火星人ゴーホーム

[題名]:火星人ゴーホーム
[作者]:フレドリック・ブラウン


 奇才フレドリック・ブラウン氏による、火星人襲来の顛末を描いたハチャメチャSFです(^^;)
 ブラウン氏と言えばウィットに富んだ短編の名手であり、また宇宙に取り憑かれた男の生き様を描いた名作『天の光はすべて星』、凶悪異星人との知恵比べを落ち着いたタッチで綴る『73光年の妖怪』など、その才能は多岐に渡ります。しかしながら、氏の代表作を一つだけ挙げるなら、本書『火星人ゴーホーム』が一番相応しいのではないでしょうか。
 とにかく不愉快極まりない火星人達とそれに翻弄される人々をコミカルに描きつつ、そこに形而上学的なエッセンスを混ぜ合わせることで、非常に切れ味のいい作品に仕上がっています。

 一九六四年三月二十六日、ルーク・デヴァルウは、カリフォーニア州インディオ近くの砂漠中にある丸木小屋で頭を悩ませていました。
 ルークの職業はSF作家で、スランプのために全く筆がはかどらない状態でした。予約金を受け取っている出版社からの矢のような催促に困り果て、友人のカーター・ベンスンに丸木小屋を借りて執筆活動に専念することにしたのです。
 三日間の後、ようやく新たなストーリーのアイディアを掴みかけたその瞬間、丸木小屋のドアを誰かがノックしました。いぶかしんだルークがドアを開けると、そこにいたのは――緑色の小人のような姿の火星人でした。
 火星人は辛辣で皮肉屋、人を怒らせるのが大好きという困った存在で、しかも物理的に触れることができません。さんざんからかわれて疲労困憊したルークは、酒をあおってふて寝をし、翌朝になると街路へ向けて出発しました。自分が精神的におかしくなってしまたのかを確かめるためです。
 しかし、途中で立ち寄った簡易食堂で、ルークは知らされます。前の晩、世界中に無数の火星人が現れて人々をコケにしまくり、社会を大混乱に陥れていたことを。
 総勢十億に達する火星人達に翻弄され続けた地球人達は、老若男女の区別なく誰もが願うようになるのです。「火星人ゴーホーム(家へ帰れ)」と(笑)

 本書の注目ガジェットは、もちろん火星人です。
 火星人の外見は概ねヒューマノイドですが、身長は七十センチメートルから九十センチメートルと小柄です。手足がひょろ長くて胴体は短く、手の指は六本ずつ、肌の色はエメラルド・グリーンです。
 目に見え、写真にも写りますが、まるで幻影のように触れることができません。にも拘らず音声による会話が可能で、その声をマイクで拾いラジオ放送することもできます。
 火星人はクイム("kwim"、動詞として使われます)と呼ばれるテレポーテーション能力を有しており、地球上のどこへでも瞬時に移動可能です。その目は暗視・透視能力を持っているようで、彼らの目からは何物も隠すことができません。
 各々の火星人は名前を持っておらず、地球人に対しては男性を全てマック("Mack")、女性を全てトゥーツ("Toots")という呼び名で済ませてしまいます。これは英語で相手の名前が分からないときの仮の呼び名で、彼らが日本に来たならさしずめ「兄ちゃん/姉ちゃん」でしょうか。
 とにかく性格が悪く、人間を困らせることを至上の喜びと考えているようです(^^;) 彼らの前では軍事機密も、ポーカーの手札も、更には夜の営みまでも秘密を保つことはできず、あらゆるものが暴露され嘲弄の対象とされてしまいます。しかも、火星人には触れることができないため、危害を加えるどころか追い払うことも不可能です。
 その上、運転中の自動車の上に現れて交通事故を起こしたり、逆上した兵士を同士討ちさせたりと、命に関わるような度を超した悪戯もお手の物です。本気でタチの悪い連中ですね。

 火星人は人間社会に大混乱を巻き起こしていきます。
 まず、火星人が邪魔をするせいで映画制作や音楽演奏などが不可能となり、娯楽産業の多くが衰退の憂き目に遭います。自動車運転も危険であるために車が売れなくなり、自動車業界から石油業界、鉄鋼業界までも縮小を強いられます。加えて、彼らは犯罪者に対しても分け隔てなく暴露・嘲笑を行うため、泥棒稼業もやりにくくなるというプラス(?)の面もあるようです。
 逆に、葬儀屋・精神科医・酒類製造者といった業界は、需要が増えて大いに繁盛することになります。もっとも、だからと言って火星人を歓迎するつもりにはなれないようですけど(^^;)
 火星人はこちらからも向こうからも触れることができないので、物理的な危害は実質存在しないのですけど、それでも彼らのせいで社会の仕組みが瓦解してしまうという展開がなかなか興味深いです。

 主人公ルークは、物語中盤でのある出来事をきっかけとし、火星人を認識できなくなります。
 彼の主治医となった精神分析医スナイダー博士によると、ルークは視覚・聴覚に異常がないのにも拘らず、偏執病(パラノイア)により火星人が存在しないものと思い込んでしまうのです。
 例えば、ルークが小説を書こうとタイプライターに向かっているとき、目の前に火星人が割り込んできた途端、彼はそっくりかえって天井をにらみ考え事をする、といった行動を取ります。もし前を向いたままだと、火星人のせいでタイプライターが見えずその存在を認めざるを得なくなるため、無意識に目を逸らしてしまう訳です。
 ところがルークから見ると、自分だけが正常で、世界中の人間が「火星人が存在する」という妄想に陥っているという認識になります。客観的に考えて、緑の火星人などいないと信じるルークの方がまともに見える(笑)という皮肉に加え、ルークのみが火星人に煩わされることなく他の人々より幸福、という点が面白いですね。終盤ではこの部分が更に進展して、非常にウィットの効いた結末へと繋がります。
 なお、本書の結末においてブラウン氏は幾通りにも解釈できる形を取っているのですけれども、これに関して出版主から「正解を提示して欲しい」という依頼があったようで、作者あとがきにて(しぶしぶと)真相が明かされています。構成としては異例ではあるものの、この人を食ったようなハチャメチャ作品にはむしろ相応しいと言えるかもしれません。:-)

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