ファウンデーションと地球

[題名]:ファウンデーションと地球
[作者]:アイザック・アシモフ


※このレビューには〈銀河帝国興亡史〉及び〈銀河帝国もの〉、〈ロボットもの〉、〈イライジャ・ベイリもの〉に属する作品群のネタバレがあります。ご注意ください。

※本レビュー後半では、大きなネタバレを含む考察を行っています。

 本書は巨匠アイザック・アシモフ氏の代表作、〈銀河帝国興亡史〉の第五巻に当たる作品です。
 元々、『ファウンデーション("Foundation")』/『ファウンデーションと帝国("Foundation and Empire")』/『第二ファウンデーション("Second Foundation")』で一応の完結とされていた〈銀河帝国興亡史〉三部作ですが、後年になってその人気の高まりから新たに続編『ファウンデーションの彼方へ("Foundation's Edge")』が執筆されることになりました。本巻『ファウンデーションと地球("Foundation and Earth")』は、前巻直後からの続きとなっており、主人公もトレヴァイズが引き続き務めます。
 この後、〈銀河帝国興亡史〉は『ファウンデーションへの序曲("Prelude to Foundation")』及び『ファウンデーションの誕生("Forward the Foundation")』が控えていますが、いずれも第一巻『ファウンデーション』の前日談となっています。つまり、本書がアシモフ未来史における最終巻に当たる訳ですね。
 内容としては、これまで〈銀河帝国興亡史〉の中核を成してきた心理歴史学に対する最終回答がなされることになります。トレヴァイズが探し求める地球はどこにあるのか、そして心理歴史学の欠陥とは何か――。

 少ない情報を元にして正しい決断を下すという、トレヴァイズの第六感。その特異な能力を買われ、銀河の未来を選択するよう求められた彼は、第一ファウンデーション・第二ファウンデーション・ガイアの三つの選択肢からガイアを選びました。一つの惑星上の、人間を含むあらゆる生命・非生命が共同知性を形作るガイアは、トレヴァイズの支持を受け銀河規模のギャラクシアへと踏み出すことになったのです。
 しかし、トレヴァイズは自分の下した判断に納得することができません。その理由は二つ――。
 一つは、自分が心理歴史学ではなくガイアを選んだ根拠が分からないこと。そしてもう一つは、ペロラットとの地球探しの結果、人類発祥の惑星であるはずの地球に関する情報が何者かに消されていると知ったことです。
 ガイアは、自分の知らない何らかの勢力が存在し地球のありかを秘匿しているというトレヴァイズの主張を認めます。トレヴァイズ、ペロラット、そしてガイア人ブリスの三人は、ファウンデーションの重力船ファー・スター号で地球を求める旅へと再び出発することにしました。
 ファウンデーション連邦に属さない、古い世界コンポレロン(旧名〈ベイリ・ワールド〉)を訪れ、かつて地球と勢力を競った〈スペーサー〉の世界に関する情報を手に入れた一行。彼らはわずかな手がかりを元に、惑星オーロラ・惑星ソラリアを訪れて地球へと近づいていきます。
 そしてその道中トレヴァイズは、自分が第二ファウンデーションを選ばなかったのは、無意識のうちに心理歴史学と〈セルダン・プラン〉の欠陥を見抜いていたからなのではないか、と自問するのです。だとしたらその欠陥とは、あまりに当たり前すぎてこれまで誰も疑わなかった前提なのではないか、と。
 旅の終着駅で、彼が見いだすものは……。

 本書の注目ガジェットは、ギャラクシア(またはガラクシア)です。
 前巻『ファウンデーションの彼方へ』から登場のガイアは、惑星全体がテレパシーで結びつけられた集合知性で、その中には人間だけでなく動植物、岩や雲のような無生物までもが含まれています。ギャラクシアは、これを惑星全体から銀河全体にまで拡大したものですね。
 銀河に広がった人類文明をギャラクシアへと作り替える方法は明示されていません。しかしながら、非ガイア人が後天的にガイア人となることはできないようなので、ギャラクシア化に当たっては銀河各所の惑星で生まれてくる子供達にテレパシー能力を与えガイア人へと変化させてしまう、といったようなことが行われるのではないかと推測されます。なんだか異生物侵略SFみたいで、薄気味が悪いような気がしなくもなく(笑)
 非常に興味深いことに、トレヴァイズは(自分が選んだにも拘わらず)終始一貫してガイア/ギャラクシアに対し疑念と嫌悪を表しています。集合知性であるギャラクシアの形成は人類の個性の消失でもある、という認識を彼が改めることはありません。この辺りはもしかしたら、リベラリストであるアシモフ氏の個人的感情が投影されていたのかもしれませんね。

