悪魔のハンマー

[題名]:悪魔のハンマー
[作者]:ラリイ・ニーヴン&ジェリー・パーネル


 SF界の黄金コンビ、ラリイ・ニーヴン氏とジェリー・パーネル氏による傑作ディザスターノベルです。
 本作で人類を危機に陥れるのは、“悪魔のハンマー”と呼ばれることになる彗星です。発見された新彗星が地球に接近し、次第に衝突確率が上がっていくことによる社会不安、衝突、そしてその先までを描き上げた、両氏渾身の力作です。
 類似したテーマを扱った作品に、小惑星の地球衝突を描いたアーサー・C・クラーク氏の『神の鉄槌』("The Hammer of God")がありますが(題名もちょっと似てます(^^;))、物語のスタンスは全く異なります。『神の鉄槌』は人類が太陽系進出を果たした近未来で、かつ地球上の描写が全くと言っていいほど出てこないのに対し、『悪魔のハンマー』は現代(おそらく執筆された一九七〇年代後半)の地球です。また、『神の鉄槌』は衝突防止策やその妨害といった展開を科学的に考証しつつ展開していきますけど、本書はむしろ衝突後の世界変貌を描く〈ポストアポカリプスもの〉の側面が強いです。似た題材を使いながら、ここまで大きく方向性が違ってくるのも面白いですね。
 物語には多数のキャラクタが登場し、彼らの各々の物語が互いに交錯することで、作品世界に奥行きをもたらしています。前半は人々の日常をじっくりと描写しているためにややスローペースですが、後半に入ると危機や苦難の連続で一気に物語が加速していくことになります。

 カルヴァ・ソープ会社の跡継ぎにして、アマチュア天文学者のティモシー・ハムナー(ティム)。大金持ちでありながら満たされぬ人生を送ってきたこの青年は、しかしパーティ会場で得意の絶頂にありました。ティムはもう一人の発見者ギャヴィン・ブラウン少年と同時に新たな彗星を発見・報告し、それが国際天文学協会に正式に認められたのです。
 自分の名を冠したハムナー・ブラウン彗星のことを吹聴しまくっては生暖かい目で見られていたティムに、パーティに出席していたNBSテレビのプロデューサー、ハーヴェイ・ランドルが声をかけました。ランドルはドキュメンタリー番組のディレクターでもあり、ティムの出資によりハムナー・ブラウン彗星絡みのドキュメンタリーを制作することで二人は合意します。後日、ジェット推進研究所(JPL)のチャールズ・シャープス博士らを交え、ドキュメンタリー製作が始まりました。
 そんなある日、ティムがテレビのバラエティ番組に出演していたとき、司会者が「ハムナー・ブラウン彗星("Hamner-Brown")」を「ハンマー・ブラウン彗星("Hammer-Brown")」と言い間違えたことがきっかけとなり、彗星は次第に“ハンマー”と呼ばれるようになっていきます。
 地球に接近し、大きな尾を引く天文スペクタクルとなるだろうと予想されたハムナー・ブラウン彗星。その地球への衝突確率は当初数十億分の一と見積もられていましたが、接近に従い数千分の一、数百分の一と上昇していきます。相変わらず専門家の予想は「多分衝突しない」というものでしたが、社会には次第に不安が満ちていき、衝突に備えて食料等を買い漁ったり、どうせ死ぬのだからと犯罪を犯したりする者まで現れ始め、それらは「ハンマー熱(フィーバー)」と名付けられました。
 米ソ対立を煽って急遽打ち上げられることになった、ハンマー観測用の宇宙ステーション・スカイラブ(通称ハンマーラブ)から、最接近目前になって宇宙飛行士達は恐るべき事実を知ります。それは、ハンマーが地球に正面衝突するというものでした。
 科学者、政治家、ジャーナリスト、原子炉技術者、宗教家、強盗、性犯罪者――多数の人々が見守る中、ハンマーは分裂しながら地球へと落下し、地上に壊滅的な被害をもたらします。消滅するヨーロッパとアフリカ、超巨大津波で押し流されるアメリカ東海岸……。
 しかし、それは世界の終わりではありませんでした。破壊された文明の残骸の中に生き延びた人々の前には、予想もしなかった過酷な運命が待ち受けていたのです。

