ジーリー・クロニクル2 真空ダイヤグラム

[題名]:ジーリー・クロニクル2 真空ダイヤグラム
[作者]:スティーヴン・バクスター


※このレビューにはシリーズ全般のネタバレがあります。ご注意ください。

 〈ジーリー・シリーズ〉の連作短編、『ジーリー・クロニクル』の第二巻です。オリジナルの"Vacuum Diagrams"二十一編のうち、後半の九編が収められています。
 人類と宇宙の関わりを地球人ジャック・ラウールに提示する形で綴られてきた物語は、前巻末尾で彼自身の関ったエピソードに辿り着いています。そして本巻では、ジャックから見て未来の時代へと突入することになる訳です。
 注目すべき点として、〈ジーリー・シリーズ〉で重要な役割を担うあるキャラクタの名前、及び彼に関する出来事について、本書と他の作品で食い違いが生じている部分が挙げられます。この齟齬が何に起因するものなのかは明かされませんが、そこが逆に読者の想像力をかき立ててくれます。

◇第四部:人類、同化の時代

 二度の異星人による支配を経験後、地球人類は以後決して他種族に征服されることのないよう、接触した異星文化を同化もしくは破壊するという形で勢力を広げていくことになります。

◎ゲーデルのヒマワリ

 黒色矮星の周囲を囲む、一辺が千五百万キロメートルもあるフラクタル構造の正四面体。人類はそれを〈雪片〉と名付けました。
 警察官であるカプールは、軍人のメイスと共に小型ヨットへ乗り、〈雪片〉へ接近を図ります。カプールの任務は、百四十億年の昔に作られた〈雪片〉を調査して理解し、人類の文明に〈同化〉することです。不可能であれば、その情報がジーリーの手に渡らないよう破壊せねばなりません。
 インプラントされた〈目〉を通じ、〈雪片〉の細部を観察するカプールは、それが十の六十乗もの膨大なデータを保持していることをメイスから教えられます。そして、中でも中核をなすヒマワリのような構造が、ゲーデルの不完全性定理を表現しているらしいことを。
 そのように虚無的な定理を中心哲学とする〈雪片〉の創造主スノウマンは、どのような者達なのか――それを知る為に、カプールは対話を試みることにします。

◎真空ダイヤグラム

 超越種族ジーリーの創造物、立方体状の惑星〈角砂糖〉。一部の人間達はそこでジーリーとの共存を図ろうとし、別の者達はそれを人類に対する脅威と見なしていました。しかし、ジーリーは人間を無視し続け、〈角砂糖〉が何なのかすら判明していません。
 あるとき、その表面に作られたコロニー〈角砂糖シティ〉の外れで記憶喪失の青年が発見されます。ポールと名付けられた青年は、その場にいるはずのない正体不明の存在でしたが、量子力学的知覚力という特殊な力を有していました。
 武力行使を望む海軍中佐グリーンは、ポールの能力を使って難攻不落の〈角砂糖〉内部を調べようと考えていました。一方、共存派のタフト博士はポールの存在を疎ましく感じています。
 二人に連れられ〈角砂糖〉の辺である〈稜線〉までやって来たポールは、自分に備わった特殊な力で〈角砂糖〉内部を垣間見ることになります。それはアンチ・ジーリーによって守護されたタイム・シップ、壮大な真空ダイヤグラムの物語だったのです。そして……。

◇第五部:人類対ジーリー、最終闘争の時代

 同化を続けた地球人類は、遂にジーリーに次ぐ位置にまで上り詰めます。上位ながらも全く手の届かない相手ではなくなったジーリーに対し、人類は敵意を抱き、戦いを挑むことになります。

◎密航者

 〈ベルト〉の上で働く少年リースは、教育を受けていない坑夫の身にありながら聡明でした。彼は一つの疑念を抱いていたのです――この〈星雲〉が死にかけているのではないかと。
 それを確かめる為に、リースは交易にやってきた木の中に潜り込み、文明の中心たる〈筏〉まで密航しようとするのですが……。
(『天の筏』序盤の抜粋)

