よろこびの機械

[題名]:よろこびの機械
[作者]:レイ・ブラッドベリ


 イメージの魔術師ブラッドベリ氏の作品を集めた短編集です。実はSFに当てはまるお話は少なめなのですけど、構わずレビューさせていただきます(^^;)
 収録作品は二十一編と、ショートショート的な長さのものが多く含まれます。お話はバリエーションに富み、読者を飽きさせないのですが、実はある一点において共通の印象がそこから浮かび上がってきます。

◎よろこびの機械

 アイルランド人牧師のブライアン神父は、イタリア人のヴィットリーニ神父に対して苦々しい思いを抱いていました。
 ヴィットリーニ神父は宇宙に傾倒しており、牧師館に(ブライアン神父の目からは)猥雑で下品な宇宙漫画をたくさん持ち込んだり、徹夜してロケット発射のテレビ放送を見ていたりと、ブライアン神父にとっては我慢のならない言動を繰り返していたのです。二人は神学論争を行っていましたが、ヴィットリーニ神父が論争をレクリエーションとして楽しんでいたのに対し、ブライアン神父はむきになりかけていました。
 ある朝、ヴィットリーニ神父はブライアン神父に、一九五六年にローマ法王ピオ十二世が宇宙進出を祝福した(実話)という新聞記事を渡し、きっと宇宙旅行に関する回勅もあるだろうと述べました。ブライアン神父は、これにすっかり激高して部屋を出て行ってしまいます。
 同じアイルランド人のケリー神父は、二人の諍いを止めようとヴィットリーニ神父を諫め、ブライアン神父を追いかけるのですが……。

◎待つ男

 “わたし”は井戸の中でずっと待ち続けていました。
 地球からのロケットが火星に着陸したとき、それに乗ってきた男達は、古い井戸を発見して覗き込みました。
 そして、霧であり、月光であり、霊である“わたし”は、その男ジョーンズへ取り憑き、体を乗っ取ってしまいます。

◎ティラノザウルス・レックス

 ミニチュア人形制作者のジョン・ターウィリジャーは、パイロット・フィルムを映画会社プロデューサージョウ・クラレンスの元へ持ち込み、新作映画〈太古の怪獣〉の制作を引き受けることに成功しました。
 しかし、クラレンスは非常に注文が多い男でした。ティラノザウルス・レックスの表情に凄みがないから直せ、尻尾が気に入らんから直せ、と際限なくターウィリジャーに文句を付けます。スケジュールは遅れに遅れますが、ターウィリジャーはクラレンスの注文通りにミニチュア恐竜を作り直しつつ、ストレスを溜めていきます。
 そして映画が完成に近づくにつれ、人々はこう感じ始めます――この怪物は誰かに似ているぞ、と。

◎休暇

 ある夫婦とその息子が、誰もいない草原を横断するレールの上をトロッコで走っていました。ちょうどガソリンが切れたところで、三人はピクニックをすることにします。
 世界には、彼らの他には一人の人間も存在していませんでした。ある晩、自分達だけを残して世界中から人間だけが姿を消したらどんなに素晴らしいだろう、と夫妻が夢想し、明くる朝にはそれが現実のものとなっていたのです。

◎少年鼓兵

 翌日に戦争を控えた夜、少年兵ジョービーは怯えていました。何故なら、彼は武器も盾も持たない鼓兵として戦闘に参加しなければならなかったのです。
 彼のそばを通り過ぎた将軍は、戦争が始まる前から泣いている兵士がいたことに驚きます。しかし、ジョービーが少年鼓兵であることを知ると、彼の不安を察し、その役目がいかに大切なものであるのかを語り始めます。

◎少年よ、大茸をつくれ!

※『スは宇宙(スペース)のス』収録の『ぼくの地下室においで』と共通。

 ヒュー・フォートナムが土曜の朝に目を覚ますと、隣家のグッドボディ夫人が騒ぎ声を挙げていました。彼女は噴霧器から殺虫剤を生垣に振りまきつつ、空飛ぶ円盤の進攻を防いでいるのだと彼に告げます。賢いはずのグッドボディ夫人も老齢のせいで理性が衰えてしまったのかと、フォートナムは憂鬱な気分になりました。
 そのすぐ後、彼の家に速達小包が届けられます。それは息子のトム宛ての、キノコを自家栽培するためのキットでした。蛙や青大将よりはましだと妻のシンシアは言いますが、危険なものではないのかと案じている様子でした。
 昼近くになってフォートナムがスーパーマーケットへ行く途中、高校の生物学教師で友人のロージャー・ウィリスと出会います。ロージャーはフォートナムに、理由は分からないものの、何か前代未聞のことが起こりつつあるという予感を打ち明けました。フォートナムはロージャーが疲れているだけだと諭しますが、そうではなかったのです。
 その日の夕方、フォートナム家にロージャーの妻ドロシーから怯えた声で電話がかかってきます――ロージャーが家出してしまったと。

