華氏四五一度

[題名]:華氏四五一度
[作者]:レイ・ブラッドベリ


 ブラッドベリ氏は、叙情的かつ幻想的な作風で知られるSF作家さんです。その著作は読者の心に訴えかける、情感豊かな傾向を持っています。
 そうした他のブラッドベリ作品とはやや異なり、本書『華氏四五一度』はもう少しダイレクトな社会風刺のメッセージが込められた物語です。いわゆるディストピアものに類するお話ですね。
 焚書官として無数の書物を焼き払ってきた男モンターグ。彼が自分の処分対象である本に興味を惹かれたとき、自らの生きる社会が病んでいることに彼は初めて気付くのでした。
 華氏四五一度、それは紙が発火する温度です。

 ガイ・モンターグはファイア・マンでした。防火服に身を包み、451とナンバーが打たれたヘルメットを被って、巨大なホースを抱えながら炎と対峙するのが彼の仕事です。
 しかし、この時代のファイア・マンは消防士のことではありません。それはあらゆる書物を禁書として焼き払う焚書官であり、抱えた真鍮製の筒先から放出されるのは水ではなく石油なのです。
 ある晩、モンターグが一仕事を終えて気分よく帰宅する途中、風変わりな少女と出会います。クラリス・マックルランはモンターグの家の隣に引っ越してきた家族の一人であり、好奇心旺盛で感受性の高い娘でした。
 クラリスと少し言葉を交わした後帰宅したモンターグは、もはや幸せではありません。妻のミルドレッドが、睡眠薬を一瓶分飲んでしまっていたのです。
 モンターグはすぐに病院へ電話をかけて助けを呼びました。現れた男達は無関心かつ機械的に妻の胃を洗浄し、血液をそっくり入れ替えます。睡眠薬を過剰摂取する人々は一晩に幾人も現れるため、彼等にとってそれは単なる作業でしかありません。
 翌朝、無事に目を覚ましたミルドレッドは、昨夜自分が大量の睡眠薬を飲んだことを覚えていませんでした。彼女はテレビに夢中で、三面の壁がテレビで覆われたテレビ室で一日を過ごしています。ただひたすら、画面に映し出されたものだけを受け入れて。
 職場では焚書官として書物を焼き、家では妻ミルドレッドと空しく過ごすモンターグは、帰宅時にクラリスと話をするようになります。そして彼は、自分の職種に疑問を満ち始めるのです。
 そんなある日、仕事のことでショックを受けたモンターグは、現場にあった一冊の禁書を家に持ち帰ってしまうのでした。

 本書の注目ガジェットは、ディストピアです。
 いわゆる理想郷を意味するユートピアの逆、反ユートピアのことですね。一見すると理想的かつ平和な状況のように見えて、その実は言論を封じられた不自由な社会、という感じのものです。(語源になった『ユートピア』からしてそうした傾向を持つという意見も)
 この『華氏四五一度』で描かれる未来社会は、ディストピアものに多い全体主義的な雰囲気は控えめです。人々の自由を奪っているのは強権的な国家ではなく、人々自身の愚かしさから発せられたものなのです。
 モンターグの妻ミルドレッドに代表されるように、多くの人々は思考することを自ら放棄し、ひたすらテレビ等から流される情報を受動的に受け取るのみです。焚書はその象徴で、思考を働かせることは不幸に繋がり、従って悪だというわけです。

 登場人物の中でもとりわけ印象深いのは、モンターグの上司であるビーティですね。
 彼は様々な書物を焼き払う焚書課の署長でありながら、対象である禁書のことを熟知しているようです。モンターグが焚書に疑問を呈するようになっても、ビーティはまさにその書の内容を引用してやり込めてしまいます。ディストピアを体現した存在だと言えるかもしれません。
 けれども読後に振り返ってみると、このビーティはどういう人間だったのか非常に気になります。つい深読みしたくなる、秀逸な人物設定です。

 このお話は社会風刺としての面を色濃く持っており、特に当時アメリカに吹き荒れていたマッカーシズム(赤狩り)に対する強い反感が執筆の動機となっているようです。
 しかし、そうした側面を持つ書でありながら、その文章には非常に詩的で美しい表現が使われていることにも注目したいですね。描写が流麗であるがゆえに、場面を深く印象づけてくれると言えるでしょう。
 但し、それ故にあまり現実的ではない部分もあります。水ではなく石油をまくファイア・マンというのは強烈なイメージをもたらしてくれますけど、実際にやったら危なくて仕方がないでしょうし。:-)
 いずれにせよ、読書好きである私のようなタイプの人間にとって悪夢のような世界ですね。願わくば、こうした未来が決して訪れませんよう……。

この記事へのコメント

  • minako Aphrodite

    拝啓
    始めまして、
    以前テレビでこの映画を見ました。
    怖くて、面白い。

    もう、とっくに、日本は、そういう世界になっていると思います。

    昨日テレビでネットを規制しろとワイドショーで騒いでいました。

    かしこ
    2008年04月24日 15:59
  • Manuke

    初めまして。
    映画版を見たことはないのですが、こちらもなかなか評価が高いようですね。
    機会があったら見てみようかと思います。

    しかし、昨今の規制論議はどこかおかしいですよね。
    お題目だけは立派に見えても、その実中身は理屈の通らない感情論ばかりが先行してしまっているようです。
    「青少年ネット規制法案」なんかがもし成立してしまったら、コメントが付けられる当ブログも有害指定されかねません(^^;)

    そうした動き対して、「それはおかしい」と声を上げることが必要かもしれませんね。
    少なくとも、異論すら封じてしまう世の中にはなって欲しくないものです。
    2008年04月25日 00:05
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