マッカンドルー航宙記

[題名]:マッカンドルー航宙記
[作者]:チャールズ・シェフィールド


 本書は天才物理学者マッカンドルーとその周辺の出来事を描いた、連作ハードSF中編集です。
 本シリーズの特徴は、SFガジェットの科学考証に非常にこだわっているところですね。シェフィールド氏の作品はSFガジェットが多数登場する、いわゆるガジェット・ストーリーが多いのですけど、本書もまたそうした傾向が見られます。作中では一見すると荒唐無稽に見える要素にも科学的裏付けがなされており、特に高加速を行うことのできる相殺航法は本書の白眉です。(とは言うものの、往々にして技術的難易度は度外視されているので、必ずしも実現する未来とは言い難いですが(^^;))
 また、科学を重視するハードSFではしばしばストーリーがないがしろにされることもありますが、本書収録のエピソード群は物語も十分に楽しめます。シェフィールド氏の小説では、SFガジェットを詰め込みすぎて後半に収拾が付かなくなってくる場合がやや見受けられますけど(^^;)、本作は連作中編ということで適度にエピソードが分割され、あまりネタを引っ張らないことが功を奏しているのかもしれません。
 加えて、本シリーズは登場人物も非常に魅力的です。一人称主人公のジーニーは有能な女性宇宙船船長で、世俗に疎い天才マッカンドルーに対してのワトソン的な役割(解説を引き出す等)と言えるでしょうか。他の面々も濃いキャラクタばかりで、SFガジェットだけでなく人物同士のやりとりも大いに楽しむことができます。

◎第一話 キリング・ベクトル

 人類がカー=ニューマン・ブラックホール(略してカーネル)を使いこなし、太陽系各所へと進出するようになった時代――。
 カーネルその他の貨物を太陽系各所に運ぶ宇宙船の船長ジーニー・ペラム・ローカーは、土星の衛星タイタンの犯罪者コロニーへ大犯罪者イフターを護送する役目を引き受けることになりました。イフターは幻覚剤自由同盟(ハルシノジェニック・フリーダム・リーグ)という狂信者集団の首魁で、三ヶ月前に地球上の主要都市で水道管に幻覚剤を混入するという大規模テロを実行し、その混乱のせいで一〇億人が死亡していたのです。あまりに被害者が多いため、イフターを仇と恨む人間も一〇億人を超えることから、裁きの方針が固まるまで辺境に遠ざけておこうというのがタイタンへの移送の理由でした。
 ジーニーの宇宙船には、数年前からペンローズ研究所の天才物理学者アーサー・モートン・マッカンドルーが同行するようになっていました。彼は毎年四ヶ月ずつの旅行を、仲間から離れて研究に没頭する絶好の機会と捉えていたためです。そして、今回の旅にもマッカンドルーは同行することにしていました。
 ジーニーはイフターの扱いに危惧を抱いていたのですが、幸いなことに彼は礼儀正しく紳士的、ユーモアもある好人物でした。しかしながら、食事後の雑談中にイフターの言葉の中に秘められた狂気を感じ取り、マッカンドルーとジーニーは背筋が凍る思いを味わいます。
 そうした最中、旅客便〈レソト〉からの救難信号が入ります。犯罪者の外惑星への護送中に、内惑星系の船とランデブーするという偶然に疑念を抱くジーニーですが、イフターの護送官である惑星調整局のブライスンは直ちに救援すべきだと憤慨します。
 しかし、ジーニーの危惧は当たっていたのです。

