地球の緑の丘

[題名]:地球の緑の丘
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 本書はハインライン氏の〈未来史〉第二弾に当たる短編集です。
 本書の作品群の舞台は、宇宙開発時代が主となります。D・D・ハリマンが押し進めた月世界旅行がいよいよ軌道に乗り、本格的な月定住、そして太陽系内への進出が行われていく年代です。
 それぞれの作品は独立したお話ですが、それらが合わさると文字通り『歴史』が形作られていくのを感じることができます。ここが本書の見所ですね。

◎宇宙操縦士

 地球-人工衛星ステーション間を往復するロケットの操縦士ジェイク・ペンバートンには、一つの悩みがありました。妻のことに関してです。
 ジェイクの妻フィリスは、彼の職業を快く思っていません。常に危険に晒されており、滅多に家へ帰ることもできないからです。
 その日もまた二人が劇場へ出かけようとした矢先、ジェイクに突発的な仕事が舞い込んできました。彼は妻の機嫌を損ねてしまいます。

◎鎮魂曲

 とある博覧会(サーカスに毛が生えたような規模の)へ、一人の老人が姿を現します。彼はその博覧会にあったロケット遊覧飛行へ参加を申し込みましたが、健康上の理由から許可は下りませんでした。心臓病や骨が脆くなっていることから、ロケットの加速に耐えられないと診断されたのです。
 老人の名はD・D・ハリマン。巨大企業の大株主で、人類の月進出への足がかりを作った男でした。
 ハリマンはその夜、遊覧ロケットの船長と機関士へ極秘に持ちかけます。博覧会の遊覧などではなく、ロケットで彼自身を月へ連れて行って欲しいと。それは違法なことでしたが、ハリマンの熱意に打たれて船長達は引き受けます。
 けれども、その先には困難が待ち受けていました。

◎果てしない監視

 月基地に務めるジョニイ・ダールクィスト中尉はある日、副司令官のタワーズ大佐に呼び出されました。
 大佐はジョニイに、いかに現在の政治が腐敗しているかを説きます。そして、『科学的』に選ばれた人々が権力を握るべきだと訴えたのです。すなわち――それはクーデターの謀略でした。
 月基地には核ミサイルが配備され、地球に狙いを定めています。ここを拠点として核兵器で世界を脅せば、容易に実権を握ることができるとタワーズ大佐は考えたのです。そして、ミサイル将校であるジョニイは大佐の計画に必要な人物でした。
 ジョニイは態度を決めかねる素振りをして大佐の元を辞した後、大急ぎで核ミサイルの格納庫へと向かいます。たった一人、大佐の企てを阻止するために。

◎坐っていてくれ、諸君

 ジャーナリストのジャック・アーノルドは、月で建設中のコロナ観測所へ観光兼取材に向かいました。
 責任者のノールズと作業員のコンスキーに案内され、ジャックは建設予定地まで地下を掘り進んでいるトンネルへ赴きます。ところが、ここで突然何らかのトラブルが発生し、三人は真っ暗闇の中に取り残されてしまいました。しかも、トンネルの接続部には穴が開き、空気がそこから漏れ出していきます。
 幸いにしてコンスキーが着込んでいた宇宙服を詰め物代わりにして穴を塞ぎ、空気の流出は防げました。トンネル内にはまだ空気が残っていて、救援を待つには十分です。
 けれども問題が一つ――トンネル内部の電力線が不通となり、暖房装置が働かなくなってしまったのです。このままでは彼等は凍死を免れられません。

◎月の黒い穴

 ローガン一家は、父親の仕事の都合にかこつけて月旅行に来ていました。父母、少年ディック、その弟(チビスケ)の四人です。
 その途中、彼等は宇宙服を着て月面観光をする機会に恵まれます。当初は幼いチビスケだけ中に残すはずだったのですが、弟が駄々をこねたため、四人全員で参加することになりました。ガイド役の警備隊員は小さな子供を連れて行くのに難色を示しましたが、父親が自分の立場を強権的に利用して、研究所所長の娘用に作られた子供用宇宙服を無理矢理借りてしまったのです。
 月面はディックにとって素晴らしい眺めでした。ところが、ツアーの参加者が景色を堪能している間に、チビスケがどこかへ姿を消してしまいます。
 宇宙服の酸素はそう長くは保ちません。チビスケの命を案じて、一行は大騒ぎになってしまうのでした。

◎帰郷

 マックレイ夫妻は、三年の間暮らしていたルナ・シティを離れることを決心しました。二人は与圧された兎小屋のような月面での不便な生活にすっかり嫌気がさし、地球へ帰りたいと切に願っていたのです。
 地球へ戻るロケットに乗り込み、宇宙酔いに悩まされつつ、どうにかアランとジョゼフィーンの二人は地球へと帰還します。久々に味わう六倍の重力に少しばかりへこたれながらも、彼等は月面では望むべくもない美しい景色、美味しい食べ物、様々なレジャーに思いを馳せて帰郷を喜びました。
 ところが……。

