宇宙気流

[題名]:宇宙気流
[作者]:アイザック・アシモフ


 本書『宇宙気流』はアイザック・アシモフ氏作の、いわゆる〈銀河帝国もの〉に属する作品です。時代は銀河帝国が成立する以前、別の長編『宇宙の小石』よりも少し前に当たります。
 アシモフ作品の中でも、『銀河帝国の興亡』及びその周辺作の世界には異星人が存在しません。後期作品群を除けばロボットも基本的に登場しません(但し、本書には「ロボット・バーテン」という記述が一文だけありますが)。つまり、知性を持つ登場人物は人間のみです。広大な銀河を舞台に繰り広げられるのは、人と人との確執なのです。
 惑星フロリナの破滅を予見する空間分析家が謎の失踪を遂げてから一年後。事態は思いもよらない形で進展し、人々を翻弄するのでした。

 驚く程強靭で、ダイヤモンドのように美しく輝く超高級繊維・カート。その唯一の産出場所である惑星フロリナは、しかし近隣の惑星サークの支配下にありました。
 サーク人はフロリナ人を奴隷化し、カートの貿易による利益を独占することにより、莫大な利益を得ていたのです。フロリナ人はその富の恩恵にあずかることなく、過酷な労働を強いられていました。
 そうした中、ある一人の地球人がフロリナを訪れます。彼は空間分析家と呼ばれる宇宙気流の研究者であり、自らの研究の成果により惑星フロリナが滅亡の危機に瀕していると警告しにやってきたのです。
 ところが災害の詳細を伝える前に、その地球人は突然失踪してしまいます。彼を探すために宇宙空間分析局のセリム・ジァンツ博士が惑星サークへやってきますが、その地球人の行方は杳として知れません。
 そして一年後――フロリナのカート工場で働いていたリックという青年が、自分がかつて空間分析家だったことを思い出します。彼は全ての記憶を失い、言葉すら話すことができない状態で発見されたのですが、その記憶が戻ってきたのです。
 そのリックこそが、一年前に失踪した空間分析家でした。何者かが神経衝撃針を使って彼の記憶を消し去り、フロリナの片田舎に放置したのです。
 しかし誰が、いったい何のためにそんなことをしたのでしょう? そして、リックがかつて訴えたフロリナ壊滅の真相とは?
 複数の人々の思惑や陰謀が絡み合いながら、物語は動き始めます。

 本作の注目ガジェットは、神経衝撃針です。
 黒い棒のような外見で、おそらくペンぐらいの大きさかと思われます(ポケットから取り出すという描写あり)。頭蓋の所定の位置に突き刺し、振動を加えることにより対象者の脳に影響を与えることができます。
 このアイテムは本来精神治療に用いられるものですが、犯罪者に対して心を修正するような用途にも使われます。但し、かなりデリケートな処置であるために、その使用に当たっては高度な知識を必要とするようです。
 作中では、リックの前身である空間分析家が不当な理由により神経衝撃針を使われてしまいます。この結果、彼は歩くことすらできない赤ん坊同然の状態にまで退行してしまうのです。かなり恐ろしいアイテムですね。

 本作の時代背景は、先に述べた通り銀河帝国が成り立つ前となります。
 この段階では、それはまだトランター帝国と呼ばれている段階です。銀河の星々の約半数を支配下に置き、さらなる拡大を目指しています。銀河系中の一千億の星が主星トランターをその頂点に抱いた巨大な銀河帝国を形成する、その過程にある訳です。時間的にも空間的にも、途方もなく壮大な歴史物語と言えるでしょう。
 既にこの時点で、地球が全人類の発祥の地であったという事実は忘れ去られています。地球は放射能にまみれた辺境惑星の一つにしか過ぎないのです。
 作中の構図として一つ興味深いのが、人種に関する部分です。宇宙空間分析局のジァンツ博士(リベア人)は黒人、フロリナ人は白人ですが、それ以外の星に住む人々は大多数がその中間の人種のようです。ジァンツ博士は奴隷として搾取されるフロリナ人に同情的ですが、その理由として博士は両種族の肌の色が極端であることに親近感を持つからだと説明します。この辺り、アシモフ氏のリベラル的な考えが現れているようにも感じられますね。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    私にとって「宇宙気流」は、「2001年」に続いて手に取ったハヤカワSF文庫の2冊目で、思い出深いです。スタジオぬえによる表紙のカッコよさに魅かれて買いました。

    石ノ森章太郎氏のマンガ「キカイダー」や「リュウの道」で、アイザックアシモフとはロボットSFで有名なSF作家ということは知ってはいましたが、「宇宙気流」のあとがきには、アシモフにはロボットものとは別の銀河帝国シリーズというものがあって、この本はその一つだと知り、さっそく「興亡」三部作や「宇宙の小石」、「暗黒星雲のかなたに」を買いに行きました。
    「興亡」三部作で初めて、朝まで読んでフラフラになりながら、でも達成感を感じつつ中学に登校するという「読書徹夜」を初体験し、SF地獄(?)への道を本格的に歩むきっかけになったのがこの「宇宙気流」だと思ってます。

    ロボットものとファウンデーションものを統合したアシモフ氏がまだ生きていたら、その後どんな話を書いてくれたのかが気になります。「ミクロの決死圏」シリーズとも統合しちゃったら凄いですよね?(笑)
    2011年05月31日 21:03
  • Manuke

    『宇宙気流』はアシモフ氏らしさが良く現れている作品ですねー。ミステリータッチなところも好きです。

    〈銀河帝国もの〉から『ミクロの決死圏』まで統合してしまうと、えらいことになりそうです(^^;)
    『ミクロの決死圏』はアシモフ氏のノベライズ版にのみ(確か映画には登場していないはず)、縮小化したロボットを体内に注入するという話がちらっと出ていました。アシモフ氏の中にはもしかしたらその先のアイディアがあったかもしれませんね。
    2011年06月04日 00:11
  • むしぱん

    縮小化ロボット! 全く記憶に残ってませんでした。「2」にそのアイデアの発展形があってもよかったのにですね。

    もう一つ、書き忘れてましたが、私にとっての本作の注目ガジェットは「空間分析艇」です。ぬえによる分析艇の表紙のカッコよさが抜群でした。「空間を分析する!」という言葉だけで、SFマインドを刺激されました。
    「亜空間分析艇」や「超空間分析艇」なんかがあってもよさそうです。(亜空間と超空間の違いがよくわかりませんが・・・SF定義上、微妙に違うんですよね?)
    2011年06月04日 02:06
  • Manuke

    豆たぬき本の『SFワンダーランド』が手元にあるんですけど、空間分析艇の別角度からのイラストがちょっとだけ載っています。
    スタジオぬえの絵は格好いいですよね-。

    亜空間と超空間の違いは分かりませんが、"subspace"と"hyperspace"ということは、四次元空間内で上が超空間、下が亜空間なのかも(^^;)
    2011年06月05日 01:18

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