◎この世の終わりか

 鉱山夫のウィリー・バーシンガーとサミュエル・フィッツは、二ヶ月ぶりに人里へ降りてきました。
 ところが、町中を車で走っていると、二人は奇妙なことに気が付きます。ありとあらゆる建物や看板がペンキ塗り立てで、芝生はどこも手入れが行き届き目のさめるばかりの緑色、そして道を走っていく少年達は皆整髪剤で髪を整え清潔そのもの、というあり得ない光景でした(^^;)
 たった二ヶ月で何が起こったのか、この世の終わりなのかと訝しむ二人でしたが、床屋に入り大将格のアントネリに話を聞いてようやく合点がいきます――それは、太陽黒点の仕業だったのです。

◎おれたちは滅びてゆくのかもしれない

 ある夜、テントで寝ていたホウ・アウィ少年は何か奇妙な胸騒ぎを覚えて目を覚まします。それは地殻の下に住む地の神が寝返ったせいではなく、バッファローが疾走するせいでもありませんでした。
 理由が分からないままテントを出た彼は、やはり予感を覚えて目を覚ました祖父と出くわします。他の者達が眠る中、二人は胸騒ぎの正体を確かめに村を抜け出します。

◎海より帰りて船人は

 船長と呼ばれる老人は、大草原の真ん中に建てられた妙な船型の家でコックのハンクスと共に暮らしていました。
 二十年前、本当に船長だった頃、彼は年若い妻ケートとともにずっと船で旅をしていました。ケートは出帆の前、自分は二度と陸を踏まないと言い、それを守ってきました。決して船を出なければ、自分はずっと変わらないだろうと。
 しかし、ケートは熱病に冒され、命を落としてしまいます。それ以来、船長は憎むべき海から遠ざかり、ずっと陸の上で暮らしてきたのです。
 そして今――。

◎死者の日

 メキシコ・シティで行われる“死者の日”、ライムンド少年はマデロ通りを走っていました。
 この日は国のすみずみまで、屋台に砂糖製の頭蓋骨やキャンディーの死体が並べられ、子供達はそれを買って食べるのです。全ての教会で礼拝が行われ、墓地にはロウソクがともされています。
 “死”を騙すために、ライムンドは自分の名前が書かれた砂糖の頭蓋骨を買い、またマデロ通りを走ります。闘牛場では闘牛士が牛と対峙し、キリストに扮した青年が教会の塔の上から人々に手を振り……。

◎刺青の女

 精神分析医ジョージ・C・ジョージ博士のところへ、体重が四百ポンド(約百八十キログラム)もある大柄な女がやってきました。精神分析では食欲を抑えることができないと述べたジョージ博士に、その女エマ・フリートはそれを否定し、むしろ自分は体重を更に増やすための力添えが欲しいと述べます。
 エマはかつて、自分が太っていることを気に病んでいました。しかし、サーカスで小柄な男ウィリー・フリートと出会い、彼にその肉体の素晴らしさを絶賛され、結婚することになりました。
 ウィリーは刺青芸術家でした。彼は理想のキャンバスとしてエマを愛し、エマもまた自分の子供のようにウィリーを愛します。けれども、その愛情の尽きるときが来たのです。

◎ラザロのごとく生きるもの

 アンナ・マリーは六十年もの間、殺人が行われることを待っていました。
 彼女は幼い頃、同い年の少年ロージャーと親しくなりました。しかし、彼の母ミセス・ハリスンは自分の息子を支配する魔女のような老婆で、ロージャーは母に隷属していたのです。
 十二歳のとき、ロージャーは二十歳になったら結婚して欲しいとアンナに言いました。その時まで母親は生きていないだろうと。けれども、ミセス・ハリスンは二人が二十歳になっても死ぬ気配はなく、相変わらずロージャーをこき使っていました。
 二十五歳になったとき、別の男と結婚するというアンナを翻意させるため、ロージャーは自分が母親を殺すと仄めかします。しかしながら、その約束は果たされませんでした。
 そして更に月日は流れ……。

