明日にとどく

[題名]:明日にとどく
[作者]:アーサー・C・クラーク


 SFビッグスリーの一角であり、ハードSFの第一人者でもあるアーサー・C・クラーク氏が比較的初期に書かれた作品を集めた短編集です。
 中でも注目作品は、最初期の短編『太陽系最後の日』ですね(氏のデビュー作『抜け穴』の翌月に掲載された第二作ですが、売れたのはこちらが先)。また、全体的な傾向として、ややシニカルな味わいのお話が多いのも特徴と言えるでしょうか。

◎太陽系最後の日

 船長アルヴェロンが率いる《銀河系巡視船》S九〇〇〇号は銀河系巡視の作業を中止し、全速力でとある太陽系へと向かっていました。
 その太陽系からの電波信号がキャッチされたのはほんの数日前で、受信した惑星が発信元の星から二百光年離れていることから、技術文明はまだ二百年程度と目されます。しかし、超光速観測機でその母星を調べたところ、あと七時間でその太陽はノヴァ化してしまうことが判明したのです。
 S九〇〇〇号の能力をもってしても、その惑星へ到着後に残された時間は最大四時間しかありません。到底その全ての住人を救出することなど不可能ですが、わずかでも救うことができれば、とアルヴェロンは考えていました。
 かくして、電波発信源である第三惑星、すなわち地球と呼ばれる星へ到着した一行。けれども、その惑星上の都市に人気はなく、ただ無人通信局の凹面鏡が、どの惑星でもない方向に向けて電波を送信しているのみでした。
 果たして、地球人はどこへ行ってしまったのでしょうか。

◎闇を行く

 ある辺鄙な惑星にやってきていた宇宙旅行者のロバート・アームストロングは、他の星へ出発する宇宙船〈カノープス〉へ乗る予定でした。
 ところが、サンダースン宇宙港へ出かけようとした矢先、キャンプに一台しかないトラクターが故障してしまいます。彼は半狂乱になってそれを修理した後、今度はトラクターのキャタピラが引っかかって動かなくなってしまったのです。
 宇宙港までは六マイル(約九・七キロメートル)であり、闇の中を歩いて行こうと決心したアームストロングですが、二マイルほど歩いたところで今度は懐中電灯が消えてしまいます。
 銀河系の中心部から遠く離れたこの惑星は、夜空にほとんど星もなく、辺りは真っ暗闇でした。アームストロングは毒づきつつも、残り四マイルを〈カノープス〉が出発する四時間後までに辿り着くことは十分可能だと考え、足で道を探りつつ進むことにします。
 しかし、闇の中を歩き続けるうちに、アームストロングはふと思い出してしまうのです。彼がこの惑星に到着したときの歓迎会で年老いた基地事務員が語った、闇の中から忍び寄る謎の怪物の話を。

◎忘れられていた敵

 太陽系が特殊な宇宙塵帯に突入してしまったことで、太陽からの光はほとんど輻射熱を伴わなくなってしまいました。その結果、地球は急速に寒冷化し、高緯度地方にいた人々は南の方へと逃げ出していきました。
 市民が全員脱出してしまった後も二十年以上の間、ミルウォード教授は生涯を捧げた書物とともに、ただ一人大学(おそらくオックスフォード大学のこと)で暮らしていました。彼は年に十回程度大学の外へ出て、残された物資を拝借して生きてきたのです。
 ある日の夜、ミルウォード教授は北の方から砲声のような音が轟くのを耳にします。それはいかなる天然自然のものとも異なる音でした。長らく人々との交流がなかった教授は、とうとう人々がロンドンへ戻ってきたのだと歓喜します。
 その轟音の正体とは……。

◎エラー

 超伝導を使った新型発電所の主任技師リチャード・ネルスンはある日、電力需要の急増に伴う事故に巻き込まれてしまいました。
 気絶はしたものの、特に後遺症もなく回復したかに見えたネルスン。しかし彼は、自分が新聞の文字を読めなくなっていることに気付きます。それは全ての文字が鏡像反転して見えるためでした。彼を看たサンダースン医師は、ネルスンがショックで妄想に囚われたのかと当初は考えましたが、指に填めた指輪やポケット内の手帳などから、ネルスン本人が事故で鏡像反転してしまったのだと確信します。
 主任物理学者のラルフ・ヒューズ博士は、この報告を受けて原因を調べ始めます。けれども、二週間後にサンダースン医師がまた訪れてきて、ネルスンが再入院したことを伝えました。
 ネルスンは肉体こそ正常なのにも拘わらず、重大な健康上の危機を抱えていたのです。

