ポストマン

[題名]:ポストマン
[作者]:デイヴィッド・ブリン


 本書は〈知性化シリーズ〉等で知られる気鋭の作家ブリン氏が、核戦争により荒廃した世界を描いた近未来SF小説です。
 舞台となるのは、二十一世紀半ばとなるアメリカ。衰退と貧困に喘ぐ陰鬱な社会が描写されています。
 しかし、本書は決して辛いだけの物語ではありません。決してあきらめない不屈の意志が絶望の中に光をもたらす様は、読者を大いなる感動へと導いてくれるでしょう。
 ひょんなことから郵便配達員の制服を拾ったゴードン。彼のついた一つの嘘は、やがて大きなうねりとなって社会を揺り動かし始めます。その先に、ゴードンは何を見いだすのでしょうか。

 限定された核兵器・生物兵器その他による〈終末戦争〉の結果、人類はかつての文明を維持できなくなっていました。通信網は分断され、疾病を治療する手段を失い、人々は中世さながらのレベルへと後退せざるを得なかったのです。
 戦争から十六年後、ある一人の男ゴードン・クランツがアメリカを東から西へと旅していました。かつてミネソタ州で民兵として人々を守る役目を果たしたこともありましたが、今は既によりどころを失い、彼は芸人のまねごとをしつつ村から村へと当てのない旅を続けています。
 ある日、ゴードンはキャンプをしているときに盗賊に教われ、着の身着のままの状態でからくもそこから逃れました。そのとき彼は偶然薮の中に、横転したジープと白骨化した郵便配達員の遺体を見つけたのです。ゴードンは感謝の念を込めて配達員を丁重に埋葬し、彼の着ていた制服と郵便鞄を拝借します。そして近隣の村パイン・ヴューへどうにか辿り着くのでした。
 パイン・ヴューで、ゴードンは普段よりも熱烈な歓迎を受けます。それは彼の着ている制服のせいでした。パイン・ヴューの人々はゴードンを本物の郵便配達員、失われた文明の象徴だと見ていたのです。ゴードンは制服を偶然見つけたのだと説明しますが、それでも人々は信じることをやめず、隣の町の住人に宛てた手紙を彼に託します。
 しかし、ゴードンが次に訪れた隣町オークリッジの住人は排他的な人々でした。ひどい目に遭わされたゴードンは、復讐を兼ねてある大ボラを思いつきます。
 自分は復興合衆国を代表する郵便公社の職員であり、オレゴン州に郵便ルートを再び確立するためにやってきた。そして、この町の住人に宛てた手紙を携えているのだ、と。
 文明の最後の息吹サイクロプス、人々の生命を脅かすホルニストとの対決。様々な出来事を経ていくうちに、ゴードンがついた嘘は彼自身をも巻き込んでいきます。その嘘は、単なる嘘で終わらなくなってしまうのです。

 本作の注目ガジェットは、壊滅した近未来世界です。
 核戦争は文明を引き裂いてしまったものの、人類を滅ぼすまでには至っていません。電気・電話・水道その他のインフラは破壊され、人々は分断された村で農耕を営みながらどうにか生き延びているという有様です。科学や医学はその力を失い、災害や疾病に抗う術も残されていません。
 しかし、この時代において人々を最も苦しめているのは過酷な環境ではなく、人間自身です。暴力的無政府主義者であるサバイバリスト達は自ら労働することなく、力なき者から生きる糧を奪っていきます。中でもホルニストと呼ばれるグループは力の論理を信奉し、弱者は強者に支配されるべきという思想の下に残虐行為を行うため、人々から忌み嫌われています。
 非常に陰鬱な未来ではありますが、そこに投じられた郵便配達員という存在が物語を大きく動かしていきます。郵便とはすなわち、最も基本的な情報インフラの一つであるわけですから。

 本書の主人公ゴードン・クランツは非常に魅力的な人物です。
 忍耐強くバイタリティに溢れていますが、基本的には平和を好む人間であり、このためサバイバリストからは軽蔑されることもあります。知的な面でも優れていて、この過酷な時代では珍い理想主義者です。
 自分を存在しない復興合衆国の郵便配達員だと偽ったことは、自縄自縛となって彼を苦しめることになります。しかし、それを脱する最も簡単な方法をゴードンは選びません。
 ゴードンに超人的な力はなく、それどころか前述の通り大嘘つきです。その彼が人々に英雄として祭り上げられていく様は、読んでいてむしろ胸が苦しくなる感があるかもしれません。けれども、ゴードンが自分自身の心に秘めた望みを見いだしたとき、その行動の意味もまた明らかになります。
 惜しむらくは、本書は読み手がアメリカ人であったらより感動できるのではないかという点ですね(^^;) いずれにせよ、過酷な世界における希望を描いた傑作SF小説であることは疑いないでしょう。

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