わが名はレジオン

[題名]:わが名はレジオン
[作者]:ロジャー・ゼラズニイ


 全ての人間がコンピュータに登録されるようになった未来において、ただ一人そこから逃れて生きることを選んだ男を描いた、ハードボイルドSFです。
 作品の形としては連作形式をとっていて、中編三つから構成されます。それぞれのエピソードにおいて、主人公である「記録を抹消した男」は探偵の役割を演じています。どのエピソードもSFらしい設定で、ミステリーとしては少々難ありですが(^^;)、ストイックで寡黙な主人公の格好良さは折り紙つきです。
 但し、超法規的立場にいる主人公の下す判断には、やや危うさを感じさせる部分もあります。あまたの名を持つ男は、社会から隔絶された立場から何を思うのでしょうか。

 コンピュータが整備され、様々な情報がそこに蓄積されるようになった時代――ある一つのシステムが誕生しようとしていました。
 中央データ・バンクと呼ばれるそれは、全世界に存在する人間の個人情報を集めたものであり、あらゆる人間はネットワーク回線を通じてその身分が保証されることになります。しかし、同時にそれは匿名性の消失を意味し、悪用されかねない危険性を孕んでいるものでした。
 有能さでプログラマから監督者へと上り詰めた一人の男が、中央システムの持つ問題点を危惧し始めます。彼は自分の思いを、最高責任者ジョン・コルゲートに打ち明けることにします。同じくその問題点を認識していたコルゲートは男に対して、近々データ・バンクに入力される予定だった彼のパンチ・カードを手渡し、それを保持するも破棄するも自由だと告げました。
 男は一晩悩んだ末、カードを破棄し、行方をくらましました――中央データ・バンクへのアクセス権を確保し、自分の身分を偽造する手段を有したまま。
 多数(レジオン)の名を有する彼は、世界有数の私設探偵局の人間ドン・ウォルシュとパイプを持ち、依頼主が大っぴらにしたくない危険な仕事を引き受けるようになります。誰とも親交を持たず黙々と任務をこなす彼の道連れは、孤独のみです。

 本書の注目ガジェットは、中央(セントラル)データ・バンクです。
 とは言うものの、物語内で中央データ・バンクそのものが取り上げられることはほとんどありません。あくまで主眼は、主人公の「存在しない男」を設定付けるための舞台背景ということですね。
 作中の時代では、名前が中央データ・バンクに登録されていないということは公的に存在しないことと同義になります。ただ情報を消しただけでは不便極まりない生活を強いられることになりますが、主人公はシステム開発に携わった利点を活用し、偽の情報を書き込むことで身分を偽造できます。色々と悪用の方法がありそうですけど(^^;)、主人公はあくまで任務の遂行に必要な最低限の改変を行うのみのようです。(生活資金はドン・ウォルシュから現金で受け取り)
 直接の登場はありませんが、主人公以外にも同じように中央データ・バンクから記録を抹消して活動する人間がいるらしいことが仄めかされています(政府の諜報員?)。謳い文句の割には穴だらけのようにも感じますが、得てしてそうしたものなのかも。:-)

 題名である『わが名はレジオン』(原題:"My Name is Legion")は、どうやらキリスト教新約聖書の一節のようです。イエス・キリストが悪霊に名を問う場面があり、これに対して悪霊が「わが名はレジオン、多数故に("My name is legion, for we are many.")」と答えています。元々この"Legion"という言葉はローマ軍団の編成単位を示しており、ローマ帝国と対立していたキリスト教において、新約聖書の悪霊はローマを暗喩したものだとも解釈されているとか。
 本書の主人公は、悪霊でこそないもののある意味亡霊のような存在ですね。個人所有する船、プロテウス号で海上を住処としつつ、時折ドン・ウォルシュから依頼を受けて事件解決に当たるという生活を送っています。プログラマ出身ということもありコンピュータに強いのみならず、聡明で博学、芸術方面にも強いという賢者っぷりです。その上、自身の情報を抹消するに当たって、柔術や薬物耐性その他もろもろの荒事対処法も会得しています。「味方にすると頼もしいが、敵に回すと恐ろしい」タイプです。
 しかしながら、内面描写の少ないハードボイルドという文体と、寡黙で韜晦的な言動が相まって、一人称主人公であるにも拘らず「多数の名を持つ男」の姿はごく間接的にしか見えません。彼の使う偽名はアルバート・シュバイツァー/ジェームズ・マディソン/ジョン・ダン等々と意味深ですが、本名は最後まで不明のままです。作中でも幾人かの人物が彼の得体の知れなさに脅威を覚える場面があります。この謎めいた主人公が、本書の魅力の一つでもありますね。

 物語は『〈ルモコ〉前夜』/『クウェルクェックータイルクェック』/『ハングマンの帰還』の三部構成で、各話は独立しているため繋がりは薄めです。
 第一部『〈ルモコ〉前夜』は、核爆弾を利用した人工島創造、〈ルモコ〉計画にまつわるエピソードです。主人公は計画を妨害しようとするテロを阻止するため、プロジェクトメンバーに潜り込むことになります。
 第二部『クウェルクェックータイルクェック』(妙なタイトル(^^;)ですが、イルカの泣き声)では、とある場所で起きたイルカによる人間殺傷事件の解決を依頼されます。
 第三部『ハングマンの帰還』は、動作に異常をきたした宇宙探査ロボット・ハングマン(操作手の人格をコピーして動くもので、作中ではロボットではないことを強調)が地球へ戻り、自分の創造主を殺害するという事件に立ち向かいます。
 いずれも推理要素を含むものの、ちょっと架空の部分が多すぎるため純粋に推理を楽しむのは難しそうです(^^;) やはりここはハードボイルドの王道として、ダンディズムに酔いしれることをお勧めします。管理社会を拒絶し、孤独の内に自らの美学を貫く「多数の名を持つ男」の、クールな物語です。

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