ミラー・ダンス

[題名]:ミラー・ダンス
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


※このレビューには『親愛なるクローン』のネタバレがあります。ご注意ください。

 千年後の宇宙を舞台にしたスペースオペラ、〈ヴォルコシガン・サガ〉の一エピソードです。時間は『親愛なるクローン』の少し後、マイルズが二十八歳の時期に相当するようです。ストーリー的にも続き物となりますので、そちらを先に読まれることをお勧めします。
 なお、本作の主人公は我らが愛すべきハッタリ青年(笑)マイルズ・ヴォルコシガンではなく(副主人公ぐらいの位置付け?)、彼のクローンであるマークです。
 マイルズと入れ替わらせ彼の父アラールを暗殺させるために生み出されたマークは、先の事件でその呪縛から開放されて自由になりました。しかし、彼はまだ己の歩むべき道を知りません。

 かつてバラヤーに征服された恨みを未だ忘れずに抱き続けた、コマール人のテロリスト達。彼らがヴォルコシガン家の嫡子マイルズの替え玉たるクローンを作り出し、バラヤーに混乱をもたらそうとした目論見は、しかしマイルズ自身の手で瓦解させられました。そして、クローンを自分の弟マークと認識したマイルズは、彼を逃がしてやることにします。
 自由の身となったマークが考えたのは、ジャクソン統一惑星へ赴きクローン達を救出することでした。ジャクソン統一惑星のバラピュートラ商館では、老人が延命のために自分のクローンを作り脳だけを移植するという非道の処置が行われており、マークはそれが許せなかったのです。彼はそれをやり遂げる手段として、マイルズ・ネイスミス提督に化けて戦艦アリエール号を徴用し、特命の救出作戦と偽って艦をジャクソン統一惑星へと向かわせます。
 一方、「本物のネイスミス提督」であるところのマイルズ・ヴォルコシガンは、デンダリィ自由傭兵艦隊へ戻った際にマークの行ったことに気付き、すぐに彼の後を追いました。
 マーク率いる救出隊は、しかし当初の目論見どおりに事が運ばず、バラピュートラ商館の警備兵との銃撃戦になっていました。そこへ到着したマイルズ達は、先行救出隊を援護しつつ撤退に取り組みます。
 ところが、ここでマイルズが胸に敵の榴弾を受け、死亡してしまいます。その体は直ちに低温保管器へ収められたため、無事に脱出が行われればマイルズ蘇生の可能性はまだ残されていました。しかし、撤退時の混乱のせいで、運悪くマイルズの入った保管器は行方知れずになってしまいます。
 クローン達の救出こそ成し遂げられたものの、マイルズ・ネイスミス提督が消息不明となった元凶であるマークは、怒りと軽蔑に晒されることになりました。事態を説明するため、惑星バラヤーへと連行されたマークですが……。
 失意と自虐の深みにはまったマーク・ヴォルコシガン。替え玉でも、マイルズの鏡写しでもない、自分自身を探すための苦闘が始まります。

 本作の注目ガジェットは、ジャクソン統一惑星("the planet of Jackson's Whole")です。
 ジャクソン統一惑星は、かつて惑星丸ごとが犯罪者にハイジャックされたという異色の歴史を持ち、その出自から他の星では非合法な仕事を手がけるシンジケート企業が社会を牛耳っています。全土がブラックマーケットという、悪徳と退廃、そして膨大な富を有する星です。
 惑星を統べる政府は存在しませんが、商館("House")と呼ばれるいくつもの悪徳企業が覇権を競っており、そのトップは半ば貴族のような階級になりつつあります。マイルズはこれがやがて本物の貴族社会へと変化するのではないかと推測しています。
 商館はそれぞれに得意分野が異なり、ダイン商館はマネーロンダリング、フェル商館は武器密売、リョーヴァル商館は売春周旋、バラピュートラ商館は不法遺伝子操作と、非合法活動のオンパレードです。(ジャクソン統一惑星には法律がないので、厳密には非合法でもないのですけど(^^;))
 このうち、バラピュートラ商館は老人を延命させるためにクローンを作り出すという措置を手がけており、これがマークの攻撃対象になります(マーク自身もバラピュートラ商館出身)。
 余談になりますが、惑星バラヤーで貴族を示す「ヴォル("Vor-")」は、ロシア語の「泥棒」が由来なのではないかという考察があるようです(作中でも、ある人物が「ヴォルってのは盗っ人って意味なんだな("Vor does mean thief.")」と罵る場面あり)。堅苦しい軍事惑星バラヤーの過去も、実はジャクソン統一惑星と大差ない悪徳まみれの社会だったのかもしれません(^^;)

 どん底からの大逆転がシリーズ共通の醍醐味と言える〈ヴォルコシガン・サガ〉ですけど、本作は特にその「どん底状態」が際立っています。元親たるマイルズはそもそも貴族のお坊ちゃまですから、様々な苦労をしてきてはいるもののやはりどこか恵まれたところがあるように感じます。マークはそうした後ろ盾のない状態ですので、孤独感はマイルズよりも上ですね。とは言うものの、彼は思いもよらなかった最強の味方を得ることになる訳ですが(^^;)
 また、視点がマイルズからマークに移ったことで、「他者から見たマイルズ」の姿が垣間見られるのも興味深い点です。自己評価というフィルターを通さずに見たマイルズ・ヴォルコシガン/マイルズ・ネイスミスは、色々な意味で突出した才能や特徴を持ちながら、どこか危うげな印象があります。そしてそのバランスは、本作の件を契機に大きく傾ぐことになるのですが……。

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