ハインライン傑作集2 輪廻の蛇

[題名]:ハインライン傑作集2 輪廻の蛇
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 ハインライン氏の初期中短編を収録した傑作集の第二弾です。
 本書に含まれる作品は、ややホラー/ファンタジー的なテイストが強めですね。『ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業』/『象を売る男』/『わが美しき町』の三作は二十世紀アメリカを舞台とした現代ファンタジー風味で、中でも長編クラスの長さの『ジョナサン~』は前半がホラー、終盤がSF的という面白い構成になっています。
 一方、表題作『輪廻の蛇』は時間をテーマとした少々インモラルなお話で、人の悪さがハインライン氏らしいと言えるでしょうか(^^;)

◎ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業

 ジョナサン・ホーグは小心な男でした。他人の粗野な行動や暴力が嫌いで、いつもびくびくしながら暮らしています。
 そんなホーグがある日、ポロメイ夫人に招待され夕食を共にしたとき、彼女の義理の妹ジュリアがホーグの職業を当てようとしました。彼の爪の先が汚れていたことから、ジュリアはその職業を化学者だと決めつけますが、ホーグは答えを言わずに席を辞します。何故なら、ホーグは自分自身の職業を思い出せなかったからです。
 爪の間に入った茶色のねばねばしたものを見て、それが血に違いないとホーグは思い込みます。そして、その物質の分析をしてもらうため医者を訪れますが、ポットベリイ医師は彼に分析結果を見せずに追い返してしまいました。
 その後、ホーグはランダル&クレイグ探偵事務所を訪問し、自分が昼間どんな職業に就いているのか尾行して調べて欲しいと依頼します。実に奇妙な仕事でしたが、エドワード・ランダルとその妻で相棒のシンシアはその依頼を受けることにしました。
 ところが翌日、二人が家を出たホーグの後を付けると、奇怪なことが起こり始めます。

◎象を売る男

 ジョン・ワッツ(ジョニー)はかつて、セールスマンでした。彼は妻マーサと共に全米を巡り、仕事がてらあちこちのお祭りや博覧会に参加することを存分に楽しんでいました。
 彼がセールスマンからの引退を考えたとき、マーサはジョニーに対し新たな仕事の提案をしました――象を売る仕事を始めようと。それは実際のところ、二人がこれまで通りアメリカ中を旅する口実に過ぎなかったのですが、ワッツ夫婦は象のセールス調査という名目で各所のサーカスや動物園、はたまた国立公園や観光名所を訪れました。
 十年後、マーサが亡くなった後もジョニーは象のセールスを続けていました。それは妻との約束であると同時に、孤独の痛みをいくらか癒す手段でもあったからです。
 そして、彼が〈全米祝賀芸術博覧会〉に向かうバスに乗っているとき、バスが事故を起こしました。幸いにして乗客に怪我はなかったものの、ジョニーは眼鏡を壊してしまいます。仕方なしに、ジョニーは眼鏡なしで博覧会を見て回ることに決めました。
 全米博覧会はかつてない大規模なもので、ジョニーはそれを楽しみつつも、常にマーサの面影を追っていました。そんなとき、彼の足下に一匹の犬が現れます。それは、マーサの後を追うように召されたジョニーの飼い犬、ビンドルスティッフにそっくりな犬だったのですが……。

◎輪廻の蛇

 物語は、バーテンの「わたし」が“私生児の母”と呼ばれる男から身の上話を聞かされるところから始まります。
 “私生児の母”は、「私生児のおふくろ」ものの告白小説を書いていることから付けられたあだ名でしたが、彼の書く小説は女性の観点からのタッチが非常に優れていました。それもそのはず、“私生児の母”はかつて女だったのです。
 孤児院に棄てられた女の赤ん坊だった“私生児の母”は、あまり器量の良い方ではありませんでした。彼女は身持ちを堅く守りつつ、成人した暁には国民軍慰安部に入るという将来設計を立てていました。しかし、生まれて初めて自分に優しくしてくれた男に騙され、子供を身籠もってしまいます。
 その子供を産んだ後、“私生児の母”は医者から衝撃の事実を聞かされます。実は彼女は男女両方の性を併せ持った人間で、出産のときに女性器が損なわれてしまったために男として生きる他はない、と。そして、生まれた赤ん坊もその後何者かに誘拐されてしまいます。
 もはや女として生きることはできず、さりとて男としての経験もない彼は苦労をしますが、やがて「私生児の母告白物語」という自分の経験を活かした実話小説を書く仕事にありつくことになった、という次第でした。
 今でも自分を捨てた男を恨んでいるという“私生児の母”に、バーテンの「わたし」は言います――自分はその男のいるところを知っていると。

