名誉のかけら

[題名]:名誉のかけら
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


 本書はL・M・ビジョルド氏のデビュー作であり、氏の看板シリーズ〈ヴォルコシガン・サガ〉に属する物語です。(出版が一番目ではあるものの、初めの三作品『名誉のかけら』/『戦士志願』/『遺伝子の使命』はほぼ同時期に書かれた模様)
 〈ヴォルコシガン・サガ〉は、別名〈ワームホール・ネクサス・シリーズ〉とも呼ばれるスペースオペラ作品群です。舞台は今からおよそ千年後、太陽系外へワームホールを通じて進出を果たした人類が多数の惑星国家を樹立し、対立や協調を行っているという構図ですね。物語では、そうした惑星の一つ軍事国家バラヤーの貴族であり、生まれながらに障碍を持つ聡明な青年マイルズ・ヴォルコシガンとその周辺がフィーチャーされます。
 もっとも、本書の主人公はマイルズ君ではなく、その母君であるコーデリア・ネイスミスです。知的さと大胆さを兼ね備えた有能な彼女が、マイルズの父となるアラール・ヴォルコシガンと出会うエピソードが描かれます。

 コーデリア・ネイスミス中佐は、ベータ植民惑星の天文調査隊を率いる艦長として、新発見の惑星へ降下していました。ところが、調査隊は突如として姿を現した辺境の軍事国家バラヤーの兵士に襲撃され、コーデリアは崖から落ちて意識を失ってしまいます。
 彼女が目を覚ましたとき、そのそばにはバラヤー帝国の士官が立っていました。男の名はアラール・ヴォルコシガン大佐、戦艦の艦長でありバラヤーの貴族でした。彼はベータ植民惑星調査隊を無傷で捕獲しようとしたところ、部下の反乱に遭い、コーデリア同様昏倒していたのです。先に目覚めたアラールに武器を奪われていたコーデリアは、彼の捕虜となります。
 襲撃の跡地で二人の他に残っていたのは、神経破壊銃で脳を損傷したコーデリアの部下デュボア少尉一人でした。もはや回復の見込みがないデュボアを殺してしまうべきだと言うアラールに対し、コーデリアは頑として首を横に振ります。アラールは近くにあるというバラヤー軍の補給品貯蔵所へ向かうことに決め、コーデリアはそれに従いました。
 暴力的で名高いバラヤー帝国がこの新惑星で何を目論んでいるのか――コーデリアは道中訝しみつつも、自分がバラヤー人に抱いていた印象と目の前の男に食い違いがあることに気付きます。アラールは武人らしい側面を持ちつつも、誇り高く紳士的、そしてその内面には繊細な心が隠されていました。彼は貴族でありながら、過去の経験からバラヤーの社会形態を妄信してはいなかったのです。
 次第にアラールに心惹かれていくコーデリア。そしてアラールもまた、勇敢で頭の回転が速いコーデリアに想いを寄せていくことになります。
 未知の惑星で敵同士として出会った二人の行く先には、何が待ち受けているのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、惑星バラヤー("Barrayar")及びバラヤー人("Barrayaran")です。
 惑星バラヤーは温暖な居住環境と美しい自然を有する地球型惑星で、シリーズ作品群の時代から三百年ほど前に植民が行われたようです。ところが、五万人の移民を惑星上に残したままワームホールが重力異常で通行不能となり、他世界との行き来が途絶えます。
 この〈孤立時代〉において、バラヤーの科学技術レベルは後退し、皇帝と貴族による封建政治形態が形成されることになります。剣と馬による戦いの中、バラヤー社会は男性優位の軍事的色彩を強めていきます。
 その後、別ルートのワームホール発見により再び他の惑星との交流が可能になったとき、バラヤーは好戦的軍事国家セタガンダの侵攻を受けますが、アラールの父(マイルズの祖父)ピョートル・ヴォルコシガンに統率されたバラヤー軍がこれを撃退、更にはセタガンダに与してバラヤーを裏切った惑星コマールをアラールが征服します。この結果、バラヤーは小国ながらも侮れない存在と銀河社会に認識されることになりました。
 バラヤーの貴族はその名前に「ヴォル("Vor")」の称号を持ち、単なるお飾りではなく軍事階級に相当するものです。かなり血生臭い権力闘争を繰り広げてきたようで、中にはサディスティックな性格破綻者も存在し、そのせいもあって周辺国からは恐れられています。
 弱者にはかなり生き辛そうな世界ですが、〈孤立時代〉を終えてバラヤー社会も少しずつ変化を始めています。そして、その後押しをすることになるのが、他ならぬ本書の主人公コーデリアです。

 偶然が重なる等、ややご都合主義の部分が無きにしも非ずですけど、とにかく行動力のあるコーデリアが物語をぐいぐいと引っ張っていってくれます。息子であるマイルズ君も行き当たりばったり具合では相当なものですが、やはりこの親にしてこの子あり、でしょうか。アラールがすっかり参ってしまったのもむべなるかな(笑)
 個人的にはエピローグのお話が印象深いですね。メインのストーリーとは直接関与せず、内容もSF的と言うより普遍的な人間性に関わるものですが、コーデリアとアラールが織り成す表舞台の裏に隠されたエピソードがとても対比的です。
 作家さんの作品傾向を言い表す俗説として、「処女作にはその作家の全てが詰まっている」というものがあります。実際のところ常に当てはまるとは限らないのですが、ビジョルド氏に関しては上手く言い当てているようにも感じられますね。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    古本屋で「名誉のかけら」が100円で売っていたので、期待せずに買ったのですが・・・実によかったですね。それを機にシリーズを古本屋で買いあさりました。(といいつつもミラーダンス以降はまだ未読なのですが)
    コーデリアの若かりし頃のエピソードを読んでみたいです。

    私は「成長の儀式」や「ネメシス」みたいな、「賢い女性が主人公の話」が好きなんですね・・・
    2011年03月13日 22:42
  • Manuke

    ビジョルド氏のお話は危機的状況からの逆転劇が痛快ですねー。手に汗を握ってしまいます。

    女性主人公と言うと、先日レビューした『恋するA・I探偵』のチューリングが魅力的です。
    ただ、AIなので本当に「女性」と言えるかどうかは疑問?(^^;)
    2011年03月14日 23:57

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