天界の殺戮

[題名]:天界の殺戮
[作者]:グレッグ・ベア


※このレビューには前作『天空の劫火』のネタバレがあります。ご注意ください。

 本作『天界の殺戮』は、異星の殺戮機械により地球が破壊される様を描いた『天空の劫火』の続編です。
 前作は様々な人間視点から多面的に描いたディザスター・ノベルであり、スケールこそ大きいものの舞台は二十世紀末の地球上と、リアリティを感じさせる物語でした。
 一方、本作では傾向が大きく異なり、異星を目指す恒星間宇宙船の中でのお話がメインとなります。主人公は、『天空の劫火』の主要キャラクタであるアーサー・ゴードンの息子マーティン・ゴードンです。彼が仲間の子供たちと共に《法律の船》で目指すのは、地球を滅ぼした殺戮機械の制作者が住む星。そして、その目的は――報復。

 惑星を喰らう殺戮探査機により地球が崩壊させられた後、ぎりぎり間に合った《保護者》のロボットに救われた地球人類は、わずか一万人余りでした。彼らは《保護者》がテラフォーミングする火星と金星に移住するべく、その完了までの数世紀を冷凍睡眠で待つことになりました。
 しかし、生き残った人類の前に《保護者》のロボットは一つの法律を提示します。それは、「自己複製・破壊装置の製造に責任があるか、またはそれに関わったすべての知性を滅ぼすこと」というものであり、その執行は星を滅ぼされた被害者である地球人の手により行われなければならない、というものでした。
 かくして、《中央箱船》の中から八十五人の子供たちが選抜され、《法律の船》ドーントレダー号にて殺戮者の星を目指すことになります。彼らはロボット・マムのサポートを受けつつも、最終的には自らの判断で殺戮者を殲滅するという重い責務を負わされていたのです。
 そして、出発から船内時間で五年後(亜高速で飛ぶドーントレダー号の外では何百年もの時間が経過)、二十二歳となったマーティン・ゴードンは、選挙によりリーダーであるパン(『ピーター・パン』から)に選ばれました。マーティンは不偏不党の冷静な人間であり、それが敬遠されることはあるものの、優れた統率者だと多くの子供たちが認めたためです。
 彼が率いるドーントレダー号が三つの恒星からなる星団に接近したとき、探索チームがそこに知的生命の兆候を発見しました。そして、ロボット・マムからの追加情報により、その星々のいずれかが殺戮者の住処である可能性が高いことが判明します。
 減速し、その一つである恒星ヨモギへと接近したドーントレダー号。しかし、それは《法律の船》到来を予期していた殺戮者による、恒星丸ごとを使った罠だったのです。その卑劣かつ途方もない罠からドーントレダー号は辛くも脱出したのですが、多数の死者を出し被害は甚大でした。
 ここで、ロボット・マムはドーントレダー号の近くに、目的を同じくする《法律の船》が存在し、その船もまた苦境に陥っていることを明かします。かくして、異星人であるブラザーと合流し、共通の敵である殺戮者を探そうとする彼らでしたが……。

 本書の注目ガジェットは、《法律の船》です。
 《法律の船》は全長五百メートルで、三個の卵を飲んだ蛇のような姿をしています。卵はホームボールと呼ばれており、前から二つが子供たちの居住空間になっています。
 船体の大部分は、抵抗力を持つものの質量のない偽物質(フェイク・マター)で作られており、乾燥重量二千五百トンと比較的軽量です。推進方法は不明ですが、光速度を超えることはできません。また、運営・メンテナンスは円柱型のロボット・マム数体と、船自体の知性である“船の心”により行われています。
 地球人である子供たちはドーントレダー号を指揮し、最終的に殺戮者を滅ぼす命令を出す主導権を持ってはいますが、船がどのような原理で動いているか、あるいは船の設計者である《保護者》がどのような種族なのかに関しては全くと言っていいほど情報が与えられていません。このため、子供たちの幾人かは、自分達が傀儡ではないのかという疑念を抱いています。

 物語後半で重要な役割を担うブラザーにも触れておきましょう。
 ブラザー("the Brothers")は複数の細長い生物が一つに集合して知性を形作る群体知性で、作中では個々の構成要素をヒモ、そららが集合して出来上がった知性体をクミヒモと呼び分けています。
 ヒモ単体では限られた知能を持つ動物に過ぎないのですが、それが十~二十体組み合わさることで高度な知性体となります。ニョロニョロした触手の塊のような外見ですから、あまり気色の良いものではなさそうです(笑)
 クミヒモを構成するヒモは基本的に常に同じ(クミヒモ間でヒモを交換しない)ようですが、集団で合議をする際には複数のクミヒモから分離したヒモが一時的に大きなクミヒモを形成し、思考の結果を元のクミヒモへ持ち帰ります。このため、ブラザーの社会では不和がほとんど見られない模様です。人類と比較して穏和な種族で、合流後は子供たちの持つ暴力的傾向に驚いたりしています。
 面白いのは、彼らの数学及び思考が“数”を使わないと設定されている点です。数とは人間が世界を認識するために便宜的に編み出した概念ですので、それ抜きでも数学体系を構築することは可能だと思われますが、そうするとブラザーはクミヒモを形作るヒモの数なども明確には認識していないのかもしれません。そういう相手とのコミュニケーションは相当な困難を伴う気がしますね(^^;)

 前作は迫り来る破滅を世界規模で描いた物語でしたが、本作は閉鎖空間における小集団の人間模様にウェイトが置かれています。子供たちの間における不和と駆け引き、権力闘争、《法律》に対する疑念、ロボット・マムへの不信、信仰の発生、そして殺人事件といった内容です。後半では、彼らの小社会にブラザーが加わることで、より事態が複雑化します。
 ドーントレダー号の中では、男の子をロストボーイ、女の子をウェンディと呼びます。これはいずれも『ピーター・パン』からの借用ですね(ロストボーイはピーター・パンに従う少年達、ウェンディはヒロイン)。使命を終えるまでは決して成長することの許されない、望んでなったのではないネバーランドの住人の悲哀が暗喩されているのでしょうか。
 一方で、銀河社会にも未熟さを見て取ることができます。殺戮探査機を作り出した種族を根絶やしにすべきという苛烈な《法律》ですが、それは殺戮者がどのような存在であるかを考慮しませんし、更には相手が殺戮者であるか否か確信が持てない場合も助けとなりません。この結果、ドーントレダー号の子供たち(及びブラザー)は大いに苦悩することになります。
 このような法を押しつけた上で、自分達に危害が及ぶことを恐れ(人類の殺戮者化も危惧されている模様)一切の身元を明かさない《保護者》達も、必ずしも正義とは言い難いように感じられますね。もう少し手助けしてくれても良さそうなものですが(^^;)、それを行うには銀河社会自体がまだ若すぎるのかもしれません。

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