暗黒星通過!

[題名]:暗黒星通過!
[作者]:ジョン・W・キャンベル


 ジョン・W・キャンベル氏と言えば、主にSF雑誌の名編集長として知られる方です。
 一九三〇年代後半に〈アスタウンディング〉誌の舵取りをするようになると、氏は作家さん達に科学と小説の両立を要求するという大鉈を振るいました。この結果として、SF黄金時代が到来することになる訳です。
 何しろキャンベル氏が育てたSF作家には、アシモフ氏/ハインライン氏/クラーク氏のSF御三家を始めとして、ヴァン・ヴォクト氏、スタージョン氏等、名だたる重鎮が勢揃いです。キャンベル氏なくしてSFというジャンルの成熟は成し遂げられなかったと言っても過言ではないでしょう。
 一方、編集者となる前には、キャンベル氏ご自身がスペースオペラ作家として活躍されていたそうです。本書には、氏の執筆された中でも人気のシリーズ、〈アーコット・モーリー・アンド・ウェード〉("Arcot, Morey and Wade")に属する中編三つが納められています。

 時は二一二六年、サンフランシスコ上空では異常事態が発生していました。乗客三千人と九十万ドルの有価証券を乗せた巨大旅客機が、自動救難信号を発しながら旋回を始めたのです。
 非常パイロットが旅客機に乗り込んで空港へ着陸させた後、恐るべきことが判明します。乗員乗客全員は既に息をしておらず、証券の入っていた金庫はもぬけの殻でした。
 更に驚いたことに、そこには空中海賊の名で書き置きが残されていました。曰く――乗客達は死んでおらず蘇生措置を施せば息を吹き返すこと、そして持ち去る証券の代わりに空中海賊株式会社の株券を置いていくこと(^^;)
 指示通りに注射を打つと、海賊の言うとおり全員が生き返りました。その上、眠らされた人々のうち癌とハンセン氏病を患っていた者は症状が全快するというおまけ付きで。
 その後も度々空中海賊による犯行は続きました。そして、癌の治癒を当て込み、海賊に提供する治療費を持参してツアーを組む癌患者まで出てくる始末です。
 弱り果てた大陸横断航空会社の社長アーサー・モーリーは、息子ロバートの親友にして世界最高の物理学者リチャード・アーコットに海賊退治を依頼することにしました。
 アーコットは一度海賊の襲撃を実体験してみた後、たちまちその手口を見破ります。海賊は体を見えなくする雲隠れ装置("invisibility apparatus")を使って飛行中の旅客機へ密かに接近し、いかなる物質も透過してしまうガスで乗客の気を失わせてから機に乗り移っているのだと。
 それは相当な天才の仕業でした。しかし、天才ならば我らがアーコット君の方が上です(何しろ世界最高ですから(笑))。アーコットは海賊の手段を無効化する方法を編み出し、その上で世紀の大発明を成し遂げたのです。
 その発明とは……。

 本作の注目ガジェットは、分子運動方向制御装置("molecular motion director")です。
 リチャード・アーコットは空中海賊事件の解決にあたり、従来にはない超強力なエンジンを開発することになります。その装置は、簡単に言ってしまうと空気の熱運動の方向を揃えて運動エネルギーとして取り出そうという、マックスウェルの悪魔もびっくりの超発明です。
 ご承知の通り、空気を構成する酸素・窒素などの分子は各々ランダムな熱運動を行っています。もし仮に装置周囲のガスの分子運動を一つの方向に揃えることができれば、装置は空気に押されて運動エネルギーを獲得可能、という訳です。熱エネルギーから直接運動エネルギーを取り出すという、夢の第二種永久機関の完成ですね――そんなことができれば、の話ですが。:-)
 作中では原理に関する説明は一切ないに等しいのですけど、リチャード・アーコットの父で物理学者のロバート・アーコットがこの技術の核心部分を〈イカサマ・サイコロ〉と呼んでいる下りがあります。量子不確定性の確率を操作するような装置なのかもしれませんね。(考察するだけ無駄のような気もしますが(^^;))
 分子運動方向制御装置はまず、空中海賊を追いかけるための航空機の駆動装置として実用化されます。この航空機は燃料を積載する必要なく、大気の熱を奪って飛び続けることができます。また、作動に当たって周囲の熱を奪うことから、冷却装置としても利用可能です。更にその後、遠くの対象物に対して装置を作動させ、破壊兵器に用いる方法も開発されることになります。