◎天の勝利

 ホーリズム・アーク号は、一万ものスプライン船からなる賞賛/航行団(エグザルテーション)の中の一隻です。この巨大艦隊は、自分達が信奉する〈全一〉の教えを宇宙に広め、平和をもたらす為に宇宙を旅していました。
 人類が戦争を仕掛けた〈ボールダーのリング〉周辺で、ホーリズム・アーク号に属する新米伝道師ロディは伝道/任務降下("mission drop")を行います。攻撃の為に彼の地へ移動させられた地球の衛星・月の上で暮らす人々、そして中性子星周縁部の海で魚のような姿に変じて生き延びた人々。しかし、いずれも伝道は果たせませんでした。
 彼らとの接触時に、ロディはそれぞれ詩歌の断片を入手します。その詩句が一つになったとき――〈全一〉に秘められた恐るべき目的が明らかになるのです。

◎ヒーロー

 中性子星のエアの中で生きる少女テアは、危険な捕食生物エイに食べられかけたところをヒーローに助けられます。
 ヒーローとは、コア戦争より前の時代に作られたコアスタッフのスーツを着た超人のことで、半ば伝説的な存在でした。その銀色のスーツの力で空中を自在に飛び、怪力を振るうことができます。
 しかしながら、スーツを脱いだヒーローはただの年老いた男でした。傍若無人に振る舞う彼に対し、テアは次第に嫌悪を抱くようになります。
 そしてある日、眠っているヒーローを見かけたテアは、彼のスーツを盗んでしまおうと思い付くのですが……。
(『フラックス』と同一の世界。少し前の時代に当たるようです)

◇第六部:ジーリー、他宇宙への飛翔

 〈ボールダーのリング〉が完成し、ジーリーは他の宇宙へと脱出していきます。永きにわたって繰り広げられたジーリーとフォティーノ・バードの戦いは、ここで終焉を迎えます。

◎秘史

 ジーリーの脱出を見届けた後、アンチ・ジーリーは最後の仕事に取りかかり、それを終えました。そして、満足したアンチ・ジーリーは消滅の間際、気まぐれに彼を作り出したのです。
 アンチ・ジーリーが消え去った後、かつて人間だった彼は孤独と絶望、そして怒りを覚えます。
 そして長い年月が経った後、彼は宇宙が酷く老化していることに関心を抱くようになりました。何故これほど星々が年老いて見えるのか――それを探るうちに、彼は宇宙に秘められた壮大な歴史を知ることになるのです。

◇第七部:フォティーノ・バードの最終勝利

 ジーリーが去り、フォティーノ・バードが宇宙の支配権を手に入れます。星々が急激に寒冷化し、あらゆるバリオン生命が死に絶えていく中、地球に生き残った人類の末裔に焦点が当てられます。

◎〈殻〉

 想像力の強い少女アレルは、空を覆う〈殻〉のことを不思議に思っていました。あるとき彼女は、空から鳥が落ちてきたのを発見し、〈はざま〉を超えて〈殻〉からやってきたのに違いないと理解します。
 しかし、村の誰もそんなことに興味を持ちませんでした。特にアレルの母親ボイドは、夢想してばかりの娘を手酷く叱咤します。世界が次第に寒冷化していく中、アタッド河にかかる〈橋〉を渡らなければ村が氷河に飲み込まれてしまうのです。しかし、〈橋〉の向こう側にいる野蛮人達は村人の侵入を許そうとしません。
 〈橋〉の襲撃が失敗に終わった後、ボイドは気球の模型制作にうつつを抜かしていたアレルの首根っこを捕まえ、雪に埋もれた北の集落跡へ向かいました。そこでアレルは、人類とジーリーの歴史を綴った動く絵を見せられるのです。