◎世にも稀なる趣向の奇跡

 ウィル・バントリンとボブ・グリーンヒルは、やることなすことが上手くいかず、ずっと無職でした。それというのも、彼らの商売が軌道に乗り始めるや否や、ネッド・ホパーが横から出てきて利益をかっさらってしまうのです。二人が商売を諦めて立ち去ると、ネッド・ホパーも商売に飽きて彼らの後を追う――そうしたことが繰り返されてきました。
 そんな二人がアリゾナ州の砂漠でボロ車を走らせていたとき、奇妙なものに出くわします。それは見事な都市の蜃気楼で、あり得ないことですが二人にはニューヨークのように見えました。
 この不思議な光景を見世物にしようと、彼らは“秘境蜃気楼――夢の都”という看板を作り、通りがかった車を客引きして見物料を貰うことにします。
 驚いたことに客達は、まるでローマのようだとか、ビッグ・ベンの時計塔が見えたとか、奇妙なことを口にしながら一様に満足して帰って行きました。不思議に思ったウィル達が一人の客と一緒に蜃気楼を眺めると、そこに客の望んだ光景が現れたのです。
 しかし、ここに招かれざる客ネッド・ホパーが現れます――またもや二人の商売を横取りするために。

◎かくてリアブチンスカは死せり

 劇場で殺されたオッカムという正体不明の男。クローヴィッチ警部補は犯人を突き止めるため、腹話術師ジョン・ファビアン、その妻アリス、そして新聞関係渉外係兼マネージャーのダグラスを地下室に集めました。
 そのとき、静かな声で「出してください」と声が聞こえ、人々は『リアブチンスカ』と名前が刻まれた金の箱に目をやります。クローヴィッチはファビアンにお芝居はやめるよう命じますが、ファビアンにはそれができませんでした。
 蓋を開けられ中から取り出された、世にも美しい女の人形リアブチンスカ。彼女はファビアンの手で操られる存在ながら、まるで彼とは独立した別個の人間のように振る舞い始めます。

◎オコネル橋の乞食

 主人公(“わたし”)は自分に群がってくる乞食を上手くあしらうことができない質でした。電車に乗るために必要だから、かわいそうな赤ん坊のために、姉が癌だから云々という調子で詰め寄られると、ついついお金を渡してしまうのです。そんな主人公に、妻は呆れ半分です(^^;)
 しかし、そんな主人公でも、オコネル橋の乞食だけは特別でした。興味を引かれた妻と共に、彼はオコネル橋へ向かうことにします。

◎死神と処女

 田舎の田舎、森の果てに、オールド・ミスが一人で暮らしていました。彼女は風が吹いても、雨が降っても、誰が来ようとも決して家のドアを開けず、九十年も過ごしていたのです。
 オールド・ミスはやってくる者を死神と決めつけ、ドアを開けることなく全て追い返してしまいます。
 そして、オールド・ミスが九十一歳になった年の八月七日、一人の若く日に焼けた男が、森を越えて彼女の家の前までやってきました。

◎飛び立つカラス

 作家のウィリアムズは、ニューヨークでの多数の神経質な人々との交流に疲れ、かつて世話になったピアソン夫婦のアパートを訪れることにしました。深い友情と慈愛に溢れた二人と語り合うことが、先の出来事の毒消しになるだろうと。
 ところが、ウィリアムズを出迎えた妻ヘレン・ピアソン、そして後から帰宅した夫ポール・ピアソンは、かつてとはすっかり異なっていました。

◎この世の幸福のすべて

 汽車の中でたまたま隣り合わせた二人の男。ある駅を出たとき、そのうち年上の方が「ばかめ、ばかめ!」とつぶやきます。それは、駅のプラットフォームで一人の男がシャネルの匂いのする女を追いかけているのを見たからでした。
 実は二人とも、かつてその男と同じ行動を取り、シャネルの女が亭主持ちで子だくさんだったことを知って落胆した、という共通の体験をしていたことが判明します(笑)
 男というものは全員馬鹿な牡で、誰かの刺激で動き出す実験室の蛙みたいなものだとこき下ろす老人。そして彼は、この世で考えられる幸福のすべてを真に得た男は一人だけだと言い、青年の催促でその男の話を始めます。

◎ホアン・ディアスのライフワーク

 フィロメナ・ディアスは、亡き夫ホアンの墓の借地料が払えなくなってしまいました。墓堀り人は借地料滞納を理由に、ホアンの墓を暴いてミイラを取り出し、カタコームへ展示することをフィロメナに告げます。彼女とその息子フィローペは悲嘆に暮れました。
 フィロメナは従兄弟の警察署長リカルドオ・アルバネスに、墓堀り人を止めてくれるよう頼みますが、リカルドオですら打つ手はありませんでした。
 父のミイラがカタコームで展示されていることでフィローペが虐められているとき、フィロメナは不意に思い出します。死ぬ一ヶ月前に夫が「生きている間は力にもならなかったけど、死んでから力になろう」と言ったことを。

