無限の境界

[題名]:無限の境界
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


 本書は〈ヴォルコシガン・サガ〉のエピソード三つを収めた中編集です。
 作品の体裁としては、マイルズの治療中に帝国機密保安庁長官シモン・イリヤンが病室を訪れ、これまでの活動に関する詳細な報告を求めるという形で過去のエピソードを振り返られます(間を繋ぐミニエピソードは、『親愛なるクローン』の少し後に相当)。なにしろマイルズは独断専行かつ秘密主義的なところがあり、上司としては色々と頭が痛い存在のようです(笑)
 シリーズの主人公であるマイルズは、バラヤー帝国首相の息子にして機密保安庁の中尉マイルズ・ヴォルコシガンという表の顔と、傭兵艦隊の指揮官マイルズ・ネイスミス提督という裏の顔を持つ、複雑な設定の青年です。収録作のうち『喪の山』では前者の、『迷宮』及び『無限の境界』では後者の立場で行動を起こすことになります。

◎喪の山

 マイルズ二十歳、『戦士志願』と『ヴォル・ゲーム』の間に位置するエピソードです。
 士官学校を無事卒業したマイルズは、湖畔の別邸で休暇を過ごしていたある朝、正門の方で起きた騒ぎを聞きつけます。それはヴォルコシガン領の山村シルヴィー谷に住む女ハラ・クリスクが、国守へ直訴に来たところでした。村長が村で起きた殺人事件をなかったことにしようとしたものの、彼女は公正な裁きを欲したのです。
 ハラの言い分は信憑性があると考えたマイルズは、彼女を父アラールに会わせるよう取りはからいました。ところがその後、マイルズは父に呼び出され、自分が国守代理としてシルヴィー谷へ向かうよう命じられます。困惑する彼に、アラールは事情を説明しました――これは嬰児殺しなのだ、と。
 長らく〈孤立時代〉が続いた惑星バラヤーでは、テクノロジーが衰退し、それと共に迷信がはびこるようになっていました。その結果、肉体に突然変異を持って生まれた赤ん坊は天罰によるものだとされ、間引きが公然と行われてきたのです。銀河文明との交流が復活した今、アラールはそうした蛮行を払拭しようとしていましたが、未だ山村部の古い因習をなくすには至っていません。
 ハラの娘のレイナは口唇裂を抱えていたものの、手術で治るはずでした。ところが、目を離した隙に夫のレムが赤ん坊を殺してしまった、とハラは言います。しかしながら、彼女は直接その殺人を目撃してはいません。
 事件究明がどう転ぼうとも、後味のいい結末になり得ないことは明白です。けれども、マイルズにはそれを避けて通ることはできませんでした。何故なら、遺伝病でこそないものの、他ならぬ彼自身がミュータントとして人々から後ろ指を指される存在だったからです。
 閉鎖的で迷信深いシルヴィー谷の村人を前に、マイルズは何を見、どんな決断を下すのでしょうか。

◎迷宮

 マイルズ二十三歳、『遺伝子の使命』の少し後の時期に当たるようです。
 下劣な商取引や非合法な技術で名高いジャクソン統一惑星。そこで遺伝学研究員を務める高名なカナーバ博士は、別の星への亡命を希望していました。しかし、彼を召し抱えるバラピュートラ商館がそれを黙認するはずはありません。
 そこで、その希望はバラヤー機密保安庁を通じてデンダリィ傭兵艦隊に依頼されることになりました。マイルズはネイスミス提督として快速巡洋艦アリエール号に乗り、ジャクソン統一惑星へ向かいます。武器の購入を表向きの理由としながら、カナーバ博士を臨時の医療技術兵として雇い入れ、気付かれないうちに退散するという手筈です。
 けれども、招待されたレセプションの席で、早くも想定外の状況が生まれます。アリエール号艦長で両性人(人工的に作り出された男女両性を持つ人間)のベル・ソーンが、囚われの身となっているクァディー(人工的に作り出された四本腕の人間、『自由軌道』参照)の歌姫ニコルに一目惚れしてしまったのです。ニコルはジャクソン統一惑星から逃げ出したいと考えており、ソーンの熱意に押されてマイルズはもう一人の亡命者を抱えることになりました。
 そして、更にもう一つの問題が持ち上がります。カナーバ博士は自分が遺伝子操作で作り出したスーパー兵士の一人の体内に研究成果を隠していて、それを持ち出さなければ亡命できないと言い出したのです。
 売春斡旋で悪名を馳せるリョーヴァル商館へ潜り込み、スーパー兵士を殺して研究成果を回収すること――マイルズは自ら兵士達を率いてリョーヴァル商館へ向かうのですが……。