◎第二話 慣性モーメント

 ことの発端は、ジーニーがマッカンドルーに零した愚痴でした。彼女は小惑星ホルスから医療援助を求める緊急連絡を受けたのですが、その求めに応じられる船はどこにもなかったのです。人間が乗る以上、宇宙船の加速は人体が耐えられる上限を超えることができないためでした。
 ジーニーはマッカンドルーに、無慣性航法(SFにしばしば登場する、慣性をなくしてしまう駆動機関)が実現できないものかと尋ねました。マッカンドルーはこれに対し、無慣性航法は理論的に不可能だが、人体が押しつぶされることなく高加速を行う宇宙船は実現可能だと応えます。
 そのやりとりをジーニーがすっかり忘れてしまった頃、マッカンドルーは五〇Gの加速を行いながらも人体への影響が一Gに抑えられる画期的な手法・相殺航法の開発に成功しました。そして、それを使った試作宇宙船を二隻完成させたのです。
 ところが、ここでペンローズ研究所からジーニーへ連絡が入り、マッカンドルーが行方不明になったことが知らされます。彼はニュース・レポーターで社長令嬢のニーナ・ベレスと共に、相殺航法宇宙船のプロトタイプ〈マーガンサー〉(カモ科の鳥アイサの意)に乗り込んで試験飛行後、戻ってこなかったのです。
 ペンローズ研究所の研究者達はジーニーの危機回避能力を買っており、もう一隻の試作船〈ダタレル〉(チドリ科の鳥コバシチドリの意)でマッカンドルーを探しに行く際に手を貸して欲しいと彼女に頼みました。ジーニーは応じ、〈マーガンサー〉を探す旅に同行することとなります。
 果たして、マッカンドルーの身に何が起こったのでしょうか。

◎第三話 真空の色彩

 〈マーガンサー〉の危機を切り抜けた後、マッカンドルーは一〇〇G加速が可能な新型宇宙船〈ホアチン〉(雛の翼に爪がある鳥ツメバケイの意)を完成させました。ジーニーは〈ホアチン〉でアルファ・ケンタウリ探検に向かう約束を取り付け、長期休暇を取ってペンローズ研究所に出向いたのですが、土壇場になってマッカンドルーは目的地を変更したいと言い出しました。
 彼が希望したのは、七二年前に太陽系を出発した自給自足型の多世代宇宙船〈方舟〉の一隻〈マシンガムの方舟〉でした。超低速で他の恒星を目指す〈マシンガムの方舟〉乗員は変人揃いだったようですが、航海は順調であり、一方的に送られてくる情報も特に代わり映えはしないものでした。
 ところが、最近になってマッカンドルーの発明と同等の情報が〈マシンガムの方舟〉からもたらされたのです。それは、マッカンドルーに匹敵する大天才が〈マシンガムの方舟〉にいることを意味していました。マッカンドルーもペンローズ研究所員も、その事実にすっかり興奮してしまったのです。
 かくして、太陽から二光年の距離にある〈マシンガムの方舟〉へ向かうことになったジーニーとマッカンドルー。〈ホアチン〉なら船内時間で三五日(ウラシマ効果で船外では二年)しかかからない距離であり、特に危険もないと思われたのですが……。

◎第四話 〈マナ〉をもとめて

 前回の〈マシンガムの方舟〉への訪問後、今度こそアルファ・ケンタウリ探検を行おうと考えていたジーニーとマッカンドルーですが、計画実行の三日前に突如として横槍が入り、またもや中断を余儀なくされました。
 計画を止めたのは、食糧エネルギー省食糧局。ペンローズ研究所は独立した機関ですが、スポンサーからの圧力によって要求を呑まざるを得なかったのです。
 憤慨しつつ、ジーニー達は食糧エネルギー省の本省へ向かいました。そこで食糧局の幹部、野心的な女性アンナ・ライザ・グリスから驚くべき情報を聞かされます。太陽系全体の食糧供給量が三〇年以内に落ち込み、破滅と飢饉がもたらされるという予想が出ていたのです。
 しかし、食糧局は打開策として、太陽系外縁の彗星雲(オールト雲)に存在する有機ポリマーに目をつけていました。これを食料転換に利用すれば、危機的状況を乗り切ることができます。そして既に、発案者のアーネ・ランホフは彗星雲に赴き、発見した有機物の小天体に処置を施して太陽系へ送り込む計画を実行中でした。
 ところが、七番目の有機物小天体〈神与の食物(マナ)〉へランホフの乗る宇宙船〈スター・ハーヴェスター〉が到達した後、彼からの連絡が途切れてしまったのです。もしこの計画に支障が出れば、破滅がもたらされかねません。一刻も早く現状を知るために、太陽系で最大の加速力を持つ〈ホアチン〉が挑発されることになった、という訳でした。
 ジーニーとマッカンドルー、傲慢で科学を理解しないアンナ、そして頭は良いもののアンナの言いなりの部下ウィル・ベイズの四人を乗せ、〈ホアチン〉は〈マナ〉を目指します。
 そこには……。