◎かれら

 「かれ」は病院の一室に軟禁されていました。それは、自分以外の人間が全て自分に対して陰謀を企んでいると「かれ」が信じ込んでいたためです。
 小さい頃から、「かれ」は自分が他の子供とは異なっていることを認識していました。そして、大人達が自分に対して何らかの秘密を抱いているらしいことも。けれども、人生を生きる上で「かれ」はそれから目を逸らしていました。ところが、宗教や哲学を含めた世の中のあらゆるものが、「かれ」こそが自分を世界の中心だと認識させないように仕組まれていたことを、ある事件をきっかけに「かれ」は知ってしまいます。
 「かれ」は、自分の知覚できるものは自分自身であり、それ以外の人間を知覚できないことから、自分以外の人間は魂を持たない空虚な存在なのだと確信します。主治医のヘイワード医師は、そうした心象が決して「かれ」だけのものではなく、他の人間も多かれ少なかれ抱いているものだと諭そうとします。しかし、彼の思いは揺らぎません。
 そして……。

◎わが美しき町

 とある〈終日営業〉駐車場の管理人パピー("Pappy":あだ名、「おとうちゃん」の意)には、奇妙な友人がいました。それは、彼がキトン("kitten")と名付けたつむじ風です。キトンはまるで犬や猫のように、パピーの言葉に反応して近づいてきたり、与えられた紙切れを螺旋状に巻きつけて喜んだりするような仕草を見せるのです。
 新聞記者のピート・パーキンズは当初、キトンがパピーの言葉を理解することに懐疑的でしたが、彼らのやり取りを見守るうちにそれを信じざるを得なくなります。
 ピートは腐敗した市政を糾弾する記事を執筆しており、特に道路清掃とゴミ処理を市長の弟が請け負っていることに批判的でした。キトンが何十年も前の新聞を抱え込んでいたことから、記事にその事実を載せ、ろくに清掃もできない市長の弟よりつむじ風に任せた方が安く能率的だ、と皮肉りました。
 一方、揶揄されて面白くない市長側は、警察をキトンのところへやって記事を奪おうとし、それを制止したパピーを逮捕してしまいます。この横暴に対し、ピートは……。

◎歪んだ家

 若き建築家、クウィンタス・ティールは不満を抱いていました。彼は家というものがもっと自由な発想の元に作られるべきだと考えていたのです。
 友人ホーマー・ベイリーとの会話中、ティールは四次元的な繋がりの家というものを思いつきます。それは立方体型の部屋をは四次元的超立方体に配置するというものでした。もちろん、三次元の世界に超立方体を作ることは不可能なので、あくまで展開図的なものではありましたが。
 そして、ティールはベイリーを酔わせて「説得」し、奥さんに内緒でベイリー家の新居を作るという小切手を切らせました(^^;)
 そして過剰空間住宅が完成したとき、自分に無断で家を作らせたことに憤慨するベイリー夫人を加え、三人はその家まで車を走らせました。ところが、八つの立方体型部屋が積み上がったものがあるはずの場所には、部屋が一つあるのみでした。
 残りの七つがなくなってしまったことに訝るティールですが、ともかくも屋内へと入ってみることにします。すると、外から見たときには存在しなかったはずの隣接する部屋へ行くことができるではありませんか。
 実は朝方に起きた地震のせいで、過剰空間住宅は四次元的に折りたたまれてしまい、本当の超立方体になっていたのです。ところが……。

 本書収録作のうち、『ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業』はほぼ長編並みの長さを持つホラータッチの作品ですが、実はメタフィクション的な揶揄も含まれているのではないかと個人的には睨んでいます。「不愉快な職業」は結末で明かされるのですけど、その不愉快」は主に対象となる人々にとってであり、そこにハインライン氏も含まれるわけですね(^^;) 生業としているわけではないのですが、長い目で見れば私も「不愉快な職業」なのかもしれません。:-)
 また、表題作『輪廻の蛇』はタイムパラドックスを扱った秀作で、ある意味行くところまで行ってしまった作品です(笑) SF成熟期にはこうした各ジャンルの決定版的な作品が多数登場してしまっているため、新人SF作家さんの苦労が忍ばれますね。
 個人的なお気に入りは、ハインライン氏版「台風のフー子」(笑)の『わが美しき町』、実はオチが○○ネタだったりするコメディ『歪んだ家』です。
 その他、『象を売る男』は一見ハートウォーミングなファンタジーに見えるのですけど、主人公のジョニーを巡る世界が切り替わった瞬間を考察すると、実は暗い現実がそこに隠されているように思います。もっとも、これについては私の勘ぐりすぎかもしれませんが(^^;)

この記事へのコメント

  • nyam

    「歪んだ家」は大好きなのですが・・・。

    ○○ネタ? なんだろう??
    耐震偽装ネタでしょうか。

    2012年03月10日 13:12
  • Manuke

    同じ惑星どころか同じ宇宙かどうかも分からない異様な風景の正体は……という酷いオチ(褒め言葉)の辺りですね(^^;)
    無責任かつすっとぼけた性格のティール君が個人的にはお気に入りです。
    2012年03月11日 00:03
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