中のプロトン推進装置に相当する強力な推進器が必要)、ちょっと遠くてもいいのであれば理想的な水供給源と言えるかもしれません。
 また、『若い種族』は少年二人のコンビがどこかしらブラッドベリ作品を思い起こさせる(『何かが道をやってくる』辺り)瑞々しいお話ですが、最後にアシモフ氏らしい叙述トリックも用意されており、個人的お気に入りです。

この記事へのコメント

  • nyam

    「まぬけの餌」???
    フレドリックブラウン「気違い星プラセット」+エリザベスムーン「暗闇の速さはどれくらい」みたいなのかなあ。

    すいません。表題作以外は全然思い出せません。

    ひょっとすると、表題作だけ他の短篇集で読んだのかも???
    2012年06月27日 21:06
  • Manuke

    『まぬけの餌』はアシモフ氏の生化学者としての知識が活かされたお話ですね。
    また、移民全滅の真実を突き止める辺りはミステリー風味で、犯人(?)もネタばらし前に読者に提示されています。
    ただ、いかんせん地味なんですよ(^^;)
    設定も含めて良作ではあるのですが、印象には残りにくいかも……。
    2012年06月28日 00:59
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