スターメイカー

[題名]:スターメイカー
[作者]:オラフ・ステープルドン


 哲学者にして小説家オラフ・ステープルドン氏による、絶句するほどの壮大な鳥瞰視点で宇宙と生命を描いたSFです。
 初出は一九三七年、SFが成立してから半世紀近くが経ってはいるものの、まだまだジャンルとしては未成熟な頃です。そこへステープルドン氏が哲学的・科学的に途方もないスケールのヴィジョンを持ち込み、後のSF作品に多大な影響を及ぼすことになります。もしかしたら、本書なくしてSF黄金時代は到来し得なかったかもしれませんね。
 ストーリーの筋は単純で、霊魂的存在となった一人の男性が段階を踏みつつ宇宙の神秘を垣間見ていく、というお話です。一般的な意味でのエンターテイメント性は皆無に等しく、実のところ宇宙及び生命の存在に対するステープルドン氏のヴィジョンを綴っただけの、れっきとした物語とは主張しづらい作品ですね。:-)
 しかし、これは本書が面白くないという意味ではありません。徹底的に、残酷とまで感じてしまう程の冷厳さをもって描かれる世界の姿は、その圧倒的なスケール故に感動を覚えずにはいられません。

 ある夜、生の苦さを感じて丘へ登った「わたし」(名前不明、イギリス人の既婚男性)は、そこで想像の翼を広げて宇宙へ飛び立つ様を心に描きました。そのヴィジョンは非常に精緻でしたが、程なくして「わたし」は自分の肉体が認識できなくなったこと、そして元の体に戻れなくなっていることに気付きました。いつの間にか、それは単なる空想ではなくなっていたのです。
 戸惑う当人をよそに、霊的存在となった「わたし」の視点は太陽系を脱し、ついには故郷の地球がどこにあったのかも分からなくなってしまいます。星々の間を光速度を超える速さで移動した「わたし」は、やがて時間と空間を超えて地球に良く似た惑星〈別地球〉("the Other Earth")へと辿り着きました。
 〈別地球〉上では、やはり地球人に似た知的生命体〈別地球人〉が文明を勃興していました。その中の一人、哲学者ブヴァルトゥとテレパシーによる接触に成功した「わたし」は、彼の心の中に住まわせてもらいながらしばしの間〈別地球人〉を観察することにします。
 生態的差異から地球人とは似て非なる文化を発達させた〈別地球人〉は、しかし「わたし」の来訪から程なく滅びの運命にありました。宿主ブヴァルトゥが霊的な星間飛行能力を獲得した後、二人は連れ立って宇宙へと旅立つことになります。
 地球人類と類似した種族世界から、次第に全く異なる形態の異星種族世界へと渡り歩きながら、「わたし」とブヴァルトゥは霊的な仲間を増やしていきます。個性を保ちつつ、総体としても一つの知性である精神共棲体となった「わたしたち」は、探索者として見聞を広めていくのです。
 各種の生命形態から進化した多種多様な知性、宇宙へ進出し始めた世界同士の衝突と暴力、そして星を超えた諸世界共棲体の誕生――。様々な存在の形と接触し、ときには干渉しつつも、「わたしたち」は基本的に部外者として観察を行い続けます。
 あらゆる知性が至高の存在を目指しながら、その多くに死と破壊がもたらされていきました。宇宙の創造者たる全知全能の〈スターメイカー〉は、何を思いこれほどの苦痛をもたらすのか――それを知るために、精神共棲体は宇宙の階層構造を上へと辿っていくのです。そして……。

 本書の注目ガジェットは、宇宙に遍在する多様な知的生命です。
 主人公たる「わたし」が最初に接触する〈別地球人〉("the Other Men")は、全身が緑色の羽毛に覆われている他は概ね地球人類に類似した二足歩行種族です。但し、地球人と比較して視覚・聴覚は劣っており、その代わりに味覚が鋭敏に発達しています。この人類にとって異民族は「不味い味」と認識されることから人種差別が絶えず、様々な不幸を招く原因となっているようです。
 ストーリーが進むにつれ、生命の有り様は地球人から乖離していきます(数が多いので一部のみの簡単な紹介になってしまいますが)。
 集団主義と利己主義の価値観が逆転した(利己主義が尊いとされる)、ヒトデ型の棘皮人類("the Human Echinoderms")。ある特殊な事情により二つの階級が存在することとなった、帆船そっくりの海洋性種族・船人類("the living ships")。甲殻人類("the arachnoids")と魚人類("the ichthyoids")の二つの知性体が奇妙な共生関係を築いている、共棲人類("the dual race")。知性のない飛行生物の集団が知的群体を形成する鳥‐雲人類("the bird-clouds")、等々……。
 中盤に入ると、これらの種族のうち幸運にも破滅を免れたものは、惑星全体がテレパシーにより一つの存在に融合した世界精神へと進化していきます。しかし、次の段階でそれらの覚醒世界が宇宙進出を果たしたとき、今度は諸世界同士の諍いが始まっていくのです。
 ネタバレに繋がってしまいますから詳細は伏せますが、後半から終盤では更に異様な生命形態が読者の前に提示されていきます。ステープルドン氏のイマジネーションはひたすら驚かされるばかりです。

