メモリー

[題名]:メモリー
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


※このレビューには『ミラー・ダンス』のネタバレがあります。ご注意ください。

 〈ヴォルコシガン・サガ〉に属するエピソード、中でもマイルズ・ヴォルコシガンを主人公とするメインストーリーのお話です。時期はマイルズが二十九歳、『ミラー・ダンス』から少し後に相当します。ストーリーは前作『ミラー・ダンス』(及び前々作『親愛なるクローン』)と密接に繋がっていますので、そちらを先に読まれることをお勧めします。
 さて、『戦士志願』にてデンダリィ自由傭兵艦隊を築き上げ、別の顔であるネイスミス提督として毎度の苦労はあるものの(笑)目覚ましい業績を上げ続けてきたマイルズ君ですが、遂に自らの闇に追いつかれてしまうことになります。
 己の引き起こした不始末を隠そうとした愚挙を咎められ、獲得してきた全ての地位を失ってしまうマイルズ。しかしその最中、かつての上司だったシモン・イリヤンに危機が訪れます。マイルズはイリヤンを救い、事態を収拾するために失意から立ち上がるのです。

 クローンであるマークが引き起こした事件で一旦は死亡したものの、低温蘇生措置で命を取り戻したマイルズ。しかし、そのことは彼の身体に深刻な後遺症を残していました。
 バラヤー帝国からの依頼による人質救出作戦中、癲癇のような発作を起こしたマイルズは、スペース・アーマーに装備された武器で救出対象のヴォルベルグ中尉に重傷を負わせてしまいます。幸いにして命に別状はなかったものの、一歩間違えれば死者が出てもおかしくはない重大事故でした。
 しかし、マイルズは自分が前線から外されることを恐れ、発作が起きることを機密保安庁に報告していませんでした。その上、今回の事故の報告書からも、発作が起きたことを隠そうとしてしまいます。
 直前になって自分の行動の愚かしさに気付いたマイルズでしたが、折り悪く長官シモン・イリヤンと話し合いの機会を持てず、彼の隠蔽は公になってしまいます。その結果マイルズは、表向きは医療退役という形で機密保安庁から除隊させられることとなりました――それは同時に、デンダリィ自由傭兵艦隊指揮官マイルズ・ネイスミス提督の消滅をも意味していたのです。
 自業自得の結果に絶望し自己嫌悪に陥るマイルズでしたが、そんな彼をイワン・ヴォルパトリルやダヴ・ガレーニといった周囲の人々が支えました。己の出発点とも言えるシルヴィー谷(『無限の境界/喪の山』参照)を訪問して自分を見つめ直し、マイルズはようやく落ち着きを取り戻します。
 ところが、ここで更なる事件が起こります。頭の中に埋め込まれた記憶チップにより完全な記憶を有するイリヤンが、その記憶チップの故障により途方もない苦境に陥っていたのです。けれども、マイルズが大恩あるイリヤンに面会を求めても、臨時長官となったルーカス・ハローチ将軍が門前払いを食らわせてしまいイリヤンの現状を知ることすらできません。
 自分がイリヤンに呼ばれているにも拘わらず会うことができない状況に業を煮やしたマイルズは、乳兄弟であるバラヤー皇帝グレゴール・ヴォルバーラに助力を求めました。同じく情報の少なさに危惧を抱いていたグレゴールは、ここでマイルズに大胆かつ効果的な手段を示します。その方法とは……。

 本作の注目ガジェットは、鮮明記憶バイオチップ("eidetic memory biochip")です。なお、"eidetic memory"は一般に「映像記憶」と訳されるもので、幼い子供や一部の大人が持つ、目で見た映像をそのままの形で記憶するという能力のことです。おそらくは、この能力を人為的に付与するバイオテクノロジー装置だと思われます。
 記憶チップを脳に埋め込まれた者は、見聞きした物事を一切忘れるということがありません。非常に有用な能力ではあるものの、何も忘れることができないということはむしろ呪いに近いですね。また、チップ移植を受けた場合の死亡率は極めて高いようです。
 シモン・イリヤンは元々、前帝エザール・ヴォルバーラ直属の保安要員で、移植に際して彼の人権はあまり考慮されなかった模様です。幸いにして生き延びたイリヤンは、その後マイルズの父アラールの臣下となり、機密保安庁長官に就任して完全記憶能力を活用することになります。
 しかしながら、記憶チップが優れていることが仇となり、故障のせいで誤った記憶を出力し始めるとイリヤンは混乱状態に陥ってしまいます(何年も前の記憶を今と取り違えてしまう等)。自分の記憶が当てにならないという状況は、なかなかに恐ろしいものがありますね。

 さて、型破りながらも誠実さが売りだったマイルズ君ですが、その誠実さがいつの間にか少々損なわれていたようです。
 機略に長けた司令官マイルズ・ネイスミス提督は、傭兵の荒くれ達を纏め上げるためにマイルズ・ヴォルコシガン少年がでっち上げた架空の人物ですが、その二つの極端なペルソナの使い分けはいつしか彼自身を分裂の危機に追い詰めていたのかもしれません。マイルズの母コーデリアは、この状態を半ば狂気的な精神的安全弁と見ていた模様です。(なにしろマイルズは多大なトラウマを抱えていますので)
 ネイスミスへの執着が全てを台無しにしてしまったとき、マイルズはかつて士官学校を不合格になったときと同じく、己の向かうべき道を再び自問することになります。果たして彼は、本作の試練を乗り越えどのような人生を歩むのでしょうか。

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