マッカンドルー航宙記 太陽レンズの彼方へ

[題名]:マッカンドルー航宙記 太陽レンズの彼方へ
[作者]:チャールズ・シェフィールド


 ハードSF連作〈マッカンドルー航宙記シリーズ〉、第二弾です。
 本書に収録されているのは中編四つで、前巻の五編と合わせて七エピソードで全てのようです。前巻の相殺航法ほど派手なものはありませんが、科学考証のなされたガジェットが毎回読者を楽しませてくれます。
 永きに渡って書かれたシリーズものの宿命か(『キリング・ベクトル』と『母来たる』の執筆時期は二十年以上離れています)、登場人物のキャラクタ、特にマッカンドルーには若干ブレがあるようです。登場当初はもう少し理性的で年配のイメージがあったマッカンドルー先生は、回を重ねるごとに幼児化しているような気がします(^^;) 翻訳版でのマッカンドルーの一人称が「わたし」から「ぼく」に変更されているのは、そうした雰囲気を反映した上でのことでしょうか。

◎第一話 影のダークマター

 ジーニー・ペラム・ローカー船長が天才物理学者アーサー・モートン・マッカンドルーから、らしからぬ定型文的メッセージを受け取って久しぶりにペンローズ研究所へ赴いてみると、研究所の雰囲気は一変していました。
 マッカンドルーが勤めるペンローズ研究所は、所長がリンペリスからドリアン・ジャーヴァーに交代したことで、大変革が行われていました。かつてはルーズに行われていた様々な物事が、新体制では杓子定規に沿ったお役所的な決まりごとを守らねばならなくなったのです。
 ジャーヴァーはアンナ・ライザ・グリス上院議員(前巻『〈マナ〉をもとめて』参照)の甥であり、所長の座はコネによるものと思われましたが、ジーニーは彼が学者畑から管理職に転職した役人タイプの人間だと考えてあまり気にかけませんでした。一方、マッカンドルーはこの方針に嫌気が差していましたが、ジャーヴァーが優秀な物理学者である一点をもって彼を嫌うことができないため、不満をくすぶらせていました。
 マッカンドルーがジーニーを呼んだのは、〈プロジェクト・ミッシングマター〉に同行して欲しいと頼むためでした。このプロジェクトは、宇宙の持つ未知の質量分・ダークマターの正体を突き止めるため、太陽系の外へ〈ホアチン〉で調査旅行に向かうというものです。ジーニーは同意したものの、彼らの他にグリス上院議員の子飼いの御用学者ヴァン・ライルとステファン・パーミカンが同行することを知らされます。
 〈ホアチン〉が出発後、ライルとパーミカンは尊大な態度を取り始めます。かつて権威を踏みにじられたことに対するグリス流の報復なのだろうとジーニーは堪え忍びますが、ライルが力ずくで彼女をものにしようとしたときはさすがに我慢ならず、顔面を殴って鼻を折り、相手を退けました。しかし、その後は更にジーニーに対する嫌がらせがエスカレートしてしまいます。
 そうしたいざこざを気にしつつも、マッカンドルーの関心は観測実験の方にありました。質量探知機でしか捉えられない不可解な物体を発見したマッカンドルーは、〈ホアチン〉を止めて船の外に出ることにします。
 二人はまだ知りません――彼らに対するアンナ・グリスの憎悪の深さを。

◎第二話 新たなる保存則

 二年に及ぶ官僚的支配でガタガタになってしまったペンローズ研究所。しかし、前所長のリンペリス博士がかり出され、ようやく本来の機能を取り戻しつつありました。
 そうした最中、マッカンドルーは新たなプロジェクトに夢中になっています。それは、地球内部の構造を調べるために高エネルギー・ニュートリノのビームを射出する施設、〈ジオトロン〉からもたらされた仮説でした。〈ジオトロン〉は不可解なニュートリノの消失問題に直面しており、これが新たな不変則に繋がっているのではないかという説が立てられていたのです。
 一刻も早く地球へ向かいたいと逸るマッカンドルーですが、相手が食糧エネルギー省長官アンナ・グリスの配下の者であることから、ジーニーは異を唱えます。けれども、それはもう昔のことだからと、マッカンドルーは意に介しません(^^;)
 地球嫌いな上にアンナ・グリスとも会いたくないジーニーは、地球近郊までマッカンドルーを送っていった後、軌道上に留まるつもりでした。しかし、結局は相棒のことが気になり、地球の海底にある〈ジオトロン〉へ向かうことにしたのですが……。

◎第三話 太陽レンズの彼方へ

 カシオペア座の方向、太陽から一〇三光年の距離に超新星(スーパーノヴァ)が生まれました。太陽系に悪影響は及ぼさないものの、観測にはうってつけの機会を喜び、マッカンドルーは小躍りします。(ジーニーはそれを指して、人間が見てはならない光景の一つは“踊るマッカンドルー”だと評します(笑))
 ペンローズ研究所はこの一大事件に対し、太陽の重力レンズが焦点を結ぶ場所、ソルから五五〇天文単位の場所へ〈ホアチン〉を派遣することにしました。一方、スーパーノヴァに興味のないジーニーは、その間を木星の衛星エウロパの深海に潜って余暇を楽しむことにします。
 ところが、ジーニーがエウロパから戻ったとき、マッカンドルーはまだペンローズ研究所にいました。〈ホアチン〉に同乗するAGニュース社のレポーターの件で少し揉め事があり、マッカンドルーは乗船を拒否していたのです。
 さぞ気落ちしているだろうとジーニーが部屋を訪れると、あにはからんやマッカンドルーは上機嫌でした。実は〈ホアチン〉は太陽レンズの焦点へ向かう途中、救難信号を受信していたのですが、発信源を見つけることができなかったのです。けれども、マッカンドルーは、その信号が太陽レンズによって増幅されたことを見抜き、救難対象は太陽の反対側、カシオペア座方向であると見当をつけていました。
 その方角で救難信号を発しそうなのは、かつて太陽系から出発した〈方舟〉(前巻『真空の色彩』参照)の一つと思われます。ペンローズ研究所の新所長ラムフォードに許可を受けたジーニーとマッカンドルーは、一〇〇G加速できるよう改修された〈マーガンサー〉で救援に向かいます。
 しかし、そこには二人が予想だにしなかったものが待ち受けていました。