 本書の注目ガジェットは、悪魔のハンマー("Lucifer's Hammer")です。(作中で単に「ハンマー("The Hammer")」と呼ばれることが多いです)
 発見当初はハムナー・ブラウン彗星と名付けられたこの天体は、質量数百億トンと目される雪と若干の岩からなる天体です。元はオールト雲の中に存在した天体ですが、数万年前にこの中を巡る暗黒惑星に軌道をかき乱され太陽系内部へと落下し始めたことが、幕間の鳥瞰視点段落で述べられています。
 彗星であるが故にその軌道の予測が付かず(ガス放出等により軌道が変化)、人類は何ら回避策を練ることなく衝突を迎えることになります。もっとも、舞台設定が一九七〇年~一九八〇年頃(スペースシャトルへの言及があることから、少し未来?)と目されますので、分かっていてもあらかじめ何らかの手を打てたかどうかは不明です。
 ハンマーは分裂しながら地球衝突コースを取り、ごく一部はそのまま地球の傍らを通り過ぎますが、大部分は地球へと落下したようです。落下地点は、主としてヨーロッパ-アフリカの付近で、地上に落下したものは巨大クレーターを形成して都市を破壊、海に落下したものは超巨大な津波を起こして沿岸部を壊滅させます。
 その上、ハンマーの落下は大国同士の対立を刺激し、核戦争を誘発することになります。落下をきっかけとし、ソビエト連邦と中国が互いを核攻撃したことで、両国は消滅してしまいます(アメリカは蚊帳の外(笑))。
 作中では言及がないのですけど、果たして日本はどうなっているのか気になりますね。ハンマー落下自体は地球の裏側なので直接の影響は少ないでしょうが、津波の襲来は楽観視できないかもしれません(避難の時間的余裕はありそう)。もっとも、中国が核攻撃で消滅となれば、日本も無事では済みそうにないです(^^;)

 あらすじではハンマー落下までを簡単に紹介していますが、作中で大きなウェイトを占めるのはむしろハンマー落下後の部分です。
 ハンマー落下に誘発された地震、津波、洪水といった災害を生き延びた人々が直面する最大の問題は、食糧不足です。特に都市部では略奪が横行し、中には人を殺して食べるところまで落ちぶれる者も出てきます。農村部ではまだ比較的余裕があるものの、衝突で巻き上げられた塵で天候不順、そして氷河期の到来が予測され、決して楽観視できません。このため、バリケードを築いて他地域からの人間流入を阻止する羽目になります。
 加えて、電力供給が停止したことにより様々な電子機器がガラクタと化し、人々は近代以前の生活を強いられます。怪我や病気を治す薬も在庫が尽き、荒事に使う武器もおいそれと用意することはできなくなります。
 終盤での大きな対立軸は、人食いのタブーを犯した罪悪感を狂信で塗り固めた軍人・黒人ギャングの混成軍団ニューブラザーフッドと、上院議員アーサー・クレイ・ジェリソンを中心に前近代レベルの農村確立を目指すシルヴァー・ヴァレー一同です。相容れない存在である両者は、とある最後の文明の灯火を巡って更に対立を深めていくことになります。

 本作はかなり登場人物が多く、普通(でないキャラクタも一部いますが(^^;))の生活を送っていた人々が、彗星落下という大災害を機に否応なく変化を迫られる様子が克明に描かれ、強い現実感を生み出すのに寄与しています。
 テレビ・プロデューサーとして物語の当初からハンマーに関わるハーヴェイ、上院議員ジェリソンとその娘モーリン、原子力技師バリー・プライス、宇宙飛行士ジョン・ベイカー達、JPL職員のダン・フォレスター博士、ギャング団のリーダーアリム・ナッソー、実直な郵便配達人ハリー・ニューカムと、列挙しきれないくらい多数の登場人物の視点から世界が描かれる様は壮観です。
 特に誰が主人公ということもなく、各々がそれぞれの物語を紡いでいくのですが、一人を挙げるとしたらやはりティム・ハムナーでしょうか。大金持ちでありながら生きる目標もなかったモラトリアム青年は、自分の発見した彗星が落下するという未曾有の大災害を経て、自分に足りなかった何かを得ることになります。

