ドリームマスター

[題名]:ドリームマスター
[作者]:ロジャー・ゼラズニイ


 流麗かつスタイリッシュな文章で知られるロジャー・ゼラズニイ氏が描く、仮想現実的な夢の世界を扱った近未来SFです。
 作中に登場するのは、精神分析医が患者を治療するために使う、他人の夢に入り込んで干渉する装置です。この夢の世界の描写に、ゼラズニイ氏の筆力が遺憾なく発揮されています。
 また、夢の中や現実世界に登場する物事に、様々な神話や古典作品がモチーフに使われています。この辺りはゼラズニイ氏の一連の神話SFを彷彿とさせる部分ですが、それらはあくまで隠喩や幻想的イメージの表現として用いられているのみで、大筋自体には関与していないのが大きく異なる点ですね。

 他者の精神とリンクし、その夢の世界を改編することができるオムニチャンネル神経送受信装置。チャールズ・レンダーはこれを使って精神分析を行う世界有数のセラピストであり、「形作る人(ザ・シェイパー)」と呼ばれていました。
 レンダーは九年前に自動車事故で妻と娘を失っているものの、その経験により自らを傍観者とすることで、他人の心に分け入っても動じることのない精神構造を持つことになった――と本人は認識していたのです。親しい人間には、十歳になる一人息子のピーターと、恋人のジル・デ・ヴィールがいましたが、そのどちらにもレンダーは心を開いてはいません。
 ある晩、行きつけのクラブ〈山うずらと外科刀〉で夕食を取ろうとしたレンダーは、同じ店にいた初対面の精神科医アイリーン・シャーロットに同席を誘われます。アイリーンは先天性の盲目ながらたゆまぬ努力で精神科医となったのですが、更にレンダーと同じシェイパーになりたいという希望を抱いていたのです。
 盲目であるアイリーンは、オムニチャンネル神経送受信装置の中で疑似的な視力を持つことができます。その視力への渇望が、アイリーンを傍観者たり得なくしてしまうのではないか、とレンダーは危惧しました。しかし、アイリーンの熱意と、自らの能力への過信から、結局彼はアイリーンの願いを聞き入れることにします。
 それが破滅へ通じる道であることから目を背けて――。

 本書の注目ガジェットは、オムニチャンネル神経送受信装置("Omnichannel Neural Transmission and Receiver")です。(略して「ONT&R」とも)
 この装置は、患者側とセラピスト側の二つの要素で構成されています。患者側の装置は巨大な卵形をしていて、治療を受ける人間は着衣を脱いで中に入り、睡眠あるいは催眠状態になるものと思われます。
 一方、セラピスト側は九十個の白いボタンと二個の赤いボタンを備えた操作卓になっており、頭へメデューサのように導線が無数に付いた帽子を被ります。
 治療は、患者の夢の中にセラピストが入り込む形で行われます。情景を意のままに操ることができる仮想現実のような状況でしょうか。装置は非対称ですが、セラピストもほぼ夢の世界を現実そのもののように感じることができるようです。その間、操作卓上のボタンは半ば無意識的に操作され、それによって夢の内容を変化させることになります。(中断用の赤いボタン押下は明示的に意識する必要あり)
 この装置は患者の内面に深く入り込むため、セラピストには危険が伴います。本質的には夢であることから、強い意志を持った患者がセラピストの改変に逆らって内容を変化させることもあり得ます。強い狂気に囚われた患者や、類人猿の心に接近しようと試みた者が、精神に異常をきたすケースがあるようです。

 作品全体に様々なメタファーがちりばめられており、精神分析学者ジークムント・フロイト氏の精神分析に関連する部分も少なくありません。また、作中の夢にはケルト民話『トリスタンとイゾルデ』や、ゲーテ氏の戯曲『ファウスト』、北欧神話といった要素がふんだんに用いられています。本作を読み解くのは少々骨が折れますね(^^;)
 登場人物(?)としては、アイリーンの盲導犬で変異種(ミューティー)のシェパード、ジークムンドが物語中で大きく扱われています。ジークムンドは人為的に知性と言葉を与えられた犬で、レンダーに敵愾心(おそらく嫉妬によるもの)を持っています。他の犬は彼にとって愚鈍に感じられるようですが、人間と比べれば知性は低く、人にも犬にも溶け込めないジレンマを抱えているようです。また、レンダーはジークムンドをしばしば北欧神話の巨大狼フェンリルと見なしています。
 他にも、十歳ながら早熟なピーターや、亡き妻と娘の関係がレンダーの心に影を落としている模様です。一見すると尊大で自信過剰とも思えるレンダーですが、読み進めていくうちに彼の内面は非常にナイーブであることが次第に分かっていきます。

 本書は巻末に、カール・B・ヨーク氏(ゼラズニイ氏の小学校の同級生らしいです)による作品解説が追加されています。様々な他作品のモチーフが多数含まれるお話ですので、この解説は非常に参考になるのですけど、内容の解釈に関しては少々疑問を感じる部分もあります(^^;)
 モチーフの出典や解説は詳細なのですが、枝葉末節に拘りすぎた結果やや物語の全体像を追えていない印象があります(ヨーク氏は終盤のある女性の行動を「狂気」と断じていますが、個人的には嫉妬と独占欲によるものではないかと感じます)。もっとも、作品解釈は人それぞれですし、私が誤読している可能性も大いにありますが(笑)
 いずれにせよ、ヨーク氏の解説は参考程度にとどめ、読解に関してはあまり引きずられないようにした方が物語を楽しめるのではないでしょうか。

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