光のロボット

[題名]:光のロボット
[作者]:バリントン・J・ベイリー


※このレビューには前巻『ロボットの魂』のネタバレがあります。ご注意ください。

 自意識の存在を巡る、高性能ロボット・ジャスペロダスの苦悩を描いた『ロボットの魂』の続編です。
 前作では、結局のところジャスペロダスは世界で唯一の特別なロボットということで決着が付きました(ちょっと逃げのような気も(^^;))。しかしながら、ジャスペロダス以外のロボットは依然として意識を持たない存在であり、本作ではそこに焦点が当てられることになります。
 ジャスペロダスを遙かに凌ぐ超々高性能ロボットのガーガンは、ロボットに意識を与えるという途方もない計画を抱いていました。それを知ったとき、ジャスペロダスは決断を迫られます――人間を裏切ってガーガン計画に与するのか、あるいはロボットを裏切って計画を潰すのか、を。

 ロボットには意識が存在しないという事実と、自分には意識があるという自覚の狭間で悩み続けたロボット・ジャスペロダスは、己が両親たる老ロボット師夫婦の意識を分け与えられた特別な存在だという答えを得ることになりました。
 その後、過去のテルゴフ治世が滅んだ理由を知るために考古学を研究することにしたジャスペロダス。彼は発掘現場に向かう途中に立ち寄ったゾロアスター教寺院で、この世界が光の王子アフラ・マズダと闇の王子アーリマンの戦いの場であり、意識の光を持つ人間がアフラ・マズダの、意識を持たず人の模倣であるロボットがアーリマンの使徒であるとゾロアスター賢者に言われました。そして、ガーガンという名のロボットがそれを覆そうとしていることも。
 しかし、ジャスペロダスの属する自由ロボット・コミュニティは、人間のボルゴル同盟からの攻撃を受けて壊滅してしまいます。からくもそれを逃れたジャスペロダスは、ガーガン計画に彼を勧誘に来た使者ロボットのクリカスに同行することにしました。道中、元人間でありながら思考をロボットにコピーしたヴィス伯爵の領内で、彼は父親ジャスパー・ホバータスの意識をコピーしたロボットと出会います。けれどもそのコピーロボットが作られたのは父がジャスペロダスの製作を始める前のことで、彼はロボットに意識を与える方法を知りませんでした。
 そして、自分よりも遙かに高度な超知能を有するロボット、ガーガンの元に辿り着いたとき、ジャスペロダスは計画の全貌を知らされます。それは、人間から意識を奪い取ってロボットに移植するという、恐るべき手法だったのです。
 それを知ったジャスペロダスは……。

 本書の注目ガジェットは、意識です。
 作中の設定では、意識とは基本的に人間の中にしか存在しないもので(人間以外の生き物にもありますが、ごく原始的なもの)、物質とは異なるレベルの何かとされている模様です。これがあるが故に、人間は自分が存在していることを実感します。一方、ロボットには意識がないので、いかに人間そっくりの言動を取ろうとも存在していないということになります。
 意識はそれを有する人間の個性とは無関係とされており、この部分でいわゆる魂とは異なるようです。例えば人間の意識をロボットに移した場合、ロボットの中に人間の意識が移動するのではなく、人間が消滅してロボットが存在するようになる、といった具合です。人為的に作り出すことはできず、人間の子供に意識がどうやって備わるかも分かっていません。
 ゾロアスター寺院の賢者は、この意識こそが善神アフラ・マズダによってもたらされたものであるとし、これを持たないロボットを悪神アーリマンの眷属と見なしています。面白いのは、この視点に対してあるロボットが、物質界であるこの宇宙は本来アーリマンの世界であって、アフラ・マズダこそが侵略者なのではないか、という見解を述べている点です。

 作中のロボットは、主人公のジャスペロダスを除いて意識を持たない存在ですが、興味深いことに現実の哲学においても「意識を持たない知的生命」という思考実験が一九九〇年代になされたようです。これは哲学的ゾンビと呼ばれるものですね。「ゾンビ」と付いていますが、ホラー映画に出てくる「動く死体」のことではなく、「外見からは人間と区別できないが内部に意識を持たない存在」を指しています(物理世界に属さない意識が人間の中に存在することは、暗黙の了解となっている模様)。すなわち、前巻(一九七四年)及び本巻(一九八五年)に登場する意識を持たないロボットは、この哲学的ゾンビを先取りしたアイディアと言えるかもしれません。(もちろん、哲学と意識の関わりはもっと昔から存在していますが)
 もう一点、ベイリー氏は作中で面白い見解を提示しています。作中では意識がないただの機械と位置付けられているロボットですが、それらは喜んだり、恐怖したり、自分の中に存在しない意識を求めて研究を繰り返したり、あるいは創造的なことを成し遂げたりといった言動を見せます。中でも、人間から思考をコピーされたヴィス伯爵は、他のロボット同様意識がないと設定されているにも拘わらず、それをほとんど実感せずに生前(?)同様の生活を送っています。(必要もないのに食事を楽しみ、排泄します(笑))
 このような見せかけの活動を行うことができるが意識を持たないロボットは、本当に存在しないと言えるのか――これが本書最大の問いかけです。人工知能がいつか実現したなら、我々はその問いと現実に直面することになるのかもしれません。
 もっとも、この設問は哲学的ゾンビ同様、人間に意識があることが前提ではあります――本当に私達の中には「物質界に属さない意識」などというものがあるんでしょうか?(^^;)

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