◎第五話 放浪惑星

 惑星調整局局長がウルフォードからトールボーイに交替し、ペンローズ研究所も整理対象となりました。トールボーイが研究所を訪れたとき、所員達はこぞって自分の研究の重要性を訴えますが、賢そうな見た目とは裏腹にトールボーイは頭がからっぽで物理学に理解のない人間でした。
 その結果、ペンローズ研究所の研究内容はことごとく予算を削減されてしまいます。そして、ジーニー達が今度こそはと考えていたアルファ・ケンタウリ探検も、相殺航法船〈ホアチン〉に廃船処分が下されたことで、実現は絶望的になってしまいました。
 その一方、ジーニーとマッカンドルーには同じ時期にもう一つの重要な関心事がありました。二人の娘であるジャンが一七歳の誕生日を迎え、ジーニーを母親に、マッカンドルーを父親に正式に認めることとなったのです(作中の時代では、子供が法廷年齢に達したとき自らの親を自分で選ぶことになっており、これに選ばれることは親にとって大変な名誉とされている模様です)。
 入籍式を済ませた後、ジャンは卒業祝いの宇宙旅行で海王星の衛星トライトン(トリトン)の周回軌道上にあるトライトン・ステーションへ向かいます。そこでは、かつて〈マシンガムの方舟〉から連れ帰った、マッカンドルーに匹敵する天才青年スヴェン・ヴィクルントが研究を続けていました。
 ヴィクルントは近年、ノイズの中から信号だけを増幅する方法を研究しており、それを使って恒星間宇宙を漂う放浪惑星を三つも発見していました。そしてジャンと、彼女にいいように丸め込まれてしまった(^^;)ヴィクルントの二人は、その一つである放浪惑星ヴァンデルへ〈マーガンサー〉で冒険にでかけてしまったのです。
 それはあまりに軽はずみな行動でした。危惧を覚えたジーニーとマッカンドルーは、廃船処分命令を無視して〈ホアチン〉に乗り込み、〈マーガンサー〉の後を追います。
 しかし、時すでに遅し――〈ホアチン〉がヴァンデルに到着したとき、その惑星上に着陸した連絡カプセルからの信号は途絶していました。
 果たして、ジャンとヴィクルントは死んでしまったのでしょうか。それとも……。

