ソラリスの陽のもとに

[題名]:ソラリスの陽のもとに
[作者]:スタニスワフ・レム


 SF作品にはしばしば、地球外生命体が登場します。
 中でも知的生命体(異星人)の外観・生態・文化がどう描かれるかは、SF小説を読み進める上での楽しみと言ってもいいでしょう。作家さんは読者の期待に応えるべく、恐ろしい外観や奇妙な能力、風変わりな生活習慣を考え出し、その結果多種多様なエイリアン達が生み出されてきました。
 しかしながらそのメンタル部分にのみ注目すると、SF作品の異星人達はあまりバリエーションがあるとは言えません。つまり、SFに登場する異星人の大多数が、人間そっくりの考え方をするのです。時に意思疎通不可能なものと扱われることはあっても、行動自体は大抵理解可能です。
(作家も読者も人間ですから、ある意味仕方のないことですが……(^^;))
 けれども、本当のところはどうなのでしょう。仮に将来、人類が他の知的生命と接触することがあったとしたら、相手と意思疎通を図ることは常に可能なのでしょうか。本書はその部分に一石を投じる、異生物テーマの傑作です。
 惑星ソラリスに存在する、生きている海。全く異質な存在であるその知性との接触に若き心理学者ケルビンは翻弄され、苦悩するのです。

 二重星の周りを回る惑星ソラリスは、奇妙な星でした。
 原形質でできたソラリスの海は、ただの液体ではなく、生命を持っていたのです。けれどもその生命は、知性を持っていることを伺わせるにも関わらず、人間に一切の反応を示しません。
 ソラリス発見以降、様々な識者達がてんでに独自の「ソラリス論」を唱え、海の行動を説明しようとしますが、その謎が明かされることはありません。ソラリスの海は沈黙を続け、やがて人々は関心を失ってしまいます。
 そうした中、惑星ソラリス上に常設されたステーションに心理学者の青年ケルビンがやってきます。しかし、彼が到着したとき、ソラリス・ステーションは異様な雰囲気に包まれていました。
 ステーションに逗留しているはずの三人のうち、ギバリャンはケルビンが到着する直前に死亡、サルトリウスは自室に閉じこもって出てきません。唯一ケルビンを出迎えたスナウトの態度もおかしく、何かに怯えている様子です。
 困惑するケルビンは、更に異常な事態を目撃します。自分の他には二人の男性(と、一つの死体)しかいないはずのソラリス・ステーションで、黒人女性を見てしまったのでした。残りの二人にケルビンは説明を求めますが、要領を得ません。
 不安に駆られながらとりあえず睡眠を取ったケルビンでしたが、その翌朝目覚めたとき、彼の元を存在するばずのない「客」が訪れることになります。
 そして、悲劇が始まるのでした。

 本作の注目ガジェットは、惑星ソラリスの海です。
 ソラリスの海は赤いゼリー状の原形質でできた巨大な生命体です。海は内部に複雑な構造物を作り上げたり、上空を通過する飛行機の形を真似たりと、絶えず活動を続けています。さらに、時間と空間を操って本来不安定なはずの惑星ソラリスの軌道を安定化させるという、超高度な能力をも有しているようです。
 しかし、人間に対しては反応を示さず、コミュニケーションを取ることができません。
 作中では惑星ソラリスの発見とその調査研究が、ケルビンが回想したり書物を参照したりする形で挿入されていきます。その詳細な内容が、ソラリスの海という異質な存在をよりいっそう浮き彫りにしてくれます。

 本書の重要なテーマである「相互理解の不成立」は、さらに「知性とは何か、人間とはなにか」という普遍的な問いに読者を誘ってくれます。
 ソラリスの海という、人間とあまりにも違う存在と対峙したとき、ケルビンその他の登場人物はそこに何らかの意味を見いだそうとします。それは分類やレッテル貼りにより既存の枠に当てはめようとするものだったり、あるいはその意図するところを探ろうとするものだったりと。
 けれども、あまりに異質過ぎるソラリスの海に対して、それらの試みは無力です。彼等はともすれば、『ソラリスの海』という名の鏡に映った自分自身を観察しているだけのようにも見えます。
 スタニスワフ・レム氏の鋭い切り口によって描き出される本書は、異生物テーマのSFにおける金字塔であり、同時に悲劇としても読者の胸を強く打ちます。二十世紀SFを代表する名作の一つと言っても決して過言ではありません。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    国書刊行会版のソラリスが古本で安く手に入ったので久々に読み返しました。読み終わったら映画が観たくなり、WOWOWで録っておいたリメイク版ソラリスを初めて観たのですがちょっと物足りず、元祖タルコフスキー版ソラリスを渋谷ツタヤに借りに行き、高校以来久々に観返しました。(ストーカーもあったのでついでにそれも借りて初めて観ました)
    レムはこの映画が気にいってないようですが、やはりタルコフスキー版のケルビンの奥さんの美しさが、この映画を異色名作とした理由の一つ、ですよね・・・
    2013年04月07日 00:31
  • Manuke

    『ソラリス』は映画2作とも見てないですね。個人的にはやっぱり海こそ本書の肝だと感じるので……(^^;)
    もっとも、食わず嫌いは良くないですから、いずれ見てみたいとは思います。
    2013年04月09日 01:16
  • kirin

    > 『ソラリス』は映画2作とも見てないですね。

    私もリメイク版は観ていませんが、タルコフスキー版スはお勧めです。
    私は、この映画を観た後に原作も読んだのですが、こちらは(すいません)ほとんど覚えていません。

    > 個人的にはやっぱり海こそ本書の肝だと感じるので…

    この点はどうぞ御心配なく。
    セリフによる説明やステーション内の出来事だけから、「海」の異質さがジワジワくるあたり、
    タルコフスキーさん、うまいです。
    私個人としては、たとえ可能だったとしても、「海」の異質さを直接映像で見せるより、
    このほうがかなり効果的なんじゃないかと思います。
    2013年04月15日 13:01
  • Manuke

    ふむふむ、タルコフスキー版もソラリスの海の異質さを扱っているんですね。
    てっきり人間関係に重きが置かれて、海はほとんど出てこないのかと思ってました(^^;)
    近いうちに視聴してみますね。
    2013年04月17日 00:23
  • むしぱん

    Manukeさんも映画を観ているという前提の(暴走した)書きぶりをしてしまい、すみませんでした。
    私は好きな小説が映像化されたら、どんな出来具合だろうかと気になって観てしまう方なので・・・。でもがっかりすることも確かに多いんですよね。
    でもでも、Kirin氏にフォロー頂いたとおり、タルコフスキー版ソラリスは観て損はないです。
    レム作品では「星からの帰還」も好きなので、タルコフ氏に生前に映像化してほしかったなあと思ってます。
    2013年04月28日 21:17
  • Manuke

    いえいえ、お気になさらず-。
    個人的には、レム作品だと『泰平ヨン』の映像化されたものが見てみたいですね。なんでも、ドイツではTVドラマ版があるとか。
    2013年04月29日 02:28

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