ウェットウェア

[題名]:ウェットウェア
[作者]:ルーディ・ラッカー


※このレビューには前巻までのネタバレがあります。ご注意ください。

 ルーディ・ラッカー氏によるマッドSF(笑)、〈ウェア・シリーズ〉第二弾です。
 前作『ソフトウェア』は、あるサイバネティクス学者がロボットに進化の概念を持ち込んだことで誕生した機械知性体バッパーと、人間の人格をソフトウェア化することの倫理的側面を描いた作品です。深く考えさせられる主題を扱ってはいるものの、総体としてはサイケデリックで猥雑、ユーモアもたっぷりの異色SFであり、まさに「マッド」としか言いようのないアンバランスさが魅力の物語ですね。
 本作は『ソフトウェア』から十年後、今度はバッパーが人間になろうとする試みが描かれます。ハードウェア/ソフトウェアで形作られたバッパーが自分たちをウェットウェア(湿り物/生物の情報処理機構?)へと移し変えようとしたとき、人間達はそれをどう受け止めるのでしょうか。

 月面のバッパーによる騒動が鎮圧されて十年――かつてバッパーの拠点であったディスキイは人間の住む都市アインシュタインへと姿を変え、バッパーは別のクレーターにある地下都市へと追いやられていました。人間-バッパー間には諍いがあるものの、両者とも経済的には相手を必要としており、対立と共存がないまぜになった奇妙な共生関係が続いています。
 そんなアインシュタインでは、人間の間に新たな麻薬が流行していました。融合(マージ)と呼ばれるその薬は、使うと一時的に体がドロドロに溶けてしまい、大きな快楽が得られるというものです。
 事故のせいで地球で妻を殺してしまい、やくざな月面都市アインシュタインへと逃げ出さざるを得なかったステイ=ハイ・ムーニイは、スタアン・ムーニイと名を変え探偵業を営んでいました。そんな彼の元へ、融合の発明者であるマッドサイエンティストのマックス・ユカワがヴィズィ(テレビ電話?)をかけてきます。助手のデラ・デイズが何日も姿を見せないことを案じ、スタアンにデラを探してくれるよう依頼してきたのです。手痛い経験から麻薬と距離を置こうとしていたスタアンですが、仕事に困っていたことからやむなく依頼を受けることにします。
 一方、捜索対象であるデラ・デイズは苦境に陥っていました。恋人のバディ・イェスキンと共に融合を楽しんだ後に目覚めると、何者かが二人の融合中に部屋へ押し入り、バディの体を撒き散らして殺した後だったのです。呆然とするデラのところへ犯人を名乗る男がヴィズィをかけてきて、彼女に地球への偽造パスポートとチケットを提供します。殺人罪の汚名を恐れたデラは、それに従うしかありませんでした。
 そして、ルイヴィル(米ケンタッキー州)にある実家へ戻ったデラは、両親や親戚達と過ごすうちに自分が妊娠していることを知り、戸惑います。果たしてそれはデラとバディの子供なのか、それとも――。
 全ては月面地下都市に住むバッパーが画策したことでした。人間の融合を目指すバーニス一派は、融合を使って人間とバッパーのハイブリッド、肉バッパーを作り出すことに成功していたのです。デラの胎内に埋め込まれた肉バッパーは程なくして生まれ、マンチャイルと名付けられて瞬く間に成長していくのですが……。

 本書の注目ガジェットは、融合(マージ:"merge")です。
 液状で瓶に収められており、一滴でも体に浴びると肉体が溶け始め、ドロドロの液状に変化してしまいます。「すべての蛋白の第三次結合を一時的にゆるめる」と説明されていますが、具体的にどんな原理なのかは不明です(^^;) 効果はあくまで一時的なもので、しばらくすると肉体は元の形を取り戻します。
 融解中は強い快楽を感じるようで、複数人で服用すると文字通り肉体を溶け合わせることができます。更にこの状態を数日続けると、他者同士の遺伝子が交じり合うことになります。
 元々はマックス・ユカワが自分の癌を遺伝子治療するために発明したもので、ユカワ(元の名前はギブスン)は日本人の老人と融合することで癌治療と日本人化、老人の側は若返りを達成しています。
 科学的考察はともかく、設定としてはきわめて悪趣味な代物ですね。どれだけ快感が得られようとも、個人的には体験したいとは思えないです(笑)

 前作ではコッブとステイ=ハイ(スタアン)の二人が主役を勤め、そこにバッパー達の視点が絡む形で物語が進行していきました。本作でもスタアンは主役級ではありますけど、他にもデラ、デラの息子で肉バッパーのマンチャイル、チンピラのホワイティ・マイドル、バッパーのバーニス、そしてバッパー化したコッブ(の人格)と、多数のキャラクタにより多面的に描かれます。
 『ソフトウェア』でのステイ=ハイはヒッピー気質の活力に溢れた兄ちゃんでしたが、十年の歳月と挫折を経てすっかりくたびれた中年探偵となってしまったようです(^^;) もっとも、年寄り呼ばわりされつつも危機的状況での機敏さを見せてくれますし、終盤では重要な役割を果たすことになります。
 一方、前作でソフトウェア化を果たしたコッブの方は、死を超越してしまったからか自己保身ということにあまり関心を持っていないようです。ソフトウェアの原盤が保管されており、自分が壊れてしまっても複製がいくらでも作れる以上、個々のインスタンス(?)における生への執着は必要なくなってしまうのかもしれません。この辺りはなかなか考えさせられます。
 多くの登場人物が独特のスラングを多用するため、文章から受ける印象は極めてお馬鹿っぽいのですけど(笑)、扱っているテーマはかなり奥が深いものです。中盤では肉バッパーが生命倫理の問題を引き起こしますが、そうした点を含めてバッパー達が本質的に人間とは異なる価値観を持たされているのが設定の妙ですね。もっとも、スラングの醸し出す独特なイメージも本書の魅力ではありますけど(^^;)
 後半はやや急ぎ足になるものの、バッパーとは異なる新たな存在が誕生することになります。こちらに関してのクローズアップは、次巻『フリーウェア』に持ち越しです。

この記事へのコメント

  • X^2

    > 本書の注目ガジェットは、融合(マージ:"merge")です。

    アーサー・マッケンだったかその周辺の作家の怪奇小説で、正にこれとそっくりのものが登場した記憶があります。その薬を飲むとしばらくの間肉体が溶けて、「自分自身と性交する」ような状態となっているとかいう代物だった気が。もちろん最後は戻れなくなってしまうというオチなんですが。
    記憶がかなりあいまいで、作者も作品名も判らなくなっています。
    2010年11月27日 14:35
  • Manuke

    ふむふむ、そんなお話もあるんですね。
    ちょっとぐぐってみましたが、アーサー・マッケン氏の『白い粉薬のはなし』でしょうか。
    なかなか面白そうなので、機会があったら読んでみたいと思います。
    2010年11月29日 00:47

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