 元々の〈銀河帝国興亡史〉三部作が非常に完成度の高い作品だっただけに、『ファウンデーションの彼方へ』以後の〈ロボットもの〉との統合を狙った展開には賛否両論があるようです。とは言うものの、三部作の続編を熱烈に望んだのは読者側であり、かつ心理歴史学に内在する欠陥をアシモフ氏が放置できなかったのも理解に難くありません。心理歴史学が鍵となる〈銀河帝国興亡史〉の正統な続編でありながら、心理歴史学そのものの否定に向かう展開は無理からぬところです。
(加えて、未来史への統合はファンサービス的な側面も(^^;))
 本巻にて〈銀河帝国興亡史〉の大枠に関しては決着が付くことになりますが、末尾ではある含みが暗示されています。けれども、アシモフ氏は続編を書かれないまま亡くなられました。従って、私達はこの後に続くべきお話を知ることは決してできないわけです。アシモフファンとしては、とても残念に思えてなりません。
 もっとも、未完であるという点を差し引いたとしても、本書は二万年以上に及ぶアシモフ未来史の締めくくりに相応しい壮大な結末です。何故トレヴァイズの第六感は第二ファウンデーションではなくガイアが人類の未来を担うべきだと選択したのか――その根拠は作中で明確になり、トレヴァイズの探求の旅もここで目的を達成します。お話はその先の波乱を予感させる形で幕を引きますが、ここから先の物語は各々の読者が補完するべきものなのでしょう。

  §

 さて、作品紹介はここまでとし、ここから先では少し『ファウンデーションと地球』の続きを考察してみたいと思います。本作及びシリーズの盛大なネタバレを含みますから、〈銀河帝国興亡史〉全作を未読の方はここで中断されることをお勧めします。
 そもそも、アシモフ氏はまだ続編のストーリーを決めていなかったらしいという話がありますし、実際のところ考察と言うよりは私Manukeの妄想に近い駄文です(^^;) 一アシモフファンの戯言ではありますが、お付き合いいただければ幸いです。

 結論を先に書いてしまうと、アシモフ氏はロボット三原則の役割を終わらせようとしていたのではないか、と私は考えます。『ファウンデーションの彼方へ』以後の物語はアシモフ作品群の集大成であると同時に、氏の代名詞とも言える心理歴史学とロボット三原則に終止符を打つ為のものだったのではないか、ということです。

 〈銀河帝国興亡史〉に人間以外の知的生命体が登場しないのは、元々編集者ジョン・W・キャンベル氏との衝突を回避することが目的だったとアシモフ氏は説明されています。キャンベル氏はSFから荒唐無稽さを取り除き、多くの大物作家さんを育てた名編集者ですが、少々人種的偏見の強い方でもあり、その偏見は異星人にまで及んでいたとのことです(^^;)
 しかし、実際のところ〈銀河帝国もの〉にも非人類知的生命の登場するエピソードは存在します。本書でブリスが指摘したロボットやガイア、あるいは単身で〈セルダン・プラン〉を崩壊せしめた超人ミュールのような例外的存在ではなく、文字通りの異星人です。
 『母なる地球』収録の短編『袋小路("Blind Alley")』がそれで、発表は『ザ・ミュール』の後(『ファウンデーションと帝国』後半)ですから〈銀河帝国興亡史〉三部作執筆中に当たります(この異星人達は銀河外へ逃亡、消息不明)。
 つまり、トレヴァイズの見いだした「心理歴史学は非人類のいる未来を予測できない」という欠陥は、旧三部作時点で既に種を蒔かれていた訳ですね。トレヴァイズはいずれ人類文明が他の異星文明と接触する可能性を挙げ、心理歴史学ではこれに対応できないとして第二ファウンデーションを退けます。もし続編で異星人が登場することになっていたら、この種族が候補の筆頭と言えるのではないでしょうか。

