天空の劫火

[題名]:天空の劫火
[作者]:グレッグ・ベア


 本作『天空の劫火』は、圧倒的な力によって無慈悲に地球が破滅させられる様を描いたスペクタクルSFです。
 人類に滅びをもたらすのは、異星の自己増殖機械です。抗う術などない巨大な力による死へのカウントダウンに人々は戸惑い、怯え、あるいは怒りを見せますが、そうした反応を一顧だにせずその工程は進行していきます。クライマックスは非常に壮大かつ荘厳で、息を飲むこと請け合いです。

 物語は一九九六年六月から始まります。
 かつて合衆国大統領科学顧問として、地球外通信局(異星人の存在を天文学的手法で探す組織)の局長を勤めた天文学者アーサー・ゴードン。六ヶ月前に大統領の交代により任を解かれた後、彼は五年の間遠ざかっていた天文学の新知識を吸収しつつ、家族と共にゆったりとした生活を過ごしていました。
 ある晩、そんなアーサーの元へ知人の天文学者クリス・ライリーから電話がかかってきます。驚くことに、木星の衛星エウローパが消滅してしまったと言うのです。エウローパは地球の月よりやや小振りながらも大型の衛星であり、それが消えたとなれば一大事なのですが、遙か彼方の出来事であるため衆目を集めるには至りませんでした。
 しかし、それは前触れに過ぎなかったのです。
 三ヶ月後、地質学者エドワード・ショーとその仲間達は、デスバレー近郊のショショーニの町近くで、地図に載っていない円錐丘を発見します。それは丘に見せかけた人工物であり、そこにはプテラノドンに似た異星人が倒れていました。米空軍に通報した結果、〈客〉と名付けられた異星人共々エドワード達も軟禁されてしまうことになります。
 政府からお呼びがかかったアーサーが親友の生化学者ハリー・ファインマンと共に〈客〉に面会すると、その異星人は恐るべき事態を告げます。自分は、惑星を破壊して増殖する機械に滅ぼされた星の者であり、程なくして地球も同じ滅びの道を辿る、と。米大統領ウィリアム・クロッカーマンは、〈客〉言う破滅が神の審判であるとの考えに囚われ、次第に宗教へ傾倒していきます。
 一方、時を同じくしてオーストラリアでも似たようなことが起きていました。但し、エアーズロックそっくりの偽の岩石から出てきたのは、クロムめっきされたひょうたん型ロボットであり、シュムーと名付けられたそれらは地球との友好を申し出ていたのです。
 どちらかが嘘をついているのか、あるいは両者は無関係なのか――アーサー達が悩む中、〈客〉が死亡しました。解剖の結果、〈客〉は生物に見せかけた人工物だとハリーが看破します。更には、〈客〉のこととその矛盾について質問を投げかけられたシュムー達は、それに答えることなく自爆してしまいました。
 そうした中、海洋学者らの観測結果から、二つの大質量物体が宇宙から飛来し、地球の中へ突入したことが判明します。超高密度であるため岩石すら易々と突き抜けてしまうその物体は、互いにすれ違いながら地球内部を周回しつつ減速し、やがて地球の中心で一つに融合するだろうと予測されました。
 それは重力により制御される時限信管でした。二つの弾丸が融合するまでに残された時間は、わずか数ヶ月……。
 絶望的状況下、しかしもう一つの存在が地球を訪れたことを、人々はまだ知りません。

 本作の注目ガジェットは、惑星喰い(プラネットイーター:"planet-eaters")です。
 プラネットイーターは異星人が製造した、自己増殖しつつ恒星間へ無限に蔓延していく無人の自動機械です。これだけならまだしも可愛げがある(?)のですが、どうやらこの機械は積極的に他の知的生命体を滅ぼすよう命令が刻まれているらしく、電波を放射して自分の存在を喧伝していた地球へやってきて、迷惑千万にも惑星ごと人類を滅ぼそうとします。(このプラネットイーターを、セイバーヘーゲン氏の代表作〈バーサーカー〉に喩えるくだりもあります(^^;))
 プラネットイーターそのものは登場しないのですけど、その武器である大質量の弾丸が圧巻です。この二つの弾丸は、作中に登場するSF作家ローレンス・ヴァン・コットにより、それぞれ正物質及び反物質のニュートロニウム(中性子のみで作られた超高密度物質)であり、地球中心で融合すると対消滅で大爆発を起こす、と推測されています。ちなみにですが、このSF作家の名前は〈ノウンスペース・シリーズ〉作者ラリイ・ニーヴン氏のフルネーム(ローレンス・ヴァン・コット・ニーヴン)から取られているそうです。

