非Aの世界

[題名]:非Aの世界
[作者]:A・E・ヴァン・ヴォクト


 本書『非Aの世界』は、鬼才A・E・ヴァン・ヴォクト氏による異色SFです。
 このお話の特徴は、とにかく詳細な説明なしにストーリーがどんどん進んでしまうことですね。このため、読み手は最初のうちは混乱し、ともすれば置いてきぼりになってしまいがちです(^^;)
 ところが、この把握し辛い状況そのものが、主人公ゴッセンの置かれたシチュエーションを近似していると言えるかもしれません(同一ではありませんが)。彼もまた、大いなる混乱のうちに身を置くのですから。
 高度な哲学〈非A〉の信奉者ゴッセン。しかし、彼の記憶は何者かによって改竄されていました。いったい誰が、何の目的でゴッセンの記憶を操作したのでしょうか……。

 時は二五六〇年、〈非A〉("NULL-A":『ナル・エー』と読むようです。『なるえ』と読んではいけません(笑))という哲学が地球社会に浸透していました。
 この時代、地球では〈機械〉と呼ばれる人工頭脳がゲームを開催し、それをパスした者が特別な権利を得るというシステムが成立していました。ゲームに合格しなければ、政治的な要職に就くこともできないのです。そして、ゲームで好成績を挙げるためには〈非A〉への理解が不可欠です。
 〈非A〉人であるギルバート・ゴッセンもまた、ゲームに参加するべく〈機械〉の元へやってきた人々のうちの一人でした。彼は最愛の妻パトリシアを亡くし、金星へ渡航する権利を得るためにゲームに参加したのです。金星は〈非A〉人のみによって構成された理想社会で、ゲームで勝たないと移住することはできないからです。
 ところがここで、思わぬことが判明します。なんとパトリシアは生きており、しかもゴッセンの妻であったことは一度もないと言うのです。ゴッセンは何者かに、偽りの記憶を植え付けられていたのでした。
 その後ゴッセンは地球政府にまつわる陰謀へと巻き込まれていきます。地球の人々が未だ存在を知らない〈銀河系連盟〉の一員〈大帝国〉が、自らの野望のために地球を秘密裏に手に入れようとしていたのでした。そこに突如現れた、記憶が偽造された男ゴッセンは、〈銀河系連盟〉のスパイではないのかと疑われてしまいます。
 彼等に捕らえられたゴッセンですが、地球大統領の娘パトリシア・ハーディー(ゴッセンが妻だと思わされていた女性)に助けられ、宮殿から逃げ出します。しかし、安全な場所にたどり着く前にゴッセンは射殺されてしまうのでした。
 ところが……。

 本作の注目ガジェットは、架空の哲学〈非A〉です。
 これは『非アリストテレス主義』の略語であり、古代ギリシアの哲学者アリストテレス氏の生み出した論理学(三段論法等の)を否定するところから始まるようです。
 同じようなキーワードとして、作中には〈非N〉(非ニュートン主義)、〈非E〉(非ユークリッド主義)が登場します。既存の枠に囚われない新しい思考方法を指しているようです。ただし、実際のところ非ユークリッド幾何学はユークリッド幾何学を拡張するものであるのに対し、〈非A〉はアリストテレス流の考え方そのものを否定しているようです。
 この〈非A〉哲学の訓練を受けたものは動物的な本能を抑制し、深い洞察力と客観性を持つことができます。さらに、肉体の完璧な制御をも可能にするとのことです。ただ、その割にはゴッセン君は軽率な行動を取ったりミスをしたりすることが多いように思われます。もっとも、これは読み手が〈非A〉人ではないからそう感じるのかもしれませんが。:-)

 本書に登場する小道具として面白いのが、嘘発見機の存在ですね。実際に存在する心理テストに毛が生えたような装置のことではなく、完全に嘘を見破る機械です。
 電極やら何やらを体に取り付ける必要はなく、部屋に置かれている機械に問いかけをするだけで、それが事実であるか否かをたちどころに応えてくれます。しかも、当人がそれを信じているかどうかは無関係で、脳から真実を直接見つけてしまうようです。(物語冒頭でゴッセンの記憶が偽りであることを指摘しますが、彼が何者かという問いには答えられません)
 興味深いのは、この嘘発見機がかなり普及しているらしき点です。ホテルのラウンジや家庭の居間にまで当たり前のように置かれています。作品内世界は、嘘をつくというのが非常に困難な社会なのかもしれません。

 序盤はやや話が分かり辛かったり、ほったらかしの部分があったりと(^^;)、物語の完成度という意味ではやや難点もあるのですが、ストーリーのスピード感はかなりものもです。主人公ゴッセンの(文字通り)自分探しの旅は、鮮やかな結末を迎えることになります。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/18418419

この記事へのトラックバック