虎よ、虎よ!

[題名]:虎よ、虎よ!
[作者]:アルフレッド・ベスター


 本作は憎悪に駆られた一人の男が織りなす復讐の物語です。
 作中には様々なSF的ガジェットが登場し、中には荒唐無稽なものもありますが、ガジェット・ストーリーと呼ばれる仕掛け自体がメインのお話ではありません。未来世界を舞台としながらも、本書で描かれるものの中心はあくまで人間にあります。登場人物、特に主人公の性格付けはかなり強烈で、それがこの作品を強く印象づけていると言えるでしょう。
 遭難した宇宙船で一人生き残り、救助を待っていたガリヴァー・フォイル。しかし、通りがかった船に見捨てられたことから、彼の復讐が始まるのです。

 時は未来、人々はジョウント効果と呼ばれる瞬間移動能力を獲得し、世界は大きく変化していました。
 位置・高度・状況を把握していれば誰でも手軽に遠くへと移動できるその能力は、人員輸送や防犯といった事柄に多大な影響を及ぼしていたのです。ただし、このジョウントはあくまで惑星上でのみ機能し、宇宙空間を渡ることはできません。
 そして二十五世紀、宇宙船の三等機関士ガリヴァー・フォイルは、火星と木星の間を漂流していました。彼の乗っていた宇宙船《ノーマッド》号は敵国の爆撃を受けて破壊され、フォイルだけが生き残っていたのです。
 ただ一つ残された窮屈な気密性ロッカーの中で時を過ごし、週に一度だけ酸素タンクと食料を求めて壊れた宇宙船の中を五分だけさまよう――わずかでも運がなければ死に繋がる、拷問のような日々をフォイルは六ヶ月近くもの間続けていたのでした。
 そんなある日、彼は《ノーマッド》号の近くに他の宇宙船がやってきたことを知ります。フォイルは驚喜し、遭難信号を発するのですが、その宇宙船ヴォーガ・T・一三三九号は信号を認めたにもかかわらずそれを無視し、去っていきました。
 フォイルは激怒し、《ヴォーガ》に対する復讐を誓います。それまで怠惰で無能だった彼は怒りを原動力に行動し、遂に《ノーマッド》号のロケットエンジンを再点火させることに成功するのです。
 しかし、彼の苦難は終わりません。《ノーマッド》号が辿り着いた先は、小惑星帯に生きる野蛮人の住処でした。そこでフォイルは、自らを「科学人」と称する彼等の手によって入れ墨を施されてしまいます。
 額には『N♂MAD』、そして頬・鼻・顎・目瞼には無数の条や渦巻きが描かれた、虎のごとき恐ろしい面相となってしまうのです。

 本作の注目ガジェットは、ジョウント効果です。
 二十四世紀に発見されたこの効果は、精神力によって空間を飛び越える能力のようです。いわゆるテレポーテーションですね。
 このジョウントの普及により自動車その他の輸送機関は打撃を受けてしまっています。この時代、車を利用するのは資産家のステイタスとなっているほどです。誰でも簡単に遠くへと移動できることから、社会・経済に与える影響はかなり大きいようです。
 但し、ジョウントを行うためには自分の現在いる場所および目的地の座標を正確に把握している必要があります。このため、各地にジョウントを行うためのステージとてジョウント台が設けられ、人々は主にこれを足がかりに移動します。
(ジョウント台がなくても、現在地と目的地を十分認識していればジョウント可能)
 また、囚人を収監する牢獄ではジョウントによる脱獄を防ぐため、囚人達は常に暗闇の中で生活させられています。自分の居場所が分からない状態で無理にジョウントしようとすると、地中に出現して爆発を起こし死んでしまうことになります。

 本書はアレクサンドル・デュマ氏の『モンテ・クリスト伯』(『巌窟王』としても知られます)を下敷きにしているようですが、後半ではそれに留まらず大きくお話が転換します。タイポグラフィをも駆使して語られるそのイメージは異様かつ鮮烈です。
 物語を進めていく原動力は、ガリヴァー・フォイルの狂気にも似た怒りです。彼は復讐のために他人を利用することも辞さない下劣な人間ですが、まさにその部分がフォイルの魅力であることは疑いありません。
 このお話の主人公がジョナサン・スウィフト氏の痛快かつ醜悪な社会批判小説『ガリヴァー旅行記』の主人公と同じ名前を持つ意味を考えずにはいられませんね。ガリヴァー・フォイルが最後に人々の中に見いだすのはフウイヌムでしょうか、それともヤフーでしょうか。

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