◎寄生虫

 コナリイは妻のある身ながら、いつも他の女性に手を出しているタイプの男でした。その彼があるとき、パーティーで知り合った女性モードと親しくなった直後から態度が豹変してしまいます。
 他の女性どころか、妻や友人までも遠ざけ、世捨て人のようになってしまったコナリイ。親友のピアスンはコナリイの元を訪れて、彼の行動の理由を尋ねました。
 信じてもらうことを諦めつつも、コナリイは友人に打ち明けます――自分は超未来の人類と思われるオメガに、一挙手一投足をテレパシーで覗き見されているのだと。科学が全てを解明し尽くし、なすべきことが何もなくなった未来の怪物が、不老不死の倦怠の中で過去を覗き見することに悪魔的な喜びを見いだしたのだと。
 コナリイの述べたことが到底信じられず、オメガは彼の良心が過去の女性遍歴をたしなめる象徴なのだと考えたピアスンでしたが……。

◎地中の火

 カーンは「わたし」に対して、ある報告書を提示します。それは「わたし」が長らく求めてきた真相の答えでした。
 報告書はマシュー博士から科学大臣に送られたもので、ハンコック教授と故クレイトン博士による改良型超音波探知機(ソナー)と、その実験に関することが書かれていました。
 二人の科学者は、強力な超音波のパルスを地中に送り込み、反射してくるエコーから地下の映像を作り上げることを目指していました。開発は順調に進んでいましたが、改良型ソナーの実用方法を追求していたクレイトン博士が自動車事故で亡くなったことにより、変化が訪れます。ハンコック教授は、油田や坑道のような地表近くのものではなく、地球の更に奥深い場所を探ろうという野心を持っていることをマシュー博士に打ち明けたのです。
 遙か地中深く、深度十五マイル(約二十四キロメートル)からのエコーを解析した超音波探知機のブラウン管に映し出されたものは、マシュー博士が想像だにしないものでした。

◎目覚め

 人類が太陽系内の惑星に進出しつつも、恒星間宇宙のあまりの広大さに圧倒され、それ以上の挑戦を諦めてしまった時代――。
 何一つ不自由のないユートピアに生きながら、マーランの心は満たされないままでした。マーランと同じ気持ちを抱いた多くの人々は忘却への扉(記憶を消すことなのか、あるいは死を指しているのかは不明)をくぐりましたが、まだ新しい体験をするチャンスが残っているうちはそれを選びたくないとマーランは考えていました。
 そんなある日、マーランは未知への挑戦を一つ思いつきます。それは、自分自身の肉体を冷凍し、未来へと送り出すというものでした。友人達はそれを巧妙な安楽死だと捉えていましたが、他人の関心をよそにマーランは準備を整えます、
 かくしてマーランを乗せた宇宙船は太陽系外縁、冥王星のかなたの軌道へ到着し、船内の空気を抜きました。そこでマーランは、再び装置が作動して彼を目覚めさせるまで、長い眠りに就くのですが……。

◎親善使節

 ウィクストスプル船長率いる空飛ぶ円盤は、住人の原始的種族と接触するために、とある惑星へと着陸しました。
 親善使節に選ばれたのは、クリスティールとダンスターの二人でした。彼らは手足が一対ずつしかなく、後頭部に目もないという肉体的欠陥を有していましたが、原住民に変装するのに最適だったためです。
 一方、ラジオやテレビ放送で原始種族の言葉を覚えたクリスティールは、その野蛮さに危惧を抱いていました。何しろあるラジオ番組では、典型的な家庭劇だったにも拘わらず冒頭三十分で二人も殺されるという有様であり(笑)、そんなに殺人が横行している土地に丸腰で出かけるのは心許ないと言うのです。ウィクストスプル船長は渋々、マークII破砕銃の携行を許可し、軍法会議ものだからくれぐれも住人を傷つけないように釘を刺します。
 こうして、原始惑星であるところの地球、イギリスの典型的な農村リトル・ミルトンに降り立ったクリスティールとダンスター。しかしながら、テレビとラジオのみでしか地球のことを知らない二人は、原始的種族の村人達と全く話がかみ合わない羽目に陥るのです(^^;)

◎呪い

 世界的に名高いある小さな町は、三百年の間、湖畔に静かな集落をなしていました。しかし、その町は流れ弾のロケットで一瞬のうちに消滅し、悪魔の化身のようなきのこ雲が立ち昇るばかりでした。
 ロケット弾の応酬であらゆるものが焼き尽くされる中、その小さな町の川辺にあった墓の墓碑銘は、放射能雲が反射する火焔の明かりに照らされ、はっきりと読むことができました。それは、ある偉大な詩人が遺した呪いの言葉だったのです。