 本書にはSFガジェットがたくさん含まれますけど、中でも注目すべきはやはり相殺(バランス)航法("balanced drive")、別名マッカンドルー航法ですね。
 相殺航法は宇宙船の加速に伴うGを打ち消すことで、高加速を行っても中の人間がつぶされることがないという画期的な手法です。スペースオペラに登場する無慣性航法に似ていますが、まったく科学的裏付けのないそれとは異なり、相殺航法は現実の物理学と矛盾しないものです。(作中ではしばしば無慣性航法と混同され、マッカンドルーが顔を顰める場面も(笑))
 原理そのものは簡単で、要するに加速度を重力で相殺してしまおうというものです。つまり、船室の前方に五〇Gで物を引っ張る重力源を置いておけば、船を五〇Gで加速しても両者は打ち消されてしまう訳ですね。
 作中の試作船〈マーガンサー〉及び〈ダタレル〉の場合、船は直径一〇〇メートル・厚さ一メートルのディスクと、そこから後方に伸びた直径四メートル・長さ二五〇メートルの筒からなります。ディスクは密度一一七〇トン/立方センチメートル(作中の「一七〇トン/立方センチメートル」はおそらく誤植)の圧縮物質で作られており、ディスクのすぐそばでは五〇G、二四六メートル離れると一Gの引力が働きます。一方、筒の中には球形の船室がスライドするように納められており、船を高加速するときは船室をディスクへ近づけ、加速しないときは目一杯遠ざけることで、人体に加わる加速度を一G以内に保つことができます。
 シンプルながらもエレガントな宇宙航法で、それだけの加速があれば宇宙船を光速度にかなり早く近づけることができるため、超光速を用いずとも恒星間移動が現実的なものとなります。(ウラシマ効果で、船内での時間経過は小さくなることから)
 もっとも、確かに物理学的には何ら問題のない相殺航法ですが、実は別の意味で荒唐無稽ではあります(笑) 何しろ、ディスクは人体を五〇Gで引っ張るほどの巨大重力源ですので、その質量は約九兆トンにもなります。数字が大きすぎてピンと来ませんが、火星の衛星フォボスの七割強、あるいは(概算ですけど)富士山の九十倍程度、と言えば把握していただけるでしょうか(^^;)
 それほど超重い宇宙船を五〇Gで加速する訳ですから、動力源も推進機も普通では対処不可能です。動力源については、真空エネルギーを汲み出すという説明はなされているものの、こちらは現代物理学では海のものとも山のものともつかない状態です。推進方法に関しては、光速近くまで加速した荷電粒子を後方に放射して進む反動推進らしいのですが、大質量宇宙船を五〇G加速する推進機は相当大がかりなものになることが予想されます。外見が「円盤と、その中央から伸びた細い筒」だけでは済みそうにないですね。:-)
 他にも(ブラックホールや中性子星ほどではないにせよ)通常物質を遙かに超えた高密度の圧縮物質をどうやって作るのか、という問題もあります。
 ここまで技術的難易度が高いと、いっそ人体を五〇Gに耐えられるよう改造する方が遙かに楽なんじゃないかという気がしないでもないです(^^;) とは言え、物理法則に反せず恒星間宇宙を生きたまま航行可能な宇宙船のアイディアは、それだけで胸がワクワクしてくる一級のセンス・オブ・ワンダーであることは間違いありません。

 物語の中心となるマッカンドルー教授は頭脳明晰な物理学者で、本来の専門は重力関連と思われますが、それに留まらず様々な科学分野に通達した万能型の天才です。また、理論だけでなく応用技術にも才能があり、相殺航法の実用化にも関与しています(作中では、理論のみのヴィクルントをアインシュタイン型、応用もこなすマッカンドルーをニュートン型と評する下りも)。極めて知識が豊富で知能も高いため、その会話についていくのは困難を伴うようです。基本的に平和主義者で、暴力的なことは好みません。また、頭はいいものの、いわゆる「学者馬鹿」の傾向が強く、人間関係の機微にはさっぱり鈍感です。事実の解明に気を取られるあまり軽はずみな行動を取ってしまうことも多々あり、ジーニーの手を煩わせることになります(^^;)
 一方、ジーニー・ローカーはとっさの判断力に優れた有能な人物で、危険を察知して切り抜ける場面が少なくありません。宇宙船の操船だけではなく腕っ節も相当なものです。一人称で物語が綴られるため、地の文ではしばしばマッカンドルーと比べて自分が知的に劣っていることを強調していますけど、実際には彼女自身もかなり高い教養を持っているようです。
 『キリング・ベクトル』では二人の関係が比較的ドライに描かれていますが、これは彼らが出会ってから五年程度だからでしょうか(あるいは、設定がまだ固まっていなかったから?(^^;))。おそらく、その後二人は親密になり、『真空の色彩』時点で二人の娘ジャンが既に生まれていることが仄めかされています。
 作者のシェフィールド氏自身が認めているように、二人の関係は「手のかかる子供とその母親」的な面があり、ジーニーはマッカンドルーのせいで色々と大変な目にも遭っています。ジーニーは(いい歳して(^^;))世間ずれしていないマッカンドルーに庇護欲を掻き立てられている節がありますけど、それでも腹の中では時々その無神経さにパンチを食らわせてやりたいなどと感じているようです(笑)

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