ハインライン傑作集1 失われた遺産

[題名]:ハインライン傑作集1 失われた遺産
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 SFビッグスリーの一角、ミスターSFことハインライン氏の初期作品を集めた中短編集です。
 ハインライン氏の初期作品では、同一世界を共有する一連の〈未来史〉シリーズが高い評価を受けていますが、これに属さないお話もなかなかの力作揃いですね。本書に収録されている四編のうち、三編が特別な力を有したグループに関わる物語になっています。(もう一つは財力的に特別かも(^^;))

◎深淵

 月基地から地球へ帰還したビジネスマン、ジョエル・アブナーの正体は連邦保安局(FBS)の秘密捜査官でした。彼は地下鉄の洗面所内でまた変装し、探検家のジョセフ・ギリアド大尉に姿を変えます。
 ギリアドの目的は、月基地で開発されたノヴァ効果という新技術を地球へ持ち帰ることでした。敵対勢力の妨害はあったものの、彼はなんとかそれを躱し、空気管郵送(ニューモ・メイリング)チューブで秘密の場所へ情報を送り終えました。
 けれどもその直後にギリアドは、表では慈善家として知られながらも正体は残忍な、ノヴァ効果を手に入れんと目論むケイスリー夫人に捕まってしまいました。そのとき、彼同様に捕まっていた謎の男ボールドウインの手引きにより、なんとか脱出することに成功します。
 しかし、FBSへ戻ったギリアドを待ち受けていたのは、ボン局長の非難でした。ノヴァ効果の情報は目的の私書箱に届かなかったというのです。ボンはその責任をギリアドになすりつけようとしたため、彼はボンをノックアウトし、FBSから逃げ出さざるを得なくなります。
 情報を横取りしたのはボールドウインに違いないと当たりを付けたギリアドが連絡を取ると、ボールドウインは彼を暖かく迎え入れてくれました。それは、よりよく考えることができることを特徴とする新人類(ニューマン)、ホモ・ノヴィスの組織だったのです。
 仲間に加わる素質ありと認められたギリアドは……。

◎時を超えて

 純理形而上学の教授アーサー・フロスト博士は、学生五人の奇怪な失踪事件の関することで出頭を求められました。しかし、イゾウスキー部長刑事の見張る護送車の中から、博士は忽然と姿を消してしまいます。
 事の発端は、フロスト博士が四日前に自宅で開いたゼミナールでした。彼はそこで、学生達にこう教えたのです――時間は一次元ではなく二次元であり、世界は三つの空間次元と二つの時間次元からなるのだと。
 フロスト博士は学生時代、大学を中退して実業界に身を投じたのですが、詐欺罪により投獄されてしまうという経験をしました。自分が実業向きではないと悟り、大学を中退せずに学業を続けていれば良かったと後悔した彼は、内なる世界に閉じこもるうちにいつしか時間を遡ってしまったのです。そして学生に戻った後、今度は学業を続けて今の立場に至りました。
 自分がどうしてそのようなことを成し遂げられたか、という問題に長年取り組んできたフロスト博士は、それができるということを潜在意識に信じ込ませることだと突き止めました。それにより、博士は過去に遡るに留まらず、並行世界への小旅行にも成功したのです。
 教授の手引きにより、学生達は実験に参加して催眠暗示を受けることにします。頭の固い学生ハワード・ジェンキンス以外の四人は、実験の成功により部屋から姿を消したのですが……。

◎失われた遺産

 ウエスタン大学に勤務する超心理学の研究者フィリップ・ハクスレイ博士は、友人の脳外科医ベン・コバーンと夕食を共にしていました。ハクスレイはコバーンに、有望な透視能力者の学生ヴァルデスを相手に実験を行っている話をしていたのですが、そのときコバーンに急患の連絡が入ります。それは、今し方話していたヴァルデスが交通事故に遭ったという知らせでした。
 コバーンの手術によりヴァルデスは一命を取り留め、脳の一部を切除したものの幸いにして障碍は残りませんでした。けれども、その後ヴァルデスの透視能力は完全に消滅してしまいます。
 ハクスレイとコバーン、そしてハクスレイの恋人の学生ジョーン・フリーマンは、ヴァルデスから切除された脳の部分こそが透視能力に関わるのだという結論に達します。そして、ジョーン相手に始められた新たな訓練は目覚ましい成果を上げ、ジョーンとコバーンはテレパシーや透視能力という力を開花させるに至りました。
 しかし、ウエスタン大学の学長ブリンクリー博士はハクスレイの研究成果を一切認めないばかりか、医学部のコバーンに悪い影響を与えていると非難しました。そして、これ以上研究を続けると職を失うことになると脅しをかけ、休暇を取るよう申し渡しました。
 憤慨しつつも、休暇を取って小旅行に出かけることにした三人。道中、ハクスレイが残りの二人と同じ能力を身につけた後、彼らは何かに引き寄せられるかのようにシャスタ山へ向かいます。
 そこでハクスレイ達は知ることになるのです――自分達の得た力が、かつて人類が有していながら失ってしまったものなのだと。そして……。

