地球帝国秘密諜報員

[題名]:地球帝国秘密諜報員
[作者]:ポール・アンダースン


 本書はアメリカSFにおける中堅作家ポール・アンダースン氏による、遠未来の宇宙を舞台にした連作スパイ小説〈ドミニック・フランドリー・シリーズ〉を収めた中・短編集です。
 シリーズ名は地球帝国を守るべく銀河を駆け巡る主人公ドミニック・フランドリーからですね。口ひげを生やした伊達男で、超が付くほどの優秀な諜報員、かつ女性にもてまくるという人物です(笑)
 キャラクタの類似性から、アメリカ本国ですら「SF版007」とか「半分ジェームズ・ボンド、半分ハン・ソロ」などと言われたりもするようなのですが(^^;)、実際には〈007シリーズ〉の最初の作品『カジノ・ロワイヤル』小説版より前に執筆されています(もちろん『スターウォーズ』よりも前)。もっとも、この辺りの傾向のルーツはおそらく、二十世紀冒頭の米ハードボイルド推理小説にあると思われます。
 長期にわたる繁栄の後、退廃と腐敗にまみれつつある地球帝国――斜陽の世界を新興種族の侵略から守るため、腕利きの秘密諜報員フランドリーは戦い続けるのです。

◎虎口を逃れて

 惑星リナソウルにて活動を行っていた地球帝国宇宙軍情報部のドミニック・フランドリー大佐は、ふいに宇宙船の中で目を覚まし、自分が何者かに拉致されたことを知ります。
 それは未知の新興種族スコーサ人の船でした。スコーサ人は地球人によく似たヒューマノイドですが、長い退廃の中で活力を失った地球とは異なり、周辺の星々を支配しようという野望を抱いていました。そして、惑星リナソウルで「飲む打つ買う」の情報部員らしからぬ放蕩三昧を繰り返していたフランドリーを誘拐し、地球帝国の情報を手に入れようとしたのです。
 スコーサ星に到着したとき、フランドリーは自分を誘拐したサーディック皇太子に対し、命の安全と金のために祖国を裏切り協力することを申し出ます。サーディックはそれに対し侮蔑の表情を浮かべつつも、彼を徴用することに決めました。
 スコーサ人達はまだ気付いていません――自らが拉致してきた男が、猛毒のコブラ以上に危険な存在だということに。

◎謎の略奪団

 フランドリーは惑星ヴァラックで奴隷の女エラを買い、気楽な休暇を楽しんでいました。しかし、そこへ彼の上司であるフェンロス中将から連絡が入り、休暇は中止させられてしまいます。
 それはヴァラック上の都市フォート・ローンが謎の蛮族の大軍から襲撃を受け、略奪されたという事件のせいでした。憂慮すべきことに、フォート・ローンには地球帝国皇帝の孫娘メガン姫がお忍びでやってきており、彼女は誘拐されてしまったのです。もし仮に、この事実が皇帝の耳に入れば、フランドリーやフェンロスを含む責任者は激怒した皇帝によりことごとく処刑されてしまうことになります。
 かくして情報部員全てがメガン姫捜索に当たることになります。最も疑わしいのは、地球帝国最大のライバルである異星人種族マーセイア帝国であり、襲撃者の宇宙船はどことなくマーセイア勢力圏内のデザインを思わせるフォルムをしていました。しかし、フランドリーはそのあからさまな証拠に対し疑念を抱きます。
 フェンロスへ単独行動を申し出た彼は、エラと召使いのシャルムー星人チャイヴズを伴い、ある惑星を目指すのです。

◎好敵手

 地球帝国とマーセイアの中間点にあり、四十七の惑星を持つ戦略的重要星・ベテルギウス星系。その元首サータズは、どちらの陣営とも距離を置いていました。両帝国は各々ベテルギウスと同盟締結せんと使節団を主惑星アルフザールへ送り、そこは贈賄やスパイ行為の渦巻く場となっています。
 ベテルギウスの重要性を考慮した地球帝国情報部はここで超優秀な諜報員、フランドリーとアイリーン・チャン・リーをベテルギウスへ送り込みました。しかし、同じことをマーセイア側もやはり行っていたのです。
 フランドリー達地球諜報員は、その活動のことごとくがマーセイア陣営の諜報員であるチェレイオン星人、アイキャレイクに察知され、失敗に終わりました。この異常事態に対して、フランドリーは恐るべき推測を立てます――アイキャレイクは、これまで存在するとは考えられていなかった、あらゆる異星人の心を覗き見ることができる卓抜したテレパスなのではないか、と。
 心を読むことができる敵スパイを相手に、フランドリー達はいかなる手法で立ち向かうのでしょうか。

◎〈天空洞〉の狩人たち

 地球の人工衛星クリスタル・ムーンのパーティー会場にて、フランドリーは宿敵アイキャレイクと遭遇しました。マーセイア最強の諜報員が太陽系で何を行っているのかを訝しむフランドリーは会場を抜け出し、フェンロス中将にアイキャレイクの追跡を提案しました。しかし、フランドリーを嫌いなフェンロスはそれを却下し、代わりに彼に別の任務を与えます。
 ある辺境の惑星ヴィクセンでは、未知の異星人艦隊による襲撃を受け、完全に占領されてしまうという事件が起きていました。しかし、地球帝国はシラックス星団にて紛争中であり、ヴィクセン奪還に十分な艦隊を割くことができません。
 この謎の襲撃者達は、マーセイア以上に強大ながら異質過ぎて地球帝国ともマーセイアとも距離を置く異星人、イミル族の支援を受けているのではないかという疑いがありました。フランドリーはまず、太陽系の木星表面にあるイミル族植民地へ赴くのですが……。
 張り巡らされた罠、危機的状況をくぐり抜け、フランドリーは真相へと迫ります。