◎シカゴ奈落へ

 “絶滅の日”から後、かつてのテクノロジーは失われていました。
 ほとんど無人の公園へやってきた一人の老人が、そこにいた女や青年に語りかけます。かつて身の回りに存在した様々な素敵なもの、真空パックのコーヒーや、様々なブランドのシガレット、色とりどりのお菓子について。もう手に入らないそれらの思い出を語られた女は逃げ出し、青年は老人を殴った後に泣き出してしまいます。
 昔のことを語るのは法律で禁じられていました。けれども、老人はどうしてもそれを止める訳にはいかなかったのです。

◎国歌演奏短距離選手

 アメリカ人の映画シナリオライター、ダグラスがアイルランドのバー〈四県亭(フォア・プロビンセズ)〉にいたとき、その近くで激論が交わされていました。それはドゥーンとフーリハンのどちらが上かを議論するものでした。
 好奇心に駆られて聞いていたダグラスは、その一人に賭に参加しないかと誘われ、応じることにします。ドゥーンとフーリハンは二人とも国歌演奏短距離選手で、どちらが速いかに賭けようというのです。
 ダグラスには全く聞き覚えのない「国歌演奏短距離選手」なるものが何なのか、バーのアイルランド人達は説明します。曰く、アイルランドでは毎晩、映画の終わったときに国歌が演奏されると決まっており、いかに愛国者とてすっかり聞き飽きている。そこで、銀幕に『おわり』の字が出た瞬間、演奏が始まる前にずらかるのが常であり、それが一番上手いのが国歌演奏短距離選手なのだ、と(笑)

 いくつか補足しておきます。
 収録作の『少年よ、大茸をつくれ!("Boys! Raise Giant Mushrooms in Your Cellar!")』ですが、これは題名こそ異なるものの、名作ホラーSF『ぼくの地下室においで("Come Into My Cellar")』と同じものです。
 『少年鼓兵』は、おそらくアメリカ南北戦争で多数の人的被害を出した、シャイローの戦いを扱ったものですね。(ジョービー少年が実在したかどうかは不明)
 また、『死者の日』で描かれるお祭り“死者の日”は、ご存じの方も多いでしょうがメキシコに実在するものです。ドクロや骸骨の形をしたお菓子も実際に売られているようですね。これは『ホアン・ディアスのライフワーク』でも若干使われている(フィロメナは“死者の日”のお菓子で生計を立てる模様)ことから、ブラッドベリ氏お気に入りのお祭りだったのかもしれません。

 あらすじをざっと見ていただくとお分かりのように、本書収録作は様々なジャンルのものが含まれます。SFからファンタジー、ホラー、そして一般的な小説といったものですね。方向性もかなりバリエーションに富んでいます。
 しかしながら、これらの多岐にわたる作品群を読んでいくと、純粋さという共通点が見えてきます。少々下世話な『この世の幸福のすべて』や、狂気を扱った『刺青の女』/『かくてリアブチンスカは死せり』も含め、どこか透明感を覚えさせる雰囲気を纏っています。これはきっと、ブラッドベリ氏の心の中にあったブラッドベリ少年の視点なのでしょうね。この純粋さと清涼な詩的表現が生み出す若々しさが、ブラッドベリ作品の魅力なのだと個人的には感じます。
 私的お勧め作は、名作『華氏四五一度』のラストシーンを思わせるポストアポカリプスSF『シカゴ奈落へ』、心温まるファンタジー『世にも稀なる趣向の奇跡』、中年~老年男性キャラクタ達が妙に可愛い(^^;)『ティラノザウルス・レックス』辺りですね。また、世にもお馬鹿なスポーツを編み出したコメディ『国歌演奏短距離選手』も、ほのぼのした読後感がお気に入りです。

この記事へのコメント

  • ちゅう

    こんばんは。

    ブラッドベリは、作中の年端も行かぬ若者たちが、もって回ったような形容詞たっぷりの表現を(心の中で)するので苦手でしたw

    それかどうか、読んでいるのはさほど多くないかな。

    ところで、サイモンとガーファンクルの『The Big Bright Green Pleasure Machine』は、コレがネタなのでしょうか。

    2012年06月24日 18:11
  • Manuke

    > ブラッドベリは、作中の年端も行かぬ若者たちが、もって回ったような形容詞たっぷりの表現を(心の中で)するので苦手でしたw

    あー、確かに(^^;)
    そこら辺もあって、少々現実の少年とは違う印象はありますね。
    逆にそれが、萩尾望都氏や竹宮恵子氏の透き通った中性的な少年像ともマッチするので、個人的には好きだったりしますけど(笑)

    > ところで、サイモンとガーファンクルの『The Big Bright Green Pleasure Machine』は、コレがネタなのでしょうか。

    うーん、ごめんなさい。ちょっと分からないです。
    ただ、本書の原題は"The Machineries of Joy"なので、直接の関連性はなさそうな気がします。
    2012年06月24日 23:31
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