 さて、本作を読む上で重要なキーワードをを解説しておきましょう。
 一つは、自己増殖型宇宙探査機のコンセプトである、フォン・ノイマン探査機です。これは、自己増殖を続けながら他の恒星を訪問していく無人探査機を作り出せば、光速度を超える移動手段がなくとも比較的短期間で銀河系全体を制覇できるだろうという思考実験であり、推定では数百万年しか要しないと言われています。数百万年というと私達の尺度ではずいぶん長いようにも感じられますが、天文学的視点からはごくわずかな時間ということですね。(何しろ、我々の銀河系の年齢は約百三十億年ですから)
 もう一つは、フェルミのパラドックスと呼ばれるものです。物理学者エンリコ・フェルミ氏(ニュートリノの命名者)の発した疑問から生まれたもので、

・地球の生命は広く繁殖しようとする。地球外生命もきっとそうだろう。
・進んだ文明であれば、銀河全体に広まるのは数百万年あれば充分。(例えばフォン・ノイマン探査機)
・だけど、異星人なんてどこにも見あたらないじゃないか。

 という矛盾を述べたものです。これに対する反論は、「銀河系には地球人以外の知性体は存在しない」、「宇宙へ進出するほど進歩した知性体は野放図に繁殖したりしない」、「既に地球に来ていて、ハンガリー人を名乗っている」(笑)等々いくつもあるのですが、現時点では不明のままです。
 本作で提示される新たな意見は、「自分の存在をアピールする知性体はプラネットイーターのような捕食者に食い物にされてしまうため、賢い種族は息を潜めている」というものです。「渡る銀河は鬼ばかり」みたいな嫌な世界観ですが、「銀河系内の知性体は地球人だけ」という寂しい世界とどちらがマシかは考えどころです(^^;)

 物語で中心的となるのは天文学者アーサー・ゴードンですが、必ずしも主人公という訳ではなく、多数の人間がお話を形作っていきます。
 〈客〉を発見したエドワード・ショーとその仲間達は、当初は箝口令のため軍に抑留され、後半では一般人視点で滅び行く地球を見届けることになります。
 宗教的観念に取り憑かれたクロッカーマン大統領は、その言動が周囲の反発を買い、次第に孤立していきます。
 他にも、白血病に倒れながらも物事を読み解こうとするハリー・ファインマン、エドワード達の事件を追ってストーリーに関わるようになる科学ジャーナリストのトレヴァー・ヒックス、話の進行と共にプラネットイーターへの怒りを募らせていくデスバレー警備隊アルバート・ロジャーズ中佐等々、登場人物はかなり多めです。
 数多くのキャラクタにより多面的に描かれることで、一見荒唐無稽に思える「異星人の攻撃による地球の滅亡」が、非常にリアリティを感じさせるものとなっています。ディザスターSF小説の傑作と言えるでしょう。

この記事へのコメント

  • X^2

    > それぞれ正物質及び反物質のニュートロニウム

    正物質の方は確かにそう振る舞うでしょうが、反物質の方はつまり純粋な反中性子の塊なわけですよね?地球に突入した時点で、原子核内の中性子と反応して対消滅しないんでしょうか?
    2012年01月09日 00:34
  • Manuke

    作中では、反ニュートロニウムの弾丸が正物質と影響しあうときに反プラズマが生成され、対消滅が一気に進行するのを防ぐ、という推測がなされています。
    このせいで、反ニュートロニウム弾は正ニュートロニウム弾よりも早く減速し、先に地球中心へ到達するようです。

    この際、インタビュアーが正・反ニュートロニウム弾もプラズマの圧力で引き離されるのでは、という希望的観測を述べていますが、そうはならなかったようです(^^;)
    2012年01月10日 01:22
  • ちゅう

    ベアのコレは未入手なんです。続編の『・・・殺戮』がイマイチだったこともあって、未読のまま時が過ぎました。面白そうですね。
    2012年01月10日 16:55
  • Manuke

    続き物ではありますけど、『天界の殺戮』とはかなり傾向の異なるお話ですからねー。
    (こちらは今週末にレビューを上げる予定です)
    お話はかなりスピーディーですし、エンターテイメント性も高いですから、読んでみて損はないと思います。
    ただ、登場人物がかなり多めなので(政府高官とか)、キャラクタ名をしっかり把握しておくことをお勧めします。
    2012年01月11日 00:20

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