◎八番目の部屋

 アレルの孫ティールは、〈はざま〉に浮かぶ太陽が消えかけていることを憂いていました。このままではやがて、世界は冷えきって雪に閉ざされてしまいます。
 なんとか太陽を修理できないものかと、気球でそれに近づいてみるティール。けれども目的は果たせず、ティールは墜落してしまいました。重傷を負った彼の姿に身重の妻アーワルは嘆き悲しみ、兄デイムンは侮蔑の表情を向けます。
 ただ一人、祖母のアレルだけはティールの成そうとしたことを理解し、そして彼に教えるのです。この世界の外に通じる出口、〈八つの部屋〉のことを。

◎バリオンの支配者たち

 アーワルの暮らす村は、寒冷のせいで滅びに瀕していました。
 彼女の元夫ティールはかつて〈八つの部屋〉の捜索に旅立ち、それを発見して村へ帰還したものの、人々はそれを受け入れようとはしませんでした。ティールは、あとに続く者達に目印を残しておくと言い残し、その場所へと戻ってしまっています。
 ようやく春が訪れたものの、冬の間の凍死者は二十二名、残りの村人は百名足らずです。アーワルはこの現状を見て、村を捨ててティールの言った〈八つの部屋〉を探すことを決意するのです。
 アーワルに同意した総勢三十七人の村人達は、決死の思いで〈八つの部屋〉へと辿り着きました。そこでアーワルが見たものは――星々の世界へ旅立つための船でした。

◎エピローグ・イヴ

 人類の宇宙進出黎明期から、宇宙が終焉を迎える未来までの様々な物語を提示されたジャック・ラウール。
 そしてシルヴァー・ゴーストはジャックに対し、自分達がクォグマを使って行おうとしている実験の意味を教えます。それは、今まさに宇宙を改造しようとしているバリオン世界の脅威的存在、フォティーノ・バードに関するものだったのです。
 ところが……。

 お勧めはやはり、表題作となる『真空ダイヤグラム』です。シリーズの根幹に関る「存在の環」が示される他、アンチ・ジーリー("the anti-Xeelee"/ジーリーに敵対するという意味ではなく、反物質:"antimatter"のようにジーリーと対をなす存在)の歴史における役割が明らかにされます。
 また、『フラックス』の中性子星内世界を舞台としながら何故かアメコミ・ヒーローのようなテイスト(笑)の『ヒーロー』も、ちょっと異色ながら面白いですね。

 冒頭で述べた通り、本書では作中で重要な役割を担う某キャラクタの名前が他のお話とは微妙に異なっており、その行動も食い違いを見せています。そこに込められた意味は、今のところバクスター氏からは明示されていないようです。
 単に「先に書いたお話と整合性が取れなくなった」というのを除けば(^^;)、その理由として一番納得しやすいのは、前巻とは異なり本巻のエピソードが(ジャック・ラウールから見て)未来であることですね。これらの物語はあくまで未来予測であり、実際の歴史を正確に読み取れなかった、という解釈になります。
 また、本書の世界は他の作品とはパラレルワールドという可能性もあります。〈ジーリー・シリーズ〉ではたびたび時間旅行が登場しますけど、それらの過去への干渉が歴史の流れを変化させたのかもしれません。これは『秘史』作中にて推測されているものですし、また〈ジーリー・シリーズ〉に含まれないバクスター氏の別作品『タイム・シップ』(H・G・ウェルズ氏の『タイム・マシン』続編)でメインとして扱われている題材でもあります。(私個人としては、〈ジーリー・シリーズ〉世界における時間旅行は一切のタイム・パラドックスを生まないのではないかと考えていますが)
 その他、これは思いつきなのですけど、もしかしたら本巻中の「彼」は他作品の「彼」とは別人なのかもしれません(ジーリーに対するアンチ・ジーリーのような)。もしそうだとすると、『〈殻〉』から始まる地球人類末裔のお話三つは『虚空のリング』と同一の歴史上に存在しうることになりますね。もっとも、年表上はすっきりするものの少々強引な解釈かもしれません。:-)

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