時間的無限大

[題名]:時間的無限大
[作者]:スティーヴン・バクスター


 本書『時間的無限大』は、作家スティーヴン・バクスター氏の代表作〈ジーリー・シリーズ〉を構成する作品の一つです。
 〈ジーリー・シリーズ〉は、我々の知る宇宙において最高レベルの地位に到達した超越種族・ジーリー("Xeelee")を核に据えた壮大な宇宙史で、科学考証と驚天動地のスケールを両立させている点が肝です。但し、ジーリーが舞台の表に登場することは基本的になく、様々なエピソードにより間接的に描かれることになります。
 本書の物語は、ワームホール型タイムマシンを巡る異星人征