フラックス

[題名]:フラックス
[作者]:スティーヴン・バクスター


 本書は中性子星の中で生きる人間達を描いたハードSFで、バクスター氏の宇宙史〈ジーリー・シリーズ〉に属する物語です。長大な歴史の中でもかなり後期の時代に当たり、数十万年後の未来になるようです。
 作中に登場する人々は中性子星の中へ送り込まれた人類の子孫で、僅か十マイクロメートルの身長しかないミニ人間です。その姿は人間を模しているものの、中性子星の居住環境に合わせて改良された組織や代謝機能、感覚器官を持ちます。
 同じく中性子星の生物を扱ったものに、R・L・フォワード氏の名作ハードSF『竜の卵』がありますが、あちらは中性子星表面(超巨大重力環境)で棲息するのに対し、こちらはその地下にある中性子の超流体内部(浮力によって重力は相殺)という大きな違いがあります。また、『竜の卵』のキャラクタは代謝速度百万倍の異星生物チーラですが、本書の登場人物はあくまで人間であり、時間尺度も我々と同じです。同じ中性子星をメインに据えながらも、舞台の様子がかなり異なるのは面白いですね。

 中性子星〈スター〉の中で暮らすヒューマンビーイング一族は、過去に起きた戦争でテクノロジーを失い未開人のレベルに退行しながらも、過去の知識を口伝で脈々と子孫へ伝え残していました。
 しかし今、そんなヒューマンビーイング達に危機が迫っていました。度重なる巨大なスピン嵐・グリッチのせいで多数の犠牲者を出し、住処としていた円筒形のネットもズタズタに引き裂かれてしまったのです。
 指導者ローグの娘デュラは死亡した父の跡を継ぐと、残されたヒューマンビーイングの命を繋ぐために狩りへ出ることを決意します。一族が飼っていたエア豚の代わりを見つけようと、デュラと彼女の弟ファー、偏屈な長老アーダ、未亡人のフィラスの四人は、地殻を目指してエア(中性子の超流体)の中を上昇していきました。
 やがて猪を発見した彼らでしたが、狩の途中で危機に晒されたファー少年を庇い、アーダは重傷を負ってしまいます。そこへたまたま通りかかったのは、エア豚の引っ張る箱・豚車に乗った天井農園の農夫トーバ・ミクサックスでした。自分を見捨てろと主張するアーダを無視し、デュラはトーバに助けを求めます。そして、フィラスを除く三人はトーバの豚車で南極へと向かうことになりました。
 〈スター〉の南極には、〈コア戦争〉後に復興した都市パーズ・シティがありました。かつてのテクノロジーには到底及ばないものの、そこには新たな文明が芽生えていたのです。
 パーズ・シティの病院で治療を受けることになったアーダ。しかし、その対価を払うためにデュラとファーは、半ば奴隷同然の形で自分達の労働力を売ることになってしまいます。離ればなれになった未開人の姉弟は、都市での暮らしや労働に戸惑いつつも、何とか折り合いを付けて馴染んでいきました。
 けれども、それも束の間、またもグリッチが〈スター〉全土を襲います。そのときデュラは、恐るべきグリッチが頻発するようになったそもそもの原因を目撃します。
 地殻を貫いて中性子星の外から飛来し、スターブレーカー・ビームを量子海へ放射して〈スター〉を危機に陥れようとする宇宙船――それこそは、ヒューマンビーイングの伝承にあった伝説の存在、バリオン世界の王ジーリーだったのです。

 本書の注目ガジェットは、中性子星の中で生きる人間・スターヒューマンです。
 スターヒューマンは、原人(ウア・ヒューマン:オリジナルの地球人のこと)がとある目的のために中性子星内部へ送り込んだ人々です。外形はほぼ人間と同じですが、身長十マイクロメートル、その肉体はほぼ中性子で作られています。栄養源として陽子を必要とし、胃の中で核分裂を発生させてエネルギーを取り出している模様です。
 彼らの暮らす場所は、中性子星の地殻の下に広がる中性子超流体の領域です。頭上には堅い地殻、眼下には量子海が広がり、スターヒューマン達はその中を自在に飛ぶことができます。但し、中性子星には強い磁場が存在することから、磁力線に沿った南北方向への移動は容易、それと直角方向への移動は困難となっています。
 中性子超流体内部では、光子はゆっくりと放散しながら移動するため、光を視力として使うことはできません(光は「におい」として感知)。このため、スターヒューマンは音を視力代わりにしており、人間ならば眼球のある位置にパラボラ状のくぼみが存在します。
 スターヒューマンは人工的に作り出されたものですけれども、その精神構造は地球人と同一のようです。本能までもそのまま受け継いだせいで、空中生活者の彼らは落下の危険性がないにも拘らず、高所では恐怖を覚えるという場面が登場します。

 本書は舞台背景となる中性子星の描写も非常に秀逸です。
 電磁波を放射しながら高速に回転する中性子星はパルサーと呼ばれますが、このパルサーの回転周期が急激に変化することが時折観測されます。これがグリッチと呼ばれる現象です。
 グリッチが起きる原因は、超流動状態の中性子の層に隔てられた外側と内側の球体が異なる速度で回転しているためだと推定されています。つまり中性子星の地殻内には、実際に超流体の中性子で満たされた層があるらしいのです。そこに生物が存在するかは定かではないものの、もし棲息していたとしたらグリッチは作中のように大災害をもたらす存在かもしれませんね。
 他にも、磁場に沿って横たわる渦糸、ジェット屁(^^;)で移動するエア豚等の土着生物、そして中性子星内部の特性を活かして構築されたパーズ・シティや人々の生活と、魅力的な設定が数多く登場します。
 それらに加えて本書は、未開部族の娘デュラの冒険物語、そして弟ファーの成長物語としても面白く、後半では更に〈ジーリー・シリーズ〉の特徴である壮大なバックボーンも明らかにされます。様々な切り口から楽しむことができる、とても贅沢な物語です。

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