 さて、現実に私達の地球へ彗星が落下することになるとしたら、果たして本作よりマシな行動が取れるでしょうか。
 二十一世紀の現在では、かつてより更に文明の利器への依存が高まっています。仮に全てのライフラインが断たれ、どこからも救援の手が差し伸べられなければどうなってしまうのか――あまり想像したくない未来です(^^;)
 そうならないためにも、かつてアーサー・C・クラーク氏が言われたように落下前にそれを察知できる体制が必要なのですね。「空が落ちてくるかも」という心配は、実は『杞憂』とは言い切れないのですから。
 社会情勢はやや古くなってしまいましたけど、その根幹は色あせることがない、〈隕石落下もの〉の名作です。

この記事へのコメント

  • nyam

    こんにちは。
    この作品は破滅テーマの定番、隕石落下の傑作です。これも定番なのですが、他の国は被害甚大ですが、アメリカは軽微な被害なようですね。

    私は、ニーブンの「無常の月」が大好きですので、これを冒頭にもってくるともっとよかったかも。

    個人的には「ポストマン」の方が好みです。
    2012年06月11日 20:37
  • Manuke

    隕石落下地点はともかく、核戦争に巻き込まれないというのは少々ご都合主義な気がしないでもないです(^^;)
    とは言うものの、アメリカも相当に甚大な被害を被ってはいますけど。

    『無常の月』もいいですよねー。
    最近は「太陽でもスーパーフレアが発生するかも」という話が出てきているようですから、決してフィクションと言い切れないようですし。

    あと、『ポストマン』のゴードン君も好感の持てるキャラクタですが、『悪魔のハンマー』の郵便配達人ハリーもいい味を出してます。
    ハンマー落下後も愚直に郵便配達を続ける変わらなさっぷりで、ほとんどの人が銃を向けることができなくなるという(^^;)
    ブリン氏の『ポストマン』は、本作に若干インスパイアされていたりするのかもしれません。
    2012年06月11日 22:12
  • ちゅう

    お久しぶりです。

    読んだような気が(^^; 出版社はSFの範疇に入れなかったと書いてありましたね。

    行方不明で確認できませんが、こんなのでしたっけ。いろいろ混ざって覚えてしまったと思います。間違っていたらごめんなさい。

    ・会社の金を使い込んだかして、ボーイスカウトの一隊を率いながら、自殺しようとしている男。隕石が降ってくるのを見て、自殺をやめた。
    ・主人公が車で逃げている。缶ジュースか何かを開けた。女友達が、プルタブが役立つだろうから捨てないでと言った。(なんとしっかりした女性だと感心。でもプルタブが役立つところは出てこない)
    ・山中の砦に助けを求めた科学者。糖尿病なので、砦の連中は冷たい。科学者は、私がいれば役立つ。それに私を生かすには、月に一頭の羊だけでよいと説明(インシュリンを摂るため)。
    ・ギャング団が砦を攻めてくる。科学者のアドバイスでマスタードガスを製造し、やっつける。
    ・さらに、死体は放置して肥料にせよとのアドバイス。(しかし、この科学者も生き永らえない)
    ・最後は、危険が迫った原発を何とか力を合わせて守った。

    人間に対する、わりとドライな扱いが印象に残っています。

    そうそう、あの使い込んだオッサンの息子?が彼をようやく見つけたとき、彼にに率いられた少年隊は、ガールスカウトのグループを助け、すでに1対1のカップルで構成されていた。オッサンも少女をパートナーにしていて、この暮らしが気に入ったので続けるのだと。。
    *******************
    なお、『ポストマン』は、ワタシも大スキです。
    2012年07月24日 21:18
  • Manuke

    はい。大体そんな感じです。
    ニューブラザーフッド関連は特に陰惨ですけど、他のキャラクタも結構シビアな選択をする場面が少なくないですね。
    生き延びるのに精一杯な状況ですから、甘いことを言ってられないのかもしれません。
    気弱な青年だったティム・ハムナー君も、終盤は少々マチズモに染まりつつありましたし(^^;)
    2012年07月26日 02:12
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