◎時の矢

 地質学会の副会長ファウラー教授は、二人の助手バートンとデイヴィス、そして雇った労働者と共に発掘作業を行っていました。発掘現場は遥かな太古に低湿地だった場所で、多数の生き物の足跡がそこに残されていたのです。中でも、推定二〇~三〇トンもあると目される巨獣の足跡は未発見の生き物と思われ、その生物自体の骨が近くに残っている可能性もありました。
 一方、発掘現場の近くには、なにやら奇妙な研究施設らしきものが存在しました。人里離れたこの場所で、秘密裏に研究を行っているらしきその施設の住人は、高名な低温物理学の専門家ヘンダースンとバーンズであることがやがて判明します。
 助手達はそこで何が行われているのか好奇心を抱いていたものの、招待されたのはファウラー教授一人だけでした。そして戻ってきた後も、口止めされているからと研究施設で行われていることを口外しようとしません。
 助手のうち物理学に強いデイヴィスは、過去の論文から物理学者達は過去が見える機械を開発しているのではないかと推測をたてます。もし彼の考える通りなら、施設が発掘現場の近くにあるのも一応筋は通るのですが……。

◎木星第五衛星

 太陽系に進出した人類は、かつて火星に二つの古代文明があったことを知りました。いずれも五百万年以上前に滅びていましたが、両者は平和裏に共存していたようで、滅亡の理由は分かっていません。
 古代文明のうち昆虫型種族が本来の火星人とされ、爬虫類型種族の“X文化”はどこか別の小惑星か衛星からやってきたと考えられていました。しかし、フォースター教授はより野心的な考えを持っていたのです。
 フォースター教授は自らの説を実証するために、「わたし」を含めた五人の人間を引き連れて木星へと向かいます。彼らが目指したのは、木星第五衛星でした。
 果たして教授の思惑通り、木星第五衛星はただの衛星ではなく、巨大な宇宙船だったことが判明します。フォースター教授は“X文化”が太陽系内ではなく別の恒星からやってきたと考えており、その恒星船こそが木星第五衛星だったのです。
 しかし、一行が発掘を行っているとき、第五衛星にもう一隻の宇宙船がやってきました。それは科学解説者ランドルフ・メイズ達で、彼らは別件で第五衛星を訪れたのですが、フォースター教授の発見を知るとそれをネコババしようと画策します。
 これに対し、フォースター教授はある思い切った行動に出るのです。

◎憑かれたもの

 故郷の太陽の爆発から逃れ、宇宙を放浪する集合知性“群れ”がいました。“群れ”はある太陽系へ到達し、その第三惑星へと降下しました。
 物理的には何の力も持たない“群れ”は、取り憑くための知的生命体を必要としていました。しかし、その惑星には未だ知性の芽生えは存在していなかったのです。
 “群れ”はそこで思案し、自らを二つに分割することにします。一つはこの地に留まり、いつか起こるかもしれない知性の萌芽を待ち続けるために。もう一つは再び宇宙へ旅立ち、存在するかも分からない知的生命体を探して放浪の旅を続けるために。二つの“群れ”は、息災であればいつかこの地で再会しようと約束を交わします。
 そして月日は流れ――。

 いくつかの作品について補足をさせていただきます。
 まず『木星第五衛星』ですが、これはアマルテアのことですね。天文学者エドワード・エマーソン・バーナード氏(元コメットハンターで、バーナード星の発見でも有名)が一八九二年に発見した、かのガリレオ・ガリレイ氏によるガリレオ衛星(一六一〇年)以来の木星の衛星で、かつ写真撮影を使わず望遠鏡で直接発見された最後の衛星と、天文学史上における一つの区切りと言える存在かもしれません。
 このアマルテア(ギリシア神話でゼウスの乳母)という衛星名が提唱されたのは発見の翌年とのことですが、実際にこれが正式名称に採用されたのは一九七五年です。つまり、本作品が発表された一九五三年時点では、題名通り木星第五衛星("Jupiter Five")が正式名称だった訳です。
 また、『憑かれたもの』(一九五三年)はある生物の行動がネタになっていますが、実はこの習性はデマであって、事実ではありません。伝説が知れ渡ってしまっているために、洋の東西を問わずこの間違いが本当のことだと信じられている場合も未だにあるようですし、クラーク氏を責めるのも酷でしょう(^^;) そうした瑕疵を除けば、作品自体はもの悲しい味わいのある綺麗なお話です。
 その他、『親善使節』には面白いことに〈白鹿亭〉の名前が登場します。ブリティッシュ・パブ〈白鹿亭〉での傑作SFホラ話集(笑)『白鹿亭綺譚』の番外編的な位置付けでしょうか。なにしろUFO嫌いで知られるクラーク氏ですから、「宇宙人が地球を訪れた」といういかにもなシチュエーションを徹底的に茶化してくれます(^^;)

