ブラッド・ミュージック

[題名]:ブラッド・ミュージック
[作者]:グレッグ・ベア


 本書『ブラッド・ミュージック』は、人類が別なる存在へと変貌していく様を描いた傑作SFです。
 同じように人類の進化を題材とするアーサー・C・クラーク氏の名作『幼年期の終り』と並び称されることもありますが、『ブラッド・ミュージック』は比較的卑近な視点から事件が始まりドラスティックに事態が急変していくという点で、印象はずいぶん異なりますね(もちろん、どちらもそれぞれの面白さがあります)。
 バイオテクノロジー研究者の青年ヴァージルが生み出した、知性あるリンパ球・ヌーサイト。それが巻き起こす狂想曲は個人のレベルをあっという間に飛び越え、人類全体の存在を揺るがす大事件へと発展していくのです。

 バイオチップ(タンパク質分子回路とシリコン・エレクトロニクスの複合体)の開発を目指すバイオ企業ジェネトロン社で、青年技術者のヴァージル・ウラムはある発明を成し遂げました。彼は会社に内緒で、バイオチップなど比較にならない程高度な、コンピュータとして機能するリンパ球を作り出したのです。
 しかし、ひょんなことからヴァージルの研究は会社にばれてしまい、彼はジェネトロン社をクビになってしまいます。全ての研究成果を破棄するよう求められたヴァージルはそれに従わず、リンパ球を注射器で自分の体内に注入したのでした。体の中に隠して社外へ持ち出し同業他社へ就職すれば、研究を続けられると考えたのです。
 ところが、解雇の経緯が経緯だけに、企業はどこもヴァージルを雇ってはくれません。リンパ球は彼自身の免疫機構に殺され、ヴァージルの研究は無に帰してしまうかに思われました。けれども、そうではなかったのです。
 後にヌーサイトと名付けられるそのリンパ球は密かに、しかし着実にヴァージルの体内で増殖していました。高度に組織化して知性を獲得し、自分たちの住む宇宙(ヴァージルのこと(^^;))を改造していったのです。
 そして、周囲の人々が気付いたとき、全ては手遅れになっていました。
 血液が奏でるシンフォニーは、人類にとっての葬送曲なのでしょうか、それとも――。

 本作の注目ガジェットは、知性を持つ細胞ヌーサイトです。
 私達真核生物の遺伝配列中には、遺伝情報を持たないイントロンという領域が大量に存在します。ヌーサイトはDNAとRNA、リボゾーム等をコンピュータとして機能するようヴァージルが改良したリンパ球で、イントロンを記憶領域として使っているようです。この仕組みが、物語後半で重要な意味を持ってきます。
(現実における最近の研究では、無駄な存在と考えられていたイントロンにも役目があることが判明してきたようですが)
 ヌーサイトは複数の細胞がクラスター(群体)を成し、個体に近いものを形作っています。ただし、人間の言う個体とは異なり流動的な存在です。また、指導的立場である指令クラスターが存在したり、ヌーサイト全体の利益に反する細胞は処分されたりと、高度な社会を形成しているようです。
 ヌーサイトにとって、宿主である人体は広大な宇宙です。それが意識を持つと分かったときの彼等の驚きは、仮に想像してみると「銀河系が知的生命体だと人類が知ったとき」に相当するかもしれません。ヴァージルとヌーサイトのファーストコンタクトのシーンは、どこかしらコミカルな印象がありますね。:-)

 『ブラッド・ミュージック』の魅力の一つは、そのグロテスクさにあると私は感じています。
 この「グロテスク」とは、作品内での直接的な描写だけを指しているわけではありません。むしろテーマとしての、「人類の変貌」という大枠そのものに対しての印象ですね。
 ヌーサイトをキーにして巻き起こるバイオハザード、そして変容させられていく人類――この気持ち悪さは、もしかしたら種の保存本能から来る危機感なのでしょうか。しかし、「その気持ち悪さが気持ちいい」とか感じている時点で駄目駄目ですけど(笑)
 もっとも、作品自体は決して暗いトーンとは言えませんね(緊迫感とスピード感はかなりのものですが)。本書を読み終え、ヌーサイトの奏でるミュージックの曲種を知ったとき、きっと爽やかな印象を受けることでしょう。

この記事へのコメント

  • Kimball

    Manukeさま、
    毎回、素晴らしい紹介記事を楽しみにしています!
    今回の作品は初めてしりました!!
    ひょえー、ちと、読むのが怖いですねー。\(^o^)/
    実は、クラークの「幼年期の終わり」もまだ
    読んでいないのでぜひ読み比べてみたいものです。
    た、たぶん、クラークを先に読んだほうが
    よいかもしれませんね?\(^o^)/
    2006年05月07日 20:43
  • Manuke

    あわわ、お返事遅くなってごめんなさい。
    何故かコメント通知メールが送られて来ませんでした。
    (それにしたって、一ヶ月も気付かないのは問題ですね(^^;))

    『幼年期の終り』と『ブラッド・ミュージック』、どちらを先に読まれても問題ないと思います。
    題材には共通点がありますが、作品の目指すところは少々異なりますし。
    どちらも名作と呼べる水準のお話です。

    『ブラッド・ミュージック』のレビューを書いていて思ったのは、三月で終了したロボットアニメ『交響詩篇 エウレカセブン』との共通点です。
    指令クラスターのようなキーワードにとどまらず、クダンの限界その他の設定を含めて、スカブコーラルはヌーサイトを元にしているのでしょうねー。
    2006年06月15日 20:25

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[読了]グレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』とクラーク『幼年期の終り』
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Tracked: 2008-02-27 08:01