バラヤー内乱

[題名]:バラヤー内乱
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


※このレビューには『名誉のかけら』のネタバレがあります。ご注意ください。

 〈ヴォルコシガン・サガ〉の一エピソードです。
 但し、本書の主人公はマイルズ・ヴォルコシガンではなく、その母コーデリア・ヴォルコシガンです。物語はコーデリアがアラール・ヴォルコシガンと結婚しマイルズが誕生するまでの期間、『名誉のかけら』の直後に当たります。
 シリーズ全体の主人公であるマイルズは、母の胎内にいる間に毒を受け、障碍を持って生まれることになった訳ですが、作中ではまさにこの事件が扱われます。

 ベータ植民惑星の理不尽な「治療」から逃れ、単身惑星バラヤーへ乗り込みアラール・ヴォルコシガンに嫁いだコーデリア。
 その後、アラールは臨死のエザール・ヴォルバーラ皇帝から、まだ幼い孫グレゴールの摂政を務めるよう頼まれます。グレゴールを権力争いから守る者として、幼少時のトラウマから暗殺を忌避する彼を選んだのです。政治に関わりたくなかったアラールですが、渋々ながら老皇帝の願いを聞き入れました。
 エザール帝の死後、アラールはグレゴールの代理としてバラヤーを統治する立場となります。しかし、進歩的なアラールの方針を快く思わない保守派の貴族も多く、政治情勢は次第にキナ臭くなっていきます。
 一方、外国人であるコーデリアは、旧態依然とした軍事的かつ男性上位のバラヤー社会に憤慨しつつも、表舞台に出ることなくアラールの補佐を行っていました。コーデリアはお腹に子を宿しており、やがてその子供はヴォルコシガン家の跡継ぎとして生まれる予定でした。
 ところが、ここで大変な事件が発生します。アラールを恨む者がある夜、コーデリアとアラールの寝室に毒ガス・ソルトキシン手榴弾を投げ込んだのです。
 措置が早かったため、幸いにして二人は無事でしたが、お腹の子供はそうは行きませんでした。ソルトキシンの解毒剤には強い催奇性があり、赤ん坊の骨の形成が阻害されてしまうと言うのです。
 我が子を救う手立てを求めたコーデリアは、毒ガス及び解毒の専門家ヴァーゲン大尉が、毒を受けた生物を生きながらえさせる研究を行っていたことを知り、彼に一縷の望みを託すことにします。成果の出る保証は一切ありませんでしたが、胎児は人工子宮へと移され、首都ヴォルバール・サルターナで処置を受けることになりました。
 しかし、アラールの父ピョートル・ヴォルコシガンはその措置に猛反対します。長らく銀河から孤立していた惑星バラヤーでは奇形に対する偏見が根強く、特に旧世代の人間にの目には間引きすべきものとしか映らなかったのです。赤ん坊は諦めろと主張するピョートルにコーデリアは激怒し、二人の関係は険悪なものとなりました。
 そして、更に事態は悪化します。アラールの政策を良しとしない保守派の国守ヴィーダル・ヴォルダリアンが、自らを新たな皇帝だと宣言して反乱を起こし、ヴォルバール・サルターナを占拠してしまったのです。
 人工子宮に収められたまま消息不明となってしまった赤ん坊――やがてマイルズ・ヴォルコシガンとなるその子を自らの手に取り戻すために、コーデリアの苛烈な戦いが始まります。