 お勧め作品は、やはり『太陽系最後の日』ですね。事実上の処女作に相当しながらも、しばしばクラーク氏の最高作品と評されており、これにたいし氏は「後は下り坂なのか?」とボヤいていたご様子です(^^;)
 興味深いのは、ビッグスリーの他のお二方、アイザック・アシモフ氏及びロバート・A・ハインライン氏にも同じように初期作品が持ち上げられることがあります(アシモフ氏は『夜来たる』、ハインライン氏は〈未来史〉)。早い時期に名声を確立し、その後も長く執筆活動を続けられた作家さんには得てしてあることなのかもしれません。
 もちろん、三人とも「後は下り坂」などという評価が当て嵌まらないことは、その後の数多くの作品と読者からの支持を見れば明白です。それこそが、お三方がビッグスリーと称えられる所以なのですね。

この記事へのコメント

  • ちゅう

    ご無沙汰です。

    太陽系最後の日、スキです。ノヴァ化する太陽から逃げ出す地球人。しかし、手持ちのありったけの技術を集めても、鈍足なロケットでは目的地には何万年かかることか。それでも果敢に踏み出す私たち!

    さあ、彼らのために人肌脱ごうじゃないかという、宇宙人の心意気もありがたいし。こんなガッツのある連中には、すぐ追いつかれるだろうという一抹の不安というか期待?の述懐までもが、いい気分にさせてくれます。

    どなたかの書評にありましたが、あの悲劇的?な『幼年期・・・』と同じ作者かと思わせますね。
    2012年04月09日 23:05
  • Manuke

    『太陽系最後の日』は、シンプルだからこその良さが凝縮されてますね。ちょっと自尊心をくすぐられるところとか(^^;)
    現実の宇宙開発は、アポロ以後は少々足踏み状態に感じますけど、そろそろ次のステップへ進みたいものです。

    『幼年期の終り』は、個人的にはむしろオーバーロードに感情移入してしまいますね。
    クラーク氏の作風からすると、「あっち」よりもむしろオーバーロード的な有り様を肯定しそうな気がしますし。

    もうひとつ、「太陽の爆発」という設定では『遙かなる地球の歌』との比較も面白いのではないでしょうか。
    あちらは、ぎりぎりになるまで見ないふりをしておいて、破滅が近づくと大慌てで植民船を準備するという駄目っぷりが、違う意味で共感を覚えました(笑)
    やっぱり、夏休みの宿題は八月三十一日にやっつけるのが作法(?)なのですよ。
    2012年04月09日 23:55
  • カール

    >あちらは、ぎりぎりになるまで見ないふりをしておいて、破滅が近づくと大慌てで植民船を準備するという駄目っ>ぷりが、違う意味で共感を覚えました(笑)

    これはちょっとちがうのでは?
    作中の20世紀末(21世紀初頭だったかな?)に太陽の寿命があと1700年程度しか無いと判明して、
    その当時の科学技術では恒星間移民船を建造できなかったので、人類の遺伝子データとロボット等を積んで
    可能性がありそうな惑星に片っ端から送り出し続けた(到着まで一番早くても数百年はかかります)。

    その後、地球滅亡の100年くらい前になってブレイクスルーが起き、真空中から無尽蔵にエネルギーを
    取り出せる量子駆動が実現して、100万人の人類をセーガンIIへ送ることが出来るようになったと記憶してます。

    なので、駄目っぷりってのはちょっと不適切ですね。
    2016年08月22日 15:56
  • Manuke

    えーとですね。
    『遙かなる地球の歌』の世界で破滅が公表されたのは二〇〇八年で、この時点ではおそらく「一〇〇〇年以上未来」という程度しか予測できていないはず。で、この事実が広まっても、世間一般の人々はさして興味を示していません。
    三〇〇〇年になってようやく、全人類が地球滅亡を真実と受け入れたとされています。つまり千年近くに渡って、少なからぬ人数の人々が滅亡を真に受けていなかったことになります。
    (もっとも、二五五三年に播種宇宙船の送り出しが始まっていますので、危機感を覚えていた人も大勢いたと思われます)

    量子駆動に関しては、作中に「二五〇〇年以降のいつ発明されても不思議ではなかった」とあり、基礎理論は発見の千年前に確立していた模様です。発見が遅れに遅れたのは、不可能だと思って誰も研究しようとしなかったからですね。

    以上を踏まえて、「夏休みの宿題」の比喩表現はご許容いただけないでしょうか(^^;)
    2016年08月27日 00:06
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