◎犬の散歩も引き受けます

 ジェネラル・サービス社は、ありとあらゆるサービスを提供する会社でした。
 犬の散歩から赤ん坊のしつけ、買い物代行、住居の管理、冥王星探検隊の準備一切など、合法でさえあれば求められるものはなんでもこなすという巨大企業です。(もちろん、相応の代金と引き換えに)
 そんなジェネラル・サービスの元に、あるとき政府高官から大きな依頼が舞い込みます。太陽系に存在する知的生命体の代表者を地球に招き、接待したいと言うのです。
 火星人やタイタン人は弱い重力下で暮らしており、地球の重力は彼等にとって不快でした。それをなんとか軽減させる方法を見つけなければなりません。
 かくして、ジェネラル・サービス社の面々は、その困難な要求に応えるべく東奔西走を始めるのでした。

◎サーチライト

 天才少女ピアニストのエリザベス・バーネス――またの名を“盲目のベッティ”――が、月基地の慰問旅行中に行方不明になってしまいました。
 彼女は宇宙船で基地間を移動している途中であり、船がコースを逸れて墜落したものと推測されます。船に備えられた宇宙服の酸素は六時間しか保たず、仮に生きていたとしてもできるだけ早く彼女を保護しなければならないのです。
 やがて無線により、ベッティとパイロットが無事であったことが判明しました。しかし、パイロットは事故の衝撃で意識を失っており、ベッティは視力を持たないため、遭難地点を彼女の側から知ることができません。

◎宇宙での試練

 ウイリアム・ソンダーズと名乗るその男は、かつて宇宙飛行士でした。しかし、とある事故のせいで彼は二度と宇宙へ行くことができなくなってしまったのです。
 多くの人々が英雄として彼の名を知っていましたが、英雄扱いは彼にとって過去を思い起こさせる重荷でしかありません。自らの名をソンダーズと変え、彼は宇宙とは関わりのない普通の職業に就きました。
 そんなある日、彼は職場の同僚から夕食に招かれます。そしてその夜、一つの出来事が彼に過去との対峙を迫ることになるのです。

◎地球の緑の丘

 盲目の詩人ライスリングの物語です。
 ジェット機関士ライスリングは有能ですが騒がしく無鉄砲であり、詩や歌の創作を嗜んでいる男でした。宇宙船の乗務員を務めたり、酒場で歌を歌って振る舞い酒にありついたりと気ままな日々を送っていました。
 あるとき、破損したジェットエンジンから漏れ出した放射線の影響で、ライスリングは視力を失ってしまいます。けれども彼には何程のこともなく、むしろ盲目となったことがライスリングの感性をより研ぎすますことになりました。
 彼は吟遊詩人として、宇宙船をヒッチハイクしながら太陽系のあちこちを放浪し、様々な詩を詠い上げていきます。

◎帝国の論理

 弁護士のウインゲートは、友人の資産家ジョーンズとともに大酒を飲んで前後不覚になった明くる朝、見知らぬ場所にいるのに気付きます。
 それは金星へ労働者を運ぶ宇宙船の中でした。彼等二人は、わずかなお金と引き換えに自らの身を売り払ってしまったのです――酔っぱらった勢いで(^^;)
 ウインゲートは早速責任者に、自分達は十分な収入がある人間で、これは何かの間違いだと抗議します。しかし、まるで相手にしてもらえません。二人はそのまま、金星へと連れて行かれてしまいます。
 湿気と熱の世界である金星は、ウインゲートにとって悪夢のような場所でした。彼はジョーンズと引き離され、奴隷として使役されることになります。

 ハインライン氏の〈未来史〉に属する作品群の中で最も重要な人物と言えば、不死の男ラザルス・ロングでしょうね。(『メトセラの子ら』等に登場)
 しかし、数多くの中編・短編に影響を及ぼすという意味で、もしかしたらD・D・ハリマンこそが〈未来史〉の主人公と言えるのかもしれません。当人が直接登場する作品は『月を売った男』と『鎮魂曲』の二編だけのようですが、ハリマン社の名前は様々な場所で見かけることになりますから。
 本書収録の『鎮魂曲』は、『月を売った男』の後編(書かれたのは『鎮魂曲』が先)に当たる、非常に感動的な作品です。物語としては独立していますが、ぜひ『月を売った男』とともにお読みください。
 また、『地球の緑の丘』も異色ですが面白い試みがなされていますね。ライスリングは架空の人物ですが、作中で詠まれる詩は清涼感溢れる美しいものとなっています。もちろん、これは実際にはハインライン氏の創作物なわけで、メタフィクション的な楽しみ方があると言えるかもしれません。

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