 本書の注目ガジェットは、地球帝国(テラン・エンパイヤ)とそれを取り巻く銀河社会です。
 作中の時代では、地球は超光速航法による銀河進出を果たしてから数千年の時間が経過しており、地球帝国は太陽を中心とする直径四百光年の球を形成しています。知的生命の中でも早期に宇宙へ乗り出した種族の一つということで、地球人は他の種族からそれなりの敬意を払われているようです。
 しかしながら、その歴史が長く続いたせいで、地球帝国は活力を失い衰退が始まっています。社会の階級は世襲で固定され、皇族や貴族は地位を笠に着た傲慢な振る舞いを行っている模様です(フランドリーはナイトの身分を持っているものの、貴族の特権はありません)。腐敗、汚職、堕落が社会に蔓延し、帝国の滅亡もそれほど遠い未来ではないと考えられています。
 退廃しつつも未だ強大な勢力を有する地球帝国は若い種族(特に、銀河の覇権を目論むマーセイア人)にとって最大の障害であり、しばしばその領域を脅かされることになります。フランドリーはむしろそうした活気ある種族に感情移入しつつも、人々の安寧を守るためにそれと戦う訳です。この構図が本シリーズの妙ですね。
 また、銀河にはもう一つの大きな勢力、木星のようなガス惑星上に生息する水素呼吸生物・イミル族が存在します。イミル族は地球よりも更に古い歴史を持つ知的生命体ですが、酸素呼吸種族とあまりにも生息環境やロジックが異なりすぎるため、他の異星人とほとんど交流を持たないまま陣営を広げています(マーセイア圏内にも植民地が存在)。イミル族は、地球人もマーセイア人も取るに足らない存在と見なしているようで、同じ恒星系にあっても他種族を無視して独自の生活を営んでいるようです。

 シリーズの主人公は優秀で色男の諜報員ドミニック・フランドリーですが、脇を固める重要な二人の脇役も忘れてはいけませんね。
 一人は、フランドリーの召使いであるチャイヴズです。シャルムー星の生まれで、緑色の無毛の肌と長いしっぽを持つ他は地球人に似た姿のようです。召使いとして超有能かつ仕事に誇りを持ち、その上射撃や宇宙船の操縦も抜群の腕前というスーパーキャラクタですね。ストーリーの前面に出てくるような役どころではないものの、危機一髪に陥ったフランドリーをあっさり救出する美味しい場面がいくつかあります(^^;)
 もう一人は、フランドリー最大のライバルであるマーセイア帝国諜報員のチェレイオン星人、アイキャレイクです。全体的なフォルムは地球人に似ていますが、鉤爪の付いた足はむき出しのままで、鳥から進化した種族のようです。アイキャレイクは百メートルほどの範囲内ならどんな種族のどんな個体の心も読むことができるという超絶的能力の持ち主で、地球帝国は彼に対抗するためだけにテレパシーを妨害する思考マスクを開発するほどアイキャレイクを脅威と見なしています。そうした有能なスパイながら、アイキャレイクの態度は常に紳士的で、相手をできるだけ殺さないように行動する辺りも好感が持てるキャラクタです。(フランドリーはそれほど紳士ではありません(笑))

 作者のポール・アンダースン氏は作風の幅が広いことでも知られますが、ハードSFからコメディ、果ては本書のようなスパイものまで手がけながら、そのいずれにおいても「外れがない」と言わしめるのは氏の底力の高さを伺わせます。
 本書はスパイ小説を単に宇宙へ持って行っただけでなく、それを退廃しつつある老いた地球と若い異星人種族の対立というバックボーンに組み込んだことで、深みのあるスペースオペラへと昇華させています。仕掛けは今見ると若干先が読めてしまう箇所もあるのですけど(何しろ一九五〇年代のお話ですから)、面白さでは決して今時のお話にも引けを取りません。
 なお、本書の主人公ドミニック・フランドリーは、A・バートラム・チャンドラー氏の傑作スペースオペラ〈銀河辺境シリーズ〉の外伝第七巻『次元交錯星域』に友情出演しています。世界観が若干似ていることから、チャンドラー氏がアンダースン氏に許可を得た上で、平行宇宙という設定で登場させた模様です。グライムズ准将の目にはフランドリーが気障で嫌味な男と映ったようですが、それも無理はないですね(^^;)

この記事へのコメント

  • X^2

    この作品自体は始めて知ったのですが、世界設定がBabylon5のそれを連想させます。尤もあちらでは、衰退しつつある超大国(セントーリ)は地球ではないのですが。またそれよりもさらに古い非酸素呼吸種族というのも、Babylon5でのヴォーロンを連想しました。そうなると、この辺りの設定というのはかなり昔からありがちだったという事なのでしょうか。
    2011年10月29日 00:49
  • Manuke

    居住環境も思考も異なる非酸素呼吸種族というと、私は〈レンズマン・シリーズ〉を思い出します(パレイン人とか、アイヒ族とか)。あと、〈スカイラーク・シリーズ〉の塩素呼吸生物クローラ族も大勢力でした。この辺りがルーツかもしれませんね。
    最近だと、〈知性化シリーズ〉のザンが本作の設定に近い感じがします。もしかしたら、〈ドミニック・フランドリー・シリーズ〉に影響を受けたのかも?
    2011年10月30日 01:30
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