◎猿は歌わない

 火星人の遺伝子操作技術の助けにより、様々な遺伝子改良された動物達が世に溢れるようになった時代――。
 世界最大の財閥の女主人マーサ・ファン・フォーゲルは、夫のブロンソンと共に生物を作り出す施設、フェニックス育種工場へ赴きました。昨日、クラブで六本足のダックスフントを自慢されて憤慨したブロンソンは、その報復のために背中に乗って飛べるペガサスが欲しいと言い出したためです。マーサはそんなペガサスは決して安くはないことを承知しつつも、愛する夫のわがままに付き合うことにします。
 フェニックス育種工場に到着した二人は、支配人ブレークスリーの歓待を受けます。しかし、生物設計技師カーグルー博士と火星人の応用遺伝学者ブナ・クリーズに、空を飛べる馬は現実に作れないことを諭され、ブロンソンは空が飛べない見てくれだけのペガサスで妥協することにしました。一方、ブレークスリーのご機嫌取りで見せられた、遺伝子改造された賢い小型の象ナポレオンを気に入ったマーサは、それを買うことに決めます。
 その後、自分が所有者である労働猿派遣会社の中で、人間代わりの労働力として作り出された労働猿の育成施設を見学したマーサは、ある一頭のネオ・チンパンジーに目をとめます。その猿ジェリーは白内障を煩っており、もはや労働力としては役に立たなくなっていました。
 たどたどしい言葉で、働けないことが悲しいと訴えるジェリーに同情したマーサは、ジェリーの処遇をブレークスリーに問いただします。言葉を濁すブレークスリーですが、二人のやりとりに苛ついたブロンソンは、愚かにも真相を口にしてしまうのです――お役御免となった猿は処分されてしまうのだと。
 すっかり憤慨したマーサは、今後一切労働猿を殺すことはまかりならぬと申し渡し、ジェリーを家へ連れ帰ります。一方、いかに大株主の資産家とは言え、ブレークスリーとて重役会の決定なく唯々諾々とその命令に従うわけにはいきません。
 かくして、財閥女主人と労働猿派遣会社の間で始まった法廷論争。果たしてその結末は――。

 収録作のうち、お勧めは表題作の『失われた遺産』です。序盤は脳の機能の解明による超能力開発で始まり、中盤からは古代の失われた文明に関わっていくというドラスティックな展開を見せます。お話の傾向としては、コリン・ウィルソン氏の伝奇SF『賢者の石』にやや似ているかもしれません(もちろん『失われた遺産』の方が先)。いささか独善的な部分は見受けられるものの(^^;)、「強者による弱者の支配」という論理を強く否定しているのも興味深いところです。
 また、本書のうち『猿は歌わない』を除く三作品が、訓練による超常能力の獲得をメインに据えているのも面白いですね。この辺りは、初期のハインライン氏のテーマでもあったようです。
 一方『猿は歌わない』は、知性化されたチンパンジーを巡る軽快なタッチの法廷劇で、ラストは痛快なものの掘り下げは少々浅めです。資産家のマーサは労働猿のジェリーを擁護するのですけど、彼女が寄せる同情はペットに対するもの以上ではなさそうです。しかしながら法廷論争の中で、ネオ・チンパンジーが人間より優位な種族になる可能性が仄めかされている箇所が少しだけあります。
 人種差別問題に深く切り込んだ氏の時間SF『自由未来』は、「差別する側とされる側の逆転」という構図がクローズアップされていますが、もしかしたら本作にその発想の原点があるのかもしれませんね。

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