 ところで、実際に異星人が作中に登場するとした場合、興味深い事柄が一つあります。心理歴史学と同じく人間以外の知性を想定していないガジェット、すなわちロボット三原則です。

・第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
・第二条:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。但し、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない。
・第三条:ロボットは、第一条及び第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。

 第一条及び第二条の「人間」が異星人を対象とするかどうかは不明ですが、おそらく含まれないでしょう。つまり、ロボットは異星人に対峙したときの行動規範を三原則から得られないことになります。(異星人が「人間」に含まれるとすれば対応可能ですが、この場合は異星人もロボットの保護対象になってしまいますし)
 この点では、R・ダニール・オリヴォーが拡張した第零法則も同じですね。

・第零法則:ロボットは人類に危害を加えてはならない。またその危険を感化することによって人類に危害を及ぼしてはならない。

 ダニールは第一条が複数の個人を考慮していないことを問題視し、第零法則を編み出します。が、結局のところ第零法則は第一条のコピーであり、複数の知的種族が存在する世界は考慮されていません。

 アシモフ世界におけるロボット三原則は、ロボットが人間に反乱を起こさないように導入された制約です。けれども同時に、ロボットの補助輪的役割も担っていたように思われるのです。
 〈ロボットもの〉で主役級の人物であるロボ心理学者スーザン・キャルヴィン博士と刑事イライジャ・ベイリは、どちらもロボットに判断力がないことを指摘しています。この傾向は本書でも見られ、ダニールは二万年稼動しながら未だに優柔不断です(笑)
 心理歴史学のきっかけは、読心ロボットのR・ジスカルドが人間の行動にもロボット三原則のようなルールがあるのではないかと推測したところから始まっています(後付け設定ですけど)。しかし、時に盲信的な行動はあるものの、基本的に人間は不可侵の原則ではなく柔軟な自己判断に従っている訳です。三原則がある限り、ロボットはあくまで人間の道具に過ぎず、自ら思考する独立した知的存在にはなりえないのではないでしょうか。
 ロボット三原則による思考・行動の制約は、『ロボットと帝国』でジスカルドとダニールを苦しめました。ダニール達は人類への奉仕のために、隷属への束縛である三原則から開放されることを望んでいたようです(矛盾をはらんでいますが)。実際、本書末尾ではダニールが、ソラリア人の子供ファロムと融合することによりロボット三原則から開放されるらしいことが示唆されています。
 そもそもロボット三原則は、「ロボットが製作者に反乱を起こす」というお定まりのプロットに飽き飽きしたアシモフ氏が、自作のロボットSFに工業製品が備えるべき安全策の概念を盛り込み、編集者キャンベル氏と話し合いの結果生まれたガジェットです。未だに反乱パターンは多いものの(^^;)、三原則は『フランケンシュタイン』以後繰り返されたパターンに一石を投じ、その役目を立派に果たしたと言えます。
 〈ロボットもの〉の続きを書く上で、アシモフ氏が三原則の先、第零法則よりも更に向こうを描こうとしたというのは十分に考えられることではないでしょうか。

 仮に上記の推測が当たっていたとしても、本書より後の時代で銀河社会がどう変化していくのかを知る手がかりとしては不足ですね。しかしながらもう一つのヒントとして、銀河百科事典(エンサイクロペディア・ギャラクティカ)があります。
 銀河百科事典の編纂は、ハリ・セルダンがファウンデーション創設時、銀河帝国からその真の意図を隠すためのカモフラージュとして用意した一大科学事業です。〈銀河帝国興亡史〉シリーズ各巻(『ファウンデーションの彼方へ』と『ファウンデーションと地球』を除く)では、章の冒頭に銀河百科事典からの引用が置かれています。
 実は次巻『ファウンデーションへの序曲』では銀河百科事典の「ロボット」の項目が引用されており、そこではロボットが伝説として語られているのみです。なお、発行はファウンデーション紀元で一〇二〇年、〈セルダン・プラン〉では第二銀河帝国が誕生すると予定された時代に相当します。
 ロボットが伝説のままであるということは、ダニールが歴史の表舞台に登場しないらしいことに加え、ギャラクシアが誕生しないことを暗示しています。本書の旅にてガイアはブリスを通じてロボットと接触していますから、ガイアの発展系であるギャラクシアがそれを知らないということはまず考えられません(地球のように、記録を何者かに抹消されたのでない限り)。かつ、ガイア/ギャラクシアは独自の記憶方法を有し、そもそも銀河百科事典を必要としない存在です。
 つまり、ギャラクシアの成立はどこかの時点で阻害もしくは方向転換されて、銀河の支配者とはならない可能性が高いものと思われます。直感能力を持つトレヴァイズが常にギャラクシアに対して嫌悪を覚えていたことを鑑みれば、それほど意外な展開ではありませんね。