◎無限の境界

 表題作です。マイルズ二十四歳、『迷宮』と『親愛なるクローン』の間のエピソードになります。
 巨大な軍事帝国セタガンダが抱える、ダグーラ第四惑星の極秘捕虜収容所三号棟。ここには、マリラック惑星の兵士一万人余りが囚われていました。かつてセタガンダと同盟を結んでいたマリラックでしたが、その油断を突いてセタガンダに攻め込まれ、大敗を喫してしまったのです。
 セタガンダの勢力を削ぎたいバラヤーの意向に沿い、マイルズ・ネイスミス提督は更に身分を隠して虜囚となり、収容所の力場ドーム内へ単身で潜入しました。その目的は、ファロー・コア攻囲戦の英雄ガイ・トレモント大佐を救出し、マリラックの抵抗勢力を活性化させることです。
 ところが、肝心のトレモントは負傷のせいで死ぬ間際の状態になっていました。かつ、収容所内に囚われた兵士達は、セタガンダによる捕虜取り扱い規定すれすれの巧妙な虐待にすっかり神経をすり減らし、互いにいがみ合う烏合の衆へと変貌しています。
 もはやトレモント一人の救出では目的を達成できないと考えたマイルズは、ここで大胆な賭けに出ます。それは捕虜のマリラック人一万余名全員を収容所から脱出させようという、途方もない作戦でした。
(『親愛なるクローン』冒頭で語られる捕虜脱走劇です)

 いずれのエピソードにおいても、頭脳明晰ながら身体に障碍を抱えるというマイルズ本人の特徴が物語に大きく関わってきます。
 バラヤーは肉体その他の障碍(とりわけ先天性のもの)に対する大きな差別が存在する社会で、マイルズはただ普通に生きることすら困難な逆境の中、その上名門貴族の跡取りという重責を背負わされています。その偏見に打ち勝とうとする心が彼の強さの源であり、同時に弱点でもあります。
 そうした経緯もあって、マイルズは謂れなき迫害には強い憤りを感じているようです。時に独善が暴走することはあるものの、総じて好感の持てる主人公ですね。
 特に『喪の山』では、障碍を持って生まれたというだけで殺されてしまった赤ん坊レイナのことで胸を痛め、そこから自らの歩むべき道を見いだすことになります。後々もマイルズの行動に影響を及ぼす重要なエピソードです。

この記事へのコメント

  • ちゅう

    こんばんは。お久しぶりです。

    中篇×3の佳作が楽しいです。ビジョルドは女性なのに、なぜに軍事物をうまく描くのか感心しています。『無限の境界』の最初の作品は、軍事的な雰囲気より、小国を治める精神と技術に関する面が大きいですが、これもまた軍隊組織の運営にかかわる勉強として、親父さんが派遣したんでしょうね。
    2013年12月29日 19:12
  • Manuke

    お久しぶりですー。

    『喪の山』でアラールがどんな気持ちでいたのかを想像するのも興味深いですね。
    マイルズがそのことで苦悩すると予測しつつも事件を任せたのだろうと思いますが、息子の成長だけでなくバラヤー社会の変革も、マイルズというショック療法で促そうとしていたように感じました。
    アラールは割と隙を見せないキャラですけど、内心はどんなことを考えているんでしょうね。
    2013年12月31日 01:05
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