月世界最初の人間

[題名]:月世界最初の人間
[作者]:H・G・ウェルズ


 本書『月世界最初の人間』("The First Men in the Moon")は、近代SFの父H・G・ウェルズ氏による、地球から月への冒険旅行を描いた物語です。
 同じくSFの父であるジュール・ヴェルヌ氏にも、月への旅行を扱った作品『月世界旅行』(『地球から月へ』及び『月世界へ行く』)という作品があります。これは偶然ではなく、本書中にヴェルヌ氏への言及があることからも、ウェルズ氏が執筆時に先行作品を意識していたのは間違いないでしょう。また、黎明期のSFにおいて、お二方が最も身近な天体である月への旅行を題材としたのも驚くには当たりませんね。
 しかしながら、二人の始祖が用いた手法は全く異なります。ヴェルヌ氏が徹底してリアリティに拘ったのに対し、ウェルズ氏は完全に架空の技術や生物を生み出すことをためらいません。舞台設定が近いからこそ、その好対照ぶりが際立ちます。
 観測機器の進歩やアポロ宇宙飛行士による直接撮影により、本書に登場する月の姿は時代遅れのものとなってしまいました。けれども、そのことで『月世界最初の人間』の価値は必ずしも失われてはいません。実のところ、近年書かれたライトSFが裸足で逃げ出さざるを得ないほど骨太の設定がここにはあります。

 事業で一旗挙げようという野心を持っていた、イギリスの青年実業家ベッドフォード。しかし、彼の事業は失敗し、多額の借金を抱えるに至りました。
 債権者から追われたベッドフォードは、自分の才能があれば脚本家になって苦境から脱することができると信じ、戯曲を書くためにケント州リンプネへと隠遁することに決めます。
 バンガローを借りて、いざ執筆に励もうとペンを取ったベッドフォードですが、ここで邪魔が入ります。毎日夕刻の同じ時間に、ぶつぶつ独り言を呟く奇妙な男が姿を現し、気になって筆が進まなくなったのです。(どうも責任転嫁のようです(^^;))
 二週間後、ついに我慢がならなくなったベッドフォードは男に文句を言います。自覚のなかったその男、科学者ケイヴァーは当惑しつつも謝罪し、二度とベッドフォードを煩わさないと約束しました。
 ところがその三日後、ケイヴァーはベッドフォードの下を訪れ、散歩の習慣が崩れたため考えがまとまらなくなったことに愚痴をこぼします。二人は話し合った結果、ケイヴァーが研究内容をベッドフォードに説明することを、散歩の代わりとすることに決めました。
 日々ケイヴァーの講義を聴くうち、ベッドフォードはその内容、開発中の重力遮断物質ケイヴァーリットが驚くべき商業価値を持っていることに気付きます。けれども、学者肌のケイヴァーはそれを認識していませんでした。ベッドフォードはケイヴァーに、自分がケイヴァーリットの事業化を行うことを持ちかけ、同意を得るのです。(ベッドフォードの頭から、自分が破産していることは抜け落ちています(笑))
 初生成時の事故を経て、ケイヴァーリットを捲き上げブラインド状に製造することを思いついたケイヴァーは、それを使って宇宙にまで行ける球体を考案します。ケイヴァーの熱意に押されたベッドフォードも、その意見に賛成することになりました。
 数ヵ月後、遂に完成した球体に乗り込み、二人は月を目指すことにします――そこに待ち受ける驚異の光景、そして月に生息する知的生物の存在など知らぬまま。

 本書の注目ガジェットは、月人("the Selenite")です。
 ベッドフォードとケイヴァーは、ケイヴァーリットを装備した球体で月へ赴き、そこに生物がいることを発見することになります。その中でも、人間とは異なる存在ながら高度な文明を築いた異星人・月人が、物語後半で大きくクローズアップされます。
 作中の月面は、二十七・三日の自転周期のうち、夜には空気までが凍る極寒・真空の死の世界、昼は太陽に温められた空気が充満し植物がジャングルを形成するという、両極端の環境が交互に繰り返される場所です。月人はこの過酷な環境を避け、主に月地下で生活を営んでいるようです。(月牛を飼う一部の者が放牧のため昼に月面上へ姿を現し、ベッドフォード達と遭遇)
 月人は、大まかには小柄な二足歩行ヒューマノイドですが、非常に個体差の激しい種族であり、中には人間とは似ても似つかない姿を取る者もいます。これは、月人がその成長過程で、目的別に人為的な肉体改造を行っているためです。頭脳労働を行う月人は頭を肥大化、機械工は手だけを肥大化、といった具合です(管理者階級はそれほど特化していない模様)。ケイヴァーは観察の結果、月人がアリに近い存在(兵隊アリや働きアリに分化するように)なのではないかと推測しています。
 月人個体の白眉は、月の主権者グランド・ルナー("the Grand Lunar")ですね。全月人の上に君臨する絶対支配者で、直径数メートルにまで巨大化した浮き袋状の脳と、小妖精のように小さな目、そして萎縮した体を持つ超知性体です。慈愛に満ち、冷静かつ好奇心旺盛ですが、人間とはかなり異なる価値観を有する存在だと設定されています。
 月人社会は個人に対して重きを置かず、不要になった者は需要があるまで昏睡状態にされてしまいます。肉体の改造も含め、かなり人間の目にはグロテスクに映る種族ですけれど、一方で月人達の中には不和が存在しません。各人が己の仕事に疑問を抱かないよう作り変えられてしまうために、諍いが生まれる余地がないようです。
 グランド・ルナーにケイヴァーが地球社会を説明するくだりでは、人間の不合理性や野蛮さに関してグランド・ルナーが理解に苦しむ場面が登場します。月人は我々の社会を映す鏡として用いられているわけです。この辺りが、社会派SFの父祖でもあるウェルズ氏の面目躍如といったところでしょうか。

 さて、もう一方の重要ガジェットであるケイヴァーリット("Cavorite"、ケイヴァーライトとも)についても触れておきましょう。
 ケイヴァーリットはヘリウムといくつかの金属からつくられる特殊合金で、重力に対して不透明という性質を持つ重力遮断物質です。重力をさえぎる能力には特にエネルギーを必要とせず、ケイヴァーリットを挟んだ物質間には重力相互作用が起こらなくなるようです。
 あらすじにある通り、ケイヴァーリットはその初回生成時に事故を起こしています。ケイヴァーリットが膜状に作られた瞬間、その上にある空気が全て重力を失って上空に吸い上げられ、突風が生じたことで研究所の崩壊と町全体への甚大な被害が発生してしまいます。(弁償しきれないので、突風の原因が自分達だということは秘密(笑))
 ケイヴァーはこの事故を教訓とし、ケイヴァーリットをローラー・ブラインド状に捲いておくことを発案します。これを使い、外側にブラインドを装備したガラス製の球体(正確には多面体)を製作するわけですね。目的地の方にあるブラインドだけを捲き上げることで、そちらの方角へ引力が発生し、球体はエネルギーなしで移動するという寸法です。
 実はこの重力遮断物質に関して、かの巨匠アーサー・C・クラーク氏が面白い考察を行っています。地上で無重量領域を作り出すことができるとしたら、そこへ到達するには重力勾配を上る必要があるはずだというものです(『白鹿亭綺譚』収録の短編『登ったものは』。登場人物の仮名が、本書にちなんだケイヴァー博士)。もしケイヴァーリット上の空気が吸い上げられてしまったとしても、周囲の空気がそこに流れ込むには、地上から宇宙へ上昇するのと同等のエネルギーが必要であり、従って突風は起こらないということになります。偶然誰かがケイヴァーリットを発明しても、地球上の空気が全てなくなってしまうという心配はいらないようです。:-)

 本書に関して一つ、興味深いエピソードがあります。
 次の文章は、H・G・ウェルズ氏に並び立つSFの父ジュール・ヴェルヌ氏が、あるインタビューで語ったことです。

「私は物理学を利用するが、彼は発明する。私は大砲から発射された砲弾で月へ行く。ここには発明はない。彼は引力の法則を排除する金属で建造された飛行船で火星〔※原文ママ〕へ行く。とても素晴らしい……しかし、私にその金属を見せてくれ。彼にそれを造らせてくれ」

 ヴェルヌ氏は、ウェルズ氏の想像力を賞賛しつつも、その科学的根拠が希薄であることに批判的な眼を向けています。実際、ヴェルヌ氏の『月世界旅行』には架空の部分があまりなく、リアリティの追及に全力を注いでいることが見て取れます。(とは言うものの、実際に大砲で打ち上げると、二万二千Gという加速度で搭乗者はつぶされてしまいますが(^^;))
 二十世紀初頭、二人の偉大な先駆者はしばしば比較対象となったようで、両者の手法が大きく異なることをヴェルヌ氏は強調したかったのかもしれません。一方、ウェルズ氏の方でも自分が「英国版ジュール・ヴェルヌ」と呼ばれることに難色を示し、次のように述べています。

「彼の作品はほとんど常に発明や探検の実現可能性を扱い、注目すべきいくつかの予測を行った。彼の創作物の多くは現実となった。しかし、私のこれらの物語は可能性を扱うと見せかけたものではなく、全く異なる領域における想像力の体操なのだ」

 あくまで執筆当時の科学・技術を大きく逸脱することのないよう配慮し、実現するかもしれない物事や予測を描いたジュール・ヴェルヌ氏。大胆に想像の翼を広げ、更には設定した非日常の世界から現実を振り返ることで人類文明に対する鋭い批評を盛り込んだH・G・ウェルズ氏。確かにそのスタンスは異なるものの、そのどちらもが現代SFにおいて重要な手法として受け継がれています。これが、お二方がSFの父と呼ばれる理由ですね。『月世界最初の人間』と『月世界旅行』という似て非なる物語を読み比べることで、それが実感できるかもしれません。

 また、作中の月は確かに現実の月とは異なるものの、架空の星としてはかなり良くできた設定であることも付け加えておきましょう。重力六分の一Gの月面ではしゃぎまわるベッドフォードとケイヴァー、当時判明していた事実から推測された月内部構造、そして月人の生態及び社会と、科学的見地からも決して捨てたものではありませんね。
 かなりビターな後味も含め、ウェルズ氏らしさが味わえる興味深い空想冒険譚です。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/182938642

この記事へのトラックバック