◎第四話 母来たる

 ある日突然、マッカンドルーの母親が地球からペンローズ研究所を訪れてくることになりました。マッカンドルーに母親がいるという事実に、ジーニーは驚愕を覚えます(笑)
 ジーニーが想像したのは、寿命の迫る前に愛しい息子へ会いに行こうとする、小柄でかわいらしい感じの老女、といった辺りでした。しかし、メアリー・マッカンドルーはジーニーの思っていた母親像とは全く異なり、高級娼婦さながらの色気たっぷりで悩殺的な服装をした赤毛の女性だったのです。
 少々面食らいながらも、メアリーと話をするジーニー。メアリーはこのたび資産家のファズールと結婚することになり、自分のお金を信託にまわしてマッカンドルーを受取人とするつもりでした。そしてジーニーを、色々と手のかかる息子の世話を任せるに足る相手だと認めてくれます。
 その後の会話中にジーニーは、マッカンドルーの父ハインリヒ・グリューネヴァルトが三〇年前から行方不明になっていることを聞かされました。グリューネヴァルトは猜疑心の強い物理学者で、自分がいずれ世界的に有名になると常々主張していましたが、圧縮物質に関する記録をメアリーの元に残したまま行方知れずになっていたのです。
 そんないきさつを全く知らなかったマッカンドルーは、父の残した記録を見るため、メアリーとジーニーを連れてシェトランド諸島(イギリス、グレートブリテン島の北東)の実家へ戻ります。そこにあったのは、圧縮物質の全く新しい製法と、様々に応用が利く画期的な理論の手がかりでした。
 果たしてグリューネヴァルトは、どこに姿を消してしまったのでしょうか。

 本書もまた各話ごとに面白いネタがたくさん詰まっていますが、その中でも注目ガジェットは〈ジオトロン〉ですね。
 〈ジオトロン〉は高エネルギー・ニュートリノのタイトビームを生成して射出する施設です。直径四〇キロメートルのドーナツ型をしており、地上ではなく海中、マルビナス諸島(パタゴニア東岸の沖合)の大陸棚に建設されています。地上は土地が貴重だから、とのことですが、跳ね上がる建設難易度が軽視されているのはシェフィールド氏らしいところと言えるでしょうか(^^;)
 ニュートリノは他の物質とほとんど相互作用しない素粒子です。例えば、太陽から放射されたニュートリノがあっさり地球を貫通して、夜側の地表で検出されたりします。この性質を利用して、(人体に対するレントゲンと同じように)地球を透視する手段として使おうというのが〈ジオトロン〉の目的です。〈ジオトロン〉自体は単なるニュートリノのタイトビームを任意の方向に放射するだけの施設で、飛来したニュートリノの検出は世界各地の地表にある検出装置で行うようです。
 実際、人工的なニュートリノ・ビームではなく、宇宙から飛来する天然(?)のニュートリノを地球内部の透視に使おうという計画が現実にあるようですので、〈ジオトロン〉は本書の中でも最も実現性が高いガジェットだと思われます。実現すれば、地球物理学や地震学の進展に大いに寄与することになるのではないでしょうか。
 ただ、実際に建造するとしても、海中ではなく地中の方がありそうな気がします。:-)

 本書及び前巻の各エピソードは発表順に並んでいますが、作中の時系列はやや前後している模様です。アメリカにおける完全版では、本書の第一話『影のダークマター』及び第二話『新たなる保存則』が、前巻第三話『真空の色彩』の直後に収録されています。エピソード的にもアンナ・グリス関連で繋がりがあるお話ですから、おそらくこれが時系列順なのでしょう。
 作中で少し気になったのは、エピソード間の若干の不整合ですね。一例を挙げると、マッカンドルー教授の年齢です。
 最終話『母来たる』(第一作『キリング・ベクトル』より十五~二十年後)では父グリューネヴァルトが最後にマッカンドルー家を訪れたのが三〇年前とされ、おそらくこの時点ではマッカンドルーは物理学を修める前、せいぜい一〇歳ぐらいの年齢と思われます。そうなると、マッカンドルーの作中年齢は四〇歳前後と推定されるのですが、いくらなんでも若すぎるのではないかと(^^;) しかも、マッカンドルーとジーニーは〈ホアチン〉等の相殺航法宇宙船をしばしば利用しているため、ウラシマ効果で主観年齢はもっと若くなってしまいますね(最低でも一〇年ぐらい)。
 まあ、エピソード単体だけに注目するなら特に矛盾はなさそうですし、作品の面白さを損なうような部分ではありません。続き物として書かれたお話ではなさそうなので、多少の齟齬は目をつぶってしまいましょう(^^;)
 科学考証にこだわりながら、キャラクタも展開も面白いという傑作ハードSFです。マッカンドルーとジーニーの数々の冒険に胸が躍ること請け合いです。

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