ハインライン傑作集3 魔法株式会社

[題名]:ハインライン傑作集3 魔法株式会社
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 ハインライン氏の初期中編を収録した傑作集、第三弾です。
 本書は「集」と付きながらも、収録作品は二編だけです(^^;) しかしながら、この二作はどちらも、ハインライン氏の諸作中においてもかなり重要なウェイトを占める作品だったりします。
 表題作の『魔法株式会社』はSFのサブジャンルであるサイエンス・ファンタジーの形成に、そしてもう一つの『ウォルドウ』は小説の枠組みを超えた影響を及ぼすことになったのです。

◎ウォルドウ

 ニジンスキーを超えるアントルシャ・ドーズ(十二回かかと打ち)を決める稀代のバレエ・ダンサーにして天才医師、ウォルドウ・ファージングウエイト=ジョーンズ。物語は彼の過去を振り返る形で描かれます。
 エネルギー送受が放射線を介して行われるようになった未来、しかし北米放電公社(NAPA)はトラブルに見舞われていました。エネルギーを受信する装置ディカルプ・リセプターが原因不明の故障を起こし、輸送機が止まってしまうという事故が多発していたのです。
 全く理由の分からない動作不良にお手上げとなったNAPAの運輸技術本部長ジェイムズ・スチーブンズは、社長のスタンリイ・F・グリースンにある提案をします。それは、手がけたあらゆる難問を解決する天才技術者ウォルドウ・F・ジョーンズに調査を依頼するというものでした。
 ウォルドウは生まれながらに重症筋無力症を患っており、彼にとって生きることは戦いそのものでした。自らの困難を解消するために遠隔操作のロボットアーム(通称“ウォルドウ”)などを発明してきた彼でしたが、同時に他人を見下すとげとげしい性格になっていたのです。そして、NAPAはかつてウォルドウと特許関連で争った過去があり、ウォルドウはNAPAを毛嫌いしていました。
 彼が唯一心を許す主治医グライムズを頼り、スチーブンズは衛星軌道上の自由砦(フリーホールド)に住むウォルドウと面会を果たします。そして、渋るウォルドウを説得して協力を取り付けることができました。
 一方、地上では別の自体が進行していました。スチーブンズの部下マックは、自分の自家用艇が故障した際に昔なじみの老呪い師シュナイダー爺やに見せたところ、老人がこれを「修理」してしまったのです。シュナイダー爺やの直したディカルプ・リセプターは、本来可動部のないはずのアンテナがワサワサと指を動かすように蠢く奇っ怪な装置へと変貌していました。
 果たして何が起きているのか――調査に乗り出したウォルドウは、驚くべき真相へと辿り着きます。

◎魔法株式会社

 現代社会にそっくりながら、科学技術ではなく魔法が発達した社会の物語です。
 建築業を営むアーチイ・フレーザー(一人称主人公)の店へ、ある日チンピラがやってきました。そのチンピラは、自分が「悲運から庶民を守るさる組織の地区代表」だと言い、自分に協力しないと四大精霊(エレメンタルズ)や騒動幽霊(ポルターガイスト)が悪さをすることになりかねないと脅しをかけてきたのです。みかじめ料など払う気のないアーチイは、チンピラに銃を突きつけて追い払ってしまいます。
 しかし、翌朝になって彼が店へ行くと、店内は滅茶苦茶に荒らされていました。水の精(アンディーン)や地の精(ノーム)、そして火の精(サラマンダー)達が店の中に出現し、資材を持ち去ったり泥で溢れさせたりしたためでした。
 アーチイは友人で魔術関連に詳しいジョウ・ジェドスンの助けを得て、魔術師ビドル博士を頼ることにしたのですが、理由も言わずに断られてしまいます。けれども、捨てる神あれば拾う神あり。今風の資格を持たない古いタイプの魔女アマンダ・トッド・ジェニングズ夫人により、精霊の悪戯はたちどころに解決したのです。
 しかし、アーチイ達はまだ知りません――ビドル博士に依頼を断られたのは、彼らが謎の男ディットワースが設立した魔法株式会社と契約を交わしていなかったからだということを。そして、きっかけとなったチンピラが、魔法株式会社の手の者であったことを。
 魔術師業界の命運を左右する、奇妙で恐るべき政治闘争が始まります。