 本書の注目ガジェットは、人工子宮です。
 〈ヴォルコシガン・サガ〉の世界では、シリーズ時代の二百年近く前にベータ植民惑星で発明されたもので、受精卵を赤ん坊まで育て上げることができる装置です。据え置き型の他、長期間メンテナンスなしに胎児の生命維持を行うことができる携帯用途のものも存在するようです。
 開発当初は非常に高価な装置で、それなりの資金を有する者しか使えなかったようですけど(『自由軌道』参照)、時代が下がるにつれ一般大衆でも利用可能となってきています(コーデリアも人工子宮生まれ)。惑星アトスのように市民のほぼ全てが人工子宮で誕生するところも多く、そうした場所ではしばしば自然分娩が野蛮な行為と認識されています。
 一方、人工子宮発明時に銀河社会から切り離されていた惑星バラヤーにおいて、本書の時代では人工子宮の存在自体がまだほとんど知られておらず、胡乱な目を向けられているようです。もっとも、マイルズが成人した頃には、人工子宮による分娩を当然の権利として求める女性が増えてきています。(おそらくコーデリアの影響大)
 私達ホモ・サピエンスは進化の過程で脳容積を増大させてきましたが、その代償として赤ん坊の頭が大きくなり、他の生物と比較しても難産の度合いが高いと言われます。人工子宮はそうした母体の負担をなくす究極的な装置ですから、実際に発明されたら人類社会に対するインパクトは決して小さくないでしょう。ただ、作中では胎児への非人道的な実験の道具として使われるという負の部分があり、その他の倫理的側面も含め難しい問題を孕むようです。

 本書の展開の中でも興味深いのは、コーデリアとピョートルの確執です。
 障碍を抱えた者を生かすことの是非はシリーズ全体の重要なテーマで、マイルズや『喪の山』のレイナのように生まれつきの者のみならず、本書でのアラールの秘書コウデルカ中尉のように外傷由来のものも含まれます。
 ピョートルを初めとする否定派の主張の一つは、彼らを生きながらえさせることは苦しみを引き延ばすだけだ、というものですね。マイルズやコーデリアが肯定派だけに敵対者の言葉として描かれますが、非常にデリケートな問題ですから、単純に悪と断ずるのも難しいところです。マイルズの苦闘は、その言葉に対する人生を賭けての反駁だと言えるのかもしれません。
 コーデリア視点では、古い価値観に囚われ孫を殺そうとする頑迷な義父と映りますけれども、実際のところピョートルの内心はどうだったのでしょう。『戦士志願』冒頭では、彼なりにマイルズを愛している様子が伺えます。そして、祖父の期待に応えられなかったことは、マイルズの心に長い影を落とすことになります。

 芯が強くて軸がぶれず、頭の回転が速く、そして何より圧倒的な行動力を備えた、色々な意味で〈ヴォルコシガン・サガ〉最強のキャラクタであるコーデリアですが(^^;)、大局的観点から見ると少々問題がなくもないですね。赤ん坊を助けるために摂政夫人自らが首都に潜入するというのは、捕縛された場合を考えると決して褒められたことではないように思いますけど、コーデリアには通用しません。何より、彼女の行動原理は人の道に基づくものなので、反論し辛いのが困りものです(笑)
 未だ封建制度の色濃く残るバラヤーで、自由闊達なコーデリアは身近な人達、そして女性コミュニティに新しい風を吹き込んでいきます。そして更に、本書の出来事を通じ男性貴族達からも敬意を勝ち取ることになる訳です。バラヤー社会に風穴を開けたかったアラールにとっては逸材ですが、その代償(?)として尻に敷かれているように見えるのは気のせいでしょうか。:-)

この記事へのコメント

  • むしぱん

    コーデリアの「生きなさい」のセリフが好きです。
    作者はこのセリフのために、長い小説を書いたのかなあと勝手に解釈してます(笑)。
    最近はファンタジーの著作が多いみたいですけど、私はコーデリアサガを書いてほしいです・・
    2011年04月23日 17:42
  • Manuke

    > コーデリアの「生きなさい」のセリフが好きです。
    > 作者はこのセリフのために、長い小説を書いたのかなあと勝手に解釈してます(笑)。

    あの台詞はもの凄い熱を帯びてましたね。
    どの程度最初から構想されていたのかは分からないのですが、マイルズというキャラクタを形作る重要な語りかけであることは疑いないでしょう。
    もしかしたら、「ビジョルド氏が、我が子マイルズへ送った言葉」という意味も含まれていたりするのでしょうか。

    私もコーデリアはお気に入りなので、もう一人の息子と言えるグレゴールとのエピソード辺りを読んでみたいですねー。
    2011年04月25日 00:29

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