 ここから先は無根拠の憶測になってしまいますが(^^;)、最終的に〈銀河帝国興亡史〉の人類が目指すのは、コンピュータとの融合による知覚力の増大なのではないでしょうか。
 本巻及び前巻で、トレヴァイズは重力船ファー・スター号のコンピュータに慣れ親しみ、人馬一体とでも言うべき融合状態を体験します。何にでもケチを付けなければ気がすまないトレヴァイズ君(笑)には珍しく、この状態を非常に好意的に受け止めているようです。
 この形態を推し進めていけば、人間は個性を捨てることなしに進歩可能のように思われます。ロボットのように主体を持ち独立した知性ではなく、人間の記憶や処理能力を増大する補助的な役割をコンピュータに担わせることは、少々強引ですが別の形での「C/Fe文化」とも言えるかもしれません。:-)

 かなり暴走気味の考察ですが、いかがでしたか。同意できない部分もあるかと思いますが、あくまで私個人の見解ということでご容赦ください(^^;)
 アシモフ氏が亡くなられた今、結局のところ正解は誰にも分かりません。しかし、こうして続きに思いを馳せてみるのもファンとしての楽しみ方の一つです。
 皆さんも是非続きを考察してみてください。百人百様の答えがあるはずです。

この記事へのコメント

  • X^2

    ゲイアですが、短編「緑の斑点」のセイブルック星の生命集合が原型になっていませんか?「緑の斑点」がファウンデーションものと同じ世界の話に含まれるかは分からないですが、案外ゲイアはこの惑星から発祥しているのも。そうなると彼らは「人類」とは異なる「異星人」という事になりますね。もちろん「緑の斑点」はかなり古い作品なので、アシモフ自身がこの時点でファウンデーションものとの関連を考えていたかは不明ですが。
    2010年10月30日 18:10
  • Manuke

    そうですね。発想の原点は実際そこにあるのかも。スタンスは違っても、実態はおおよそ同じですし(^^;)
    ただ、作中におけるルーツの設定となると、どちらかと言えば『ネメシス』のエリスロなのではないかと……。『ファウンデーションの誕生』で言及がありますから、こちらは一応正史に含まれるようです。
    2010年10月31日 01:14
  • nyam

    こんにちは、かなり遅れましたが、レヴュー300本おめでとうございます。

    >かなり暴走気味の考察ですが、いかがでしたか。

    実はわたしの予想とよく似ていて驚いています。では、わたしの妄想をば...(笑)。

    1 人類は第2ファウンデーションの指導の下、再び銀河帝国を設立。しかし内部の「非人類」のために社会は活性を保つ。
    2 ロボットは周辺部へと広がり、異星人を次々と絶滅させていく(予防戦争)。
    3 ガイアは非人類およびロボットと融合。新たな心理歴史学を作り、全てを操る(3法則からのロボットの解放)。
    4 ロボットは他の銀河に人類より強力な異星人を発見。運命をかけた決戦が行われる(第二帝国の興亡)。

    なんにせよ人類に奉仕したロボットに最後は幸福な結末がまっているように希望します。
     
    2010年11月13日 07:34
  • Manuke

    おお、nyamさんの予想はダイナミックですね。
    ロボットに幸せな未来が訪れて欲しいのは同意ですが、ダニール個人には波乱に満ちた人生(?)が待っていそうな気がします(^^;)
    2010年11月14日 01:24
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