 さて、執筆された時代が時代だけに、本書にはかなりダイレクトなメッセージが込められています。一九三七年と言えば、程なくして第二次世界大戦が勃発するという時期ですね。ステープルドン氏は迫り来る暴力の連鎖を予期し、戦いを起こすだろうどちらの陣営に対しても釘を刺しています。
 本書に登場する異星知性体は人間を戯画化したような部分を持ち、我々の目からすると無意味な争いを起こしています。例えば〈別地球〉では、「味」のラジオ放送技術の確立で民衆の洗脳が進んだ結果、ナショナリズムが激化して文明が崩壊し、惑星規模の自然災害に抗うことができずに滅んでいきます。
 また、途方もないスケール感もここに大きく寄与していますね。本書を読み終えて地球へ「帰還(^^;)」したとき、周囲の物事が取るに足らないことのように思えてしまいますから。:-)
 残念なことに、本書が当時の世界情勢に大きな影響を与えた節はなさそうです。けれどもSFというジャンルに対して『スターメイカー』は多大な影響を及ぼし、その壮大なヴィジョンは多くの作品に受け継がれることになります。
 SFからもう少し科学寄りの方面にもその影響があったようです。一つの恒星を殻で覆い尽くし、その全エネルギーを余すところなく使い切ろうとする――SFにもしばしば登場する惑星文明の究極形態・ダイソン球殻ですが、提唱者である宇宙物理学者フリーマン・ダイソン氏は着想のオリジナルが『スターメイカー』であることを明言されています。

 一方、個人的にはですが、やや西欧的価値観に引きずられているような印象を受ける部分もありました。前述のメッセージ性を差し引いても、出自の異なる様々な知的生命が同一の究極目標(個の集約と造物主への帰依)を抱いていること、相対的な価値観から切り離された「善」と「悪」を肯定していること等の影響で、環境やスケールが異なるのにシチュエーションが似通ってしまっている部分が少々あります。せっかくの異質な生命体なのですから、もう少し多元的な価値観があった方が盛り上がるのではないかと思うのですが……。
 とは言うものの、この辺りは読者の受け止め方次第ですね。加えて、究極の創造主である〈スターメイカー〉は現実の宗教における神とは違う異質な存在です。そもそも、本書は物語性を追求した作品でもありませんし(^^;)

 非常に希有壮大なお話ではありますが、残念ながら万人にお勧めできる書ではありません。
 なにしろ、多少なりとも個性付けされた登場人物は、「わたし」とブヴァルトゥの二人だけです。しかも、ブヴァルトゥは序盤にしか名前が出ず(同行はしているようですけど)、語り手の「わたし」も極めて没個性な存在です。(〈スターメイカー〉は「人物」とは言いがたいですし(^^;))
 ストーリーはとにかく超々俯瞰視点で進行、様々な知性の発生と滅亡を文字通り「神の視点」で体験することになります。終盤では我々の住む宇宙とは異なる性質のコスモスが多数登場し、想像力が要求されます。〈スターメイカー〉の表現もかなり観念的です。また、いささか古びてしまっているものの(惑星の形成方法とか)、天文学的な知識も要求されます。
 しかしながら、実はある意味非常に高いエンターテイメント性を持つ作品でもあります。綴られる多岐多様な生命形態・宇宙を脳裏に浮かべていると、次は果たしてどんなものが提示されるのか胸を躍らせることになるはずです。そして、ステープルドン氏はその期待を裏切りません。
 無数のセンス・オブ・ワンダーが凝縮された、不朽の名作です。

この記事へのコメント

  • X^2

    この作品と「最後にして最初の人類」は、第二次大戦以前に書かれたのが信じられないような、驚くべきスケールと想像力によって、読む者を圧倒する作品です。ただやや奇妙に感じるのが、スペースオペラものでの手軽さとは全く逆に、宇宙旅行特に恒星間移動が極めて困難であり、極度に進化した種族しか成し遂げられない大事業として描かれている点です。もっとも現在の宇宙開発の状況を見ていると、むしろその方が現実に近いのかもしれませんが。
    2010年10月03日 00:03
  • Manuke

    序盤の、地球を離れる辺りの表現も素晴らしいですよね。ステープルドン氏のイマジネーションには本当に脱帽することしきりです。

    一九三〇年代というと、スペースオペラ華やかなりし時代でしょうか。
    当時のSF作品(今も?(^^;))は実にあっさりと広大な宇宙空間を超えてしまいますけど、ステープルドン氏こそが本当の意味で「宇宙の広大さ」を理解できていたのかも。
    2010年10月04日 00:16

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