 物語は『空中海賊株式会社』/『宇宙船ソラライト号』/『暗黒星通過!』の三部構成で、次第にスケールが大きくなっていきます。
 主要な登場人物としては、世界最高の物理学者リチャード・アーコット、親友で第一級の数学者かつ大陸横断航空会社社長の息子ロバート・モーリーの二人に、第一部で敵だった空中海賊ウェードが仲間に加わります。三人の名前がそのままシリーズ名になっているという訳ですね。
 とは言うものの、実際には本作の主役はこの三人ではなく、分子運動方向制御装置や雲隠れ装置を始めとする数々のガジェットのようです。どのキャラクタも書き割り的で、内面は掘り下げられません。唯一、(登場シーンはほとんどないものの)空中海賊時代のウェードのみ個性的と言えるかもしれませんが、そんな彼も精神治療(洗脳?)を経てからは大人しくなってしまいます。作中に女性が一切登場しないのも興味深い点でしょうか。
 キャンベル氏はスペースオペラの大家E・E・スミス氏に感化されてSFを書くようになったとのことで、本作にはかなり『宇宙のスカイラーク』との類似点が見いだせます(特に『宇宙船ソラライト号』の建造シーンや金星人の諍いに干渉する辺り)。ただ、キャラクタに関しては〈スカーラーク・シリーズ〉の方が遥かに魅力的です。
 個人的には、ウェードを安易に仲間にしてしまったのが残念に感じる部分で、手強いライバルとしてもう少し活用できたのではないでしょうか。(いずれにしても、デュケーヌ様にはかないませんが(^^;))

 登場するスーパーテクノロジーは架空のものが多いですし、宇宙船の加速や無重量状態の描写にはいささか科学的に怪しい部分も含まれますけど、本書の未来予測部分は決して捨てたものではありません。
 例えば冒頭に登場する巨大旅客機ですが、第一部が執筆された一九三〇年にはまだこのようなものは存在しません(三千人も乗せられるのは今でもないですね(^^;))。当時、飛行機は未だ危険かつ高価な乗り物で、一般人の手が届くものではなかったようです。そうした時代において、「金属製の旅客機中で、大勢の一般客が退屈しながら旅の終わりを待っている」などという光景は、荒唐無稽な空想の中――すなわち本書のような――にしか存在しなかったものです。
 今の視点で見てしまうと当たり前だったり時代遅れだったりする場面の中にも、当時としては尖った予測がかなり含まれている訳ですね。作品そのものの価値は少々減じてしまってはいるものの、未来予測のうちどれが実現し、どれが実現しなかったのかを見定めながら読み進めると、なかなか楽しめるのではないでしょうか。

この記事へのコメント

  • X^2

    この作品って「暗黒星通過」の部分だけがジュブナイル化されてませんでしたっけ?恐らく子供時代にそれだけを読んでいて、他の部分は結局読んだ事がないような気がします。地球の側ではなく、侵略者側の視点から書かれているのが印象的だったような記憶があるのですが・・・。
    2010年10月09日 00:33
  • Manuke

    翻訳作品集成さんのリストによると、野田大元帥がジュブナイル版も手がけられているようです。

    http://homepage1.nifty.com/ta/sfc/campbell.htm

    私も含む多くの日本のSFファンが、野田氏を初めとする先人の方々にSFの楽しさを教えていただいた訳で、頭が下がるばかりです。

    お話はおっしゃるとおり、侵略者ニグラ人側の視点がアクセントになっていますね。高度な文明を持つ種族にも拘わらず、あっさりアーコット達に撃退されてしまうのはどうかと思いますが(^^;)
    2010年10月10日 00:40

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