宇宙零年

[題名]:宇宙零年
[作者]:ジェイムズ・ブリッシュ


 本書はジェイムズ・ブリッシュ氏の代表作、〈宇宙都市シリーズ〉の第一巻に当たります。本シリーズは、超光速駆動装置スピンディジーを使い都市がそのまま宇宙へ飛び出していく未来を描いた、壮大な宇宙史です。
 但し、『宇宙零年』はそのプロローグ的エピソードに相当し、渡り鳥都市はまだ登場しません。地球上の政治的な策謀劇と、木星近辺で行われる巨大構造物〈橋〉にまつわるエピソードが平行して描かれることになります。

 二十一世紀――東西陣営に分かれて互いに争う世界は、そのどちらもが独裁的政治体制の様相を帯びていました。人類は太陽系内に進出できる宇宙技術を有してはいましたが、もはや新たな惑星探検を行おうと考える者もなく、科学の進歩は停滞しています。
 そうした中、ワゴナー米上院議員は木星上に巨大な〈橋〉を建設するという計画を強行します。“平和のために”あるいは“未来のために”と名打たれたその極秘計画の目的を知っている者は議員の中には誰もおらず、その規模から新兵器らしいと推測できるのみでした。
 〈橋〉の建設が進む中、木星第五衛星から遠隔操作のビートル・カーで監視を行う作業主任ロバート・ヘルマスは、次第に自分の行っていることに対して疑念を深めていきます。橋と名付けられてはいるもののどこへも到達せず、暴力的な木星環境の上では無力な存在である〈橋〉の建設は、無意味なことなのではないかと。彼は悪夢にうなされるようになってしまいます。
 一方、ヘルマスの仲間であるペイジ・ラッセル大佐は、休暇で地球を訪れた際、製薬会社のジョン・フィッツナー社で何やら人道にもとる行為が行われていることを知りました。彼は受付嬢のアン・アボットと関わり、次第に陰謀に巻き込まれていくのです。
 その二つのシナリオの裏には、ワゴナー上院議員の影がありました。果たして彼は何を望み、何を成そうとしているのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、〈橋〉及び木星環境です。
 作中における木星表面は摂氏マイナス七十度・百万気圧という極限環境で、時速四万キロメートルの暴風が常時吹いています。この環境において使われている建材は、超高圧で結晶構造が変化した氷です。
 〈橋〉は幅十八キロメートル、高さ四十八キロメートル、長さ八十七キロメートルという超巨大な構造物で、その大部分は氷IVで作られています。現場環境が過酷なことから、建設は主に木星の第五衛星(アマルテア?)からの遠隔操作で行われているようです。
 「氷IV」は架空の物質ではなく、現実に存在するものですね。たとえば、炭素には黒鉛とダイアモンドという全く性質の異なる結晶がありますけど、高圧下では氷にも多くのバリエーションが存在可能な訳です(我々が目にするのは氷Ih)。中でも氷IVは高密度のアモルファス氷を形成しうるとのことですが、準安定かつ簡単には形成できないとのことですから、実際にはあまり建材向きではないのかも(^^;)
 また、現在では木星の大気(気体水素)と海面(液体水素)には明白な境目がないらしいことが判明していますので、本書にあるような固定された建築物を作り上げるのはちょっと難しそうです。

 ジェイムズ・ブリッシュ氏の作風はかなり視点が冷徹、やもすると冷酷に思える場面もあるのですが、本書の末尾では一転して熱い思いが語られています。この落差が強い感動を引き起こしてくれます。
 本作で成された二つの重要な発明により、人類は本格的に宇宙へと進出していくことになります。次巻からはいよいよ、渡り鳥都市の時代が始まります。

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