親愛なるクローン

[題名]:親愛なるクローン
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


※このレビューには『戦士志願』のネタバレがあります。ご注意ください。

 〈ヴォルコシガン・サガ〉に含まれる作品です。今回はマイルズ君が主人公を務めるメインストーリーのエピソードになります。
 時間的にはマイルズが二十七歳の頃、『戦士志願』からは十年後に相当します。『戦士志願』でデンダリィ傭兵艦隊を築き上げて以後、いくつかの経緯を経てマイルズはバラヤー帝国軍士官(マイルズ・ヴォルコシガン中尉)と傭兵艦隊指揮官(マイルズ・ネイスミス提督)という二足のわらじを履くようになっています。しかしながら、デンダリィ傭兵隊側では自分がバラヤー軍人であることは秘密、バラヤー側でも自分が傭兵艦隊のリーダーであることは公にできません。
 ところが、ある経緯により両者は同一人物であることがマスメディアにすっぱ抜かれそうになります。このとき、マイルズが苦し紛れについた嘘が、更なる波乱を呼ぶことになるのです。

 ダグーラ第四惑星からの捕虜大量奪還作戦(『無限の境界』を参照)を成功させた、マイルズと彼の率いるデンダリィ自由傭兵艦隊。しかし、この作戦は軍事帝国セタガンダの怒りを買う羽目になり、艦隊は追撃を逃れて地球へとやってきました。
 傭兵艦隊の被害修復費用、そして隊員達の給料を捻出する必要があり、マイルズはバラヤー機密保安部から資金を引き出すため、ロンドンにあるバラヤー大使館へ赴きます。そこでマイルズ・ネイスミス提督からマイルズ・ヴォルコシガン中尉へと戻った彼は、主席随行武官ダヴ・ガレーニ大尉の部下となり、大使館における接待の仕事と、デンダリィ傭兵艦隊指揮の二つを同時にこなさねばならない羽目に陥りました。
 そんな折り、傭兵隊の起こしたいざこざを解決するために市内へ出向いたマイルズは、ネイスミス提督としての姿をマスメディアの前に晒してしまいます。そして後日、その同じジャーナリストと晩餐会でばったり出くわしてしまったマイルズ――このとき、彼はヴォルコシガン中尉として振舞っていました。
 「どう見ても同一人物です」という大ピンチ状態で、マイルズの頭に閃いたのは「ネイスミス提督はマイルズ・ヴォルコシガンの違法クローン」という嘘した。上手い言い訳を思いついたと内心ほくそ笑むマイルズは、セタガンダ辺りが秘密作戦で作り上げたのだろうと口からでまかせを言い、ジャーナリストを煙に巻いてしまいます(笑)
 ところが、この嘘はマイルズ当人が思っているほど嘘ではなかったのです。瓢箪から駒、マイルズのクローンは実在し、しかもその製作者はセタガンダではありません。事態は更に混迷を深めていきます。

 本書の注目ガジェットは、クローンです。
 もはや解説するまでもなく多くの方がご存じでしょうが、クローンというのは同一の遺伝子を持つ別の個体を指す生物学用語ですね。植物では全く珍しくないもの(挿し木とか、種子が親と同じ遺伝子のセイヨウタンポポとか)ですし、高等動物でも一卵性双生児が実質的にクローンと同等です。
 SF作品に登場するクローン人間は多くの場合、既に誕生している人間を元にして同じ遺伝子を持つ人間を作り出す、いわゆる体細胞クローンです。一卵性双生児が各々異なる人格と記憶を持つ別の人間であるのと同じく、クローンはあくまでオリジナルと遺伝子が同一であるというだけで、決してコピー人間などではありません。
 クローン人間は長らくSF用語でしたけれども、一九九六年に英ロスリン研究所が羊の体細胞クローン作成に成功したことから、同じ哺乳類の人間でも不可能ではないと考えられています。現実においても、もはや技術ではなく倫理の問題になったと言えるでしょう。
 〈ヴォルコシガン・サガ〉の世界では、クローン人間はもっぱら脳移植のために違法に作り出されます。オリジナルと遺伝子が共通であることから拒絶反応が起こらず、資産家の老人が自分の脳を若いクローンへ移植する(クローン本人は死亡)ことで寿命を延ばそうとするわけですね。多くの惑星世界では違法なので、倫理観の希薄なジャクソン統一惑星が主にクローン作成を行っています。
 本書に登場するクローンは、誕生後のマイルズ・ヴォルコシガンの遺伝子を盗み出し、それを元にマイルズの替え玉を意図して作られた存在です。マイルズの六歳年下ではあるものの、そっくりの外見で、言動を真似られるよう訓練を受けたことから身近な人間にも容易には見破れません。
 なお、マイルズは母コーデリアの母胎にいる間に毒を受けたせいで骨に異常を持っていますが、遺伝子は正常なので彼のクローンは本来なら健常な人間として成長するはずでした。しかし、制作者の意図はあくまでマイルズの偽物であるため、クローンは外科的手術でマイルズそっくりの障碍を持つ肉体に作り替えられています。
 バラヤーの敵対勢力に作り出されたことから、クローンはマイルズに対し憎悪と畏怖の混ざった複雑な感情を抱いています。一方マイルズは、母コーデリアの影響もあってクローンを自分の弟と認識し、ヴォルコシガン家次男の受け継ぐべきマークの名を彼に与えます。マイルズとマークの感情の行き違いは、後に騒動を引き起こすことになるのですが……。

 さて、ここで〈ヴォルコシガン・サガ〉の背景にも触れておきましょう。
 本シリーズの年代は今からおよそ千年後、地球人類が宇宙へと進出した時代です。作中の銀河では異星の知的生命体は発見されておらず(土着の生物は各惑星に存在)、登場するキャラクタは全て人間です。
 恒星間の超光速移動は天然に存在する宇宙の虫食い穴・ワームホールをジャンプ船で通り抜けることによって行いますが、電磁波などがワームホールを直接通過できないという面白い設定がなされています。このため、情報を他の星へ送りたい場合は、ジャンプ船に情報を託して直接持っていってもらうしかないという状況が生まれます。情報伝達のコストが大きく、妨害や検閲も行いやすいわけです。〈ヴォルコシガン・サガ〉では各惑星が独自の文化を育んでいますけど、情報伝達の障壁がそれを促したのかもしれませんね。
 なお、本書の舞台となる地球は、未だ最大の人口を有する有力な世界であり、人類の故郷として敬意を払われてはいるものの、銀河の中心的存在ではありません。地球社会の描写はあまり多くないのですが、現代とそれほどかけ離れてはいない模様です。惑星アトスを始めとして(^^;)奇妙な文明が数多く存在する銀河諸社会の中では、比較的ニュートラルな存在なのかもしれませんね。

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック