タイム・トラップ

[題名]:タイム・トラップ
[作者]:ラリー・マドック


※このレビューには前巻までのネタバレがあります。ご注意ください。

 〈TERRAの工作員シリーズ〉の第四巻にして最終巻です。
 過去への〈タイム・トラベルもの〉ではあるものの、前回までは架空の要素が強いエピソードでしたが、今回は史実方向に大きく舵を取ることになります。ターゲットは古代都市国家カルタゴ。共和政ローマとカルタゴの間で繰り広げられた第二次ポエニ戦争が舞台ですね。
 また、どちらかというとお気楽なスパイ小説風だったこれまでの巻とは違い、本巻はかなりシリアス色が強めです。フォーチュンの内面、そしてルイーズとの関係がクローズアップされ、タイム・トラベルを絡めた恋愛模様の点でも読み応えがあります。

 モヘンジョ・ダロの歴史干渉(『エメラルドの象』参照のこと)は解決したものの、エンパイヤの独裁者グレゴール・マリクに使われた薬物のせいで、特別工作員ハンニバル・フォーチュンと常駐工作員ルイーズ・リトルは大きなダメージを負ってしまいました。一年間の休暇を取った二人(及び、彼らの共働者ウェブリーとローネル)は、フォーチュンの有する安息惑星タイム・アウトで共に過ごすことにします。
 その間に、フォーチュンとルイーズは地球人特有の奇妙な執着――恋愛感情を互いに抱くようになりました。二人とも地球人と接する期間が長かったため、本来は自分たちの種族が持たない感情に囚われてしまったのです。しかし、その執着はTERRAにとって好ましいものではありませんでした。
 休暇が終わり、健康体となって復帰したフォーチュンに対し、新たな任務が与えられます。それはBC二〇三年のアフリカ北部、都市国家カルタゴにおける歴史の逸脱でした。本来はローマとの戦いで敗れるはずのカルタゴが、エンパイヤの干渉により優位に立ちつつあったのです。
 出立前に、フォーチュンはTERRA本部に対して、ルイーズを特別工作員に推薦します。しかしその推薦は通らず、ルイーズは中国・商王朝へ常駐工作員として派遣されることに決まってしまいました。
 フォーチュンとウェブリーは航時輸送機でカルタゴへ向かい、現地の常駐工作員ヴァンゴから話を聞こうとしますが、ヴァンゴは資料収集にかまけるばかりで工作員としては無能でした。仕方なく、フォーチュンは独自に調査を開始します。
 その最中、フォーチュンはふと思い立ち、ルイーズに会うために航時輸送機で商王朝へ向かいます。しかし、中国人女性の姿になっていたルイーズは、二人の関係は終わったのだと告げ、彼を追い返しました。
 傷つきつつも、任務に戻ったフォーチュン。しかし、彼とウェブリーがエンパイヤの隠れ家へ近づいたとき、航時輸送機は未知の力で実時間に引き出され、フォーチュンは気を失ってしまいます。
 カルタゴへの歴史干渉は、そもそもがフォーチュンを捕らえるための罠だったのです。そのトラップを画策した者こそは、モヘンジョ・ダロ事件で死んだと思われていたエンパイヤの首魁にしてTERRAの宿敵――グレゴール・マリク。

 本書の注目ガジェットは、TERRA("T.E.R.R.A. / the Temporal Entropy Restructure and Repair Agency")とエンパイヤ("E.M.P.I.R.E.")です。
 〈TERRAの工作員シリーズ〉本来の「現在」は、地球の西暦にして二十六世紀に当たります。この時代には、銀河系の知的種族は四十七の惑星からなる〈銀河連邦(GF)〉を形成しており、地球はその一つに過ぎません。詳細は不明ですが、独裁者グレゴール・マリクの母星ボリウス星のように、知性体が住んでいながら〈GF〉に属さない惑星も存在するようです。
 西暦二五四八年、二人の科学者リンツ・リプニッグとリモード・ルドヌルにより航時輸送機が発明されたとき、〈GF〉はそれを危険だと考えて非合法化しました。しかし、ルドヌルは自分の発明が否定されたことに憤りを感じ、グレゴール・マリクの下に亡命してしまいます。
 この結果、銀河の支配を企むグレゴール・マリクは過去の歴史を改変するための組織エンパイヤを形成、対するに〈GF〉は歴史を守るための組織TERRAを結成することになる訳です。(もう一人の発明者リプニッグは同僚が悪に走ったことを後ろめたく思い、TERRAに所属しています)
 TERRAとエンパイヤはどちらも、その構成員には様々な非人間タイプの異星人が含まれます(例えば、グレゴール・マリクは蜘蛛型ヒューマノイド)。しかしながら、地球の過去へ赴く際には人間型の方が何かと都合がいいために、外見が地球人に似た種族が多く用いられるようです。
 TERRAの保護対象は地球だけではなく、四十七の惑星それぞれのタイム・ライン数千年分です。そうした多数の惑星・長い歴史の各時代へ常駐工作員を送り込み、歴史の中に異常がないかを監視させています。スキマーの出現等、記録と矛盾するような出来事が起きた場合にはTERRA本部へ連絡が入り、フォーチュンを始めとする特別工作員が事態収拾のために派遣される、という按配です。
 何しろ守らねばならない時代・世界が膨大ですから、歴史への干渉を行おうとするエンパイヤ側が圧倒的に優位のように見えるのですが、不思議とその目論みは阻止されてしまうようです(^^;) 詳しくは描かれないものの、技術レベルではTERRAに遥かに劣り、構成員も我欲の強い者ばかりなところを見ると、エンパイヤは大規模な組織ではなく海賊程度の存在なのかもしれません。

 今回は歴史に残る時代への干渉ということもあり、史実とフィクションが交錯する〈タイム・パトロールもの〉の醍醐味が味わえます。
 対象となる時代・地域は、紀元前数百年頃にアフリカ北部(現チュニジア共和国)に存在した都市国家カルタゴですね。史上最高の戦術家との呼び名も高いカルタゴ将軍ハンニバル(ややこしいですけど、フォーチュンが名前を借りた人物で、フォーチュンとは別人)のイタリア侵攻に対し、大スキピオ率いるローマ軍が反撃に出て、ついにカルタゴを打ち滅ぼすという第二次ポエニ戦争終盤です。この際、近隣国の老王シーファックスがカルタゴ将軍ハスドルバルの若い娘ソフォニスバを娶り、ローマ側からカルタゴ側に寝返るというエピソードがあります。
 面白いのは、TERRA及びフォーチュンの知る地球の「正史」では、この寝返りが起こらなかったように仄めかされている点です(作中では、ソフォニスバはエンパイヤの人間)。となると、我々の知る歴史は、エンパイヤが改変した後のものということになるのでしょうか。:-)

 今回はもう一つの要素として、恋愛関連のエピソードが物語の中核を成している点がこれまでと大きく異なる部分です。
 前巻までの話では、フォーチュンは登場ヒロインと良い仲になりはするものの、深入りすることはありませんでした。そもそも恋愛という感情は地球人固有のものとされており、別惑星出身のフォーチュンが一人の女性に心を奪われるようなことは本来ありえなかったようです。ところが、一年間をルイーズと共に過ごすことで、二人の間には恋愛感情が芽生えてしまいます。
 このせいで、フォーチュンは工作活動中にルイーズの常駐時代を訪れるなど、任務を逸脱した行動を取り、TERRAは彼が狂気に囚われたと判断を下します。もっとも、フォーチュンはルイーズにけんもほろろに追い返されて傷つきながらも、健気にも任務を遂行しようとカルタゴへ戻る訳ですが……。
 序盤のある不可解なエピソード、ルイーズの態度、そして彼女の書いた詩といった思わせぶりな要素は、終盤のある出来事で一本に繋がることになります。この部分は〈タイム・トラベルもの〉としてなかなかに秀逸です。
 史実との関連も含め、本巻は前巻までの〈スパイもの〉から大きく飛躍した印象がありますね。あまり知名度の高い作品ではありませんけど、個人的には隠れた名作なのではないかと感じています。

この記事へのコメント

  • X^2

    このシリーズは読んだ事がないのですが、今回の設定を読んで、Star Trek "Enterprise"の本来の設定だった「時間冷戦」をイメージしました。あちらの場合は解りにくさとまだるっこさにファンからの支持が得られず、途中で「Xindi戦争」に本筋を乗っ取られてしまいましたが、当初の予定通りに最後まで行けば、似たような話になっていたのかも。
    2011年01月22日 11:50
  • Manuke

    ふむふむ、『スタートレック』にもそうしたエピソードがあるんですね。
    そう言えば、シリーズ中で時間旅行が幾度か登場してましたっけ。

    詳しいことは分からないんですが、本作の元ネタはスパイドラマの『0011ナポレオン・ソロ』("The Man from U.N.C.L.E.")小説版だったようです。没になったものをオリジナル小説化したとか。
    状況によっては、本作が逆にテレビドラマ化されるようなことがあったかもしれませんね。
    2011年01月23日 01:56
  • delenda est

    初めてコメントいたします。「TERRAの工作員」シリーズを取り上げてくださったことにお礼申し上げます。第4巻のエンパイヤとハンニバル・フォーチュンの干渉により現実の「歴史」が作られた、という内容(特にザマの会戦のくだり)を面白がって読んだ記憶があります。この作品での著者マドック氏の「ローマはカルタゴの生存を許さないほどの弾みがついていた」の主張には恐ろしさを感じます。古代地中海世界の国家で、ローマにお取り潰しにならなかったのは2カ国(アルメニア、ポントス)のみですから。1980年代には「カルタゴ=日本論、ローマ=アメリカ説」が大いに流布しましたが、これ以降日本はどれだけカルタゴの轍を踏まないように努力したかについて考えさせられるレビューでした。
    2013年02月14日 08:35
  • Manuke

    いらっしゃいませ。

    〈TERRAの工作員シリーズ〉は本巻で一皮むけた感があります。やっぱり過去へのタイムトラベルものは、現実の歴史と関わってこそ物語が映えますし。
    私自身は歴史にあまり明るくないのですが(^^;)、本書のストーリーには引き込まれました。本筋をしっかりこなしつつも史実とリンクしているのが見事です。
    それにつけても、カルタゴは滅ぶべきですね。:-)
    2013年02月16日 00:03
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