 本書の注目ガジェットは、“ウォルドウ”です。
 文字通り、ウォルドウ・F・ジョーンズが発明したことでこう呼ばれることになった装置は、要するに遠隔マニピュレータ、人間の腕の動きをトレースして動くロボットアームのことですね。
 “ウォルドウ”は手元で操作を行う手袋状の一次ウォルドウと、その動きをトレースして動く二次ウォルドウからなります。これを使うことによって、手作業を遠隔地から行うことができるのみならず、大型二次装置で人力を超える強いパワーを発揮できたり、あるいは逆に小型二次装置で超精密な作業を行うこともできる訳ですね。ウォルドウがこの装置を発明したのは、重症筋無力症により弱い力しか出せない自分の困難に対処するためだった、とされています。
 さて、こうした装置は既に現実にも存在し、先述のように遠隔マニピュレータ(日本では単にマニピュレータだけでも通じます)とかテレファクターなどと呼ばれているのですが、実はマイナーながらもう一つの呼称として「ウォルドウ」と呼ばれることもあります。すなわち、本作にちなんだものですね。遠隔マニピュレータが実用化されたのは一九四五年ですが、『ウォルドウ』が発表されたのは一九四二年、ハインライン氏は時代を先取りしていたということになります。
 ハインライン氏ご自身の言によると、発想は氏のオリジナルではなく、筋無力症の患者をサポートする道具というアイディアが既にあったようです。しかしながら、それが工学的に非常に有用であることに着目した点は、ハインライン氏の慧眼と言えるでしょう。
 また、特に明示はされていないものの、氏の代表作『宇宙の戦士』に登場する強化服(パワード・スーツ)の原点は“ウォルドウ”にあるのではないかと個人的には睨んでいます。あちらは着込むタイプではありますけど、人体の動きをトレースするという意味では共通する部分がありますから。パワード・スーツは近年、筋力の衰えた老人をサポートするための研究が進んでいるようですので、用途でも近いものがあると言えそうです。

 一方、『魔法株式会社』はサイエンス・ファンタジーのルーツの一つと呼べる作品です。サイエンス・ファンタジーとは、古くからある魔法や精霊、ドラゴンといった伝統的なファンタジー世界に科学的視点を持ち込んだ、言わばSFとファンタジーの融合したジャンルですね。
 実際のところ、サイエンス・ファンタジーは一九四〇年前後に多数の作品により徐々に形成されていったジャンルのようで、その功績はハインライン氏一人に帰せられるものではありません。しかしながら、サイエンス・ファンタジーの起源として『魔法株式会社』が筆頭に挙げられるのは、その完成度の高さ故でしょう。
 『魔法株式会社』の舞台は二十世紀のアメリカなのですけど、そこで発達しているのは科学技術ではなく魔法技術です。観客席工事に魔法を使ったり、タクシー代わりに魔法の絨毯が走っていたりする訳ですね。この世界で行われる出来事は、技術の方向性こそ異なるものの、我々の知る世界とよく似ています。何しろ、州議会に法案を通すために魔術師がロビイ活動を行ったりするのですから(^^;) とは言え、単に科学を魔法に置き換えただけなのではなく、全体の筋としては明らかにファンタジーらしさが成立しているという見事な構成です。
 現代日本では、マンガやアニメ、ライトノベルにこうしたサイエンス・ファンタジー的作品が数多く存在しますが、『魔法株式会社』の「地に足が付きっぷり(笑)」に敵うお話はほとんどないように感じられます。開祖でありながら容易に乗り越えることのできない壁、それがビッグスリーの称号の証です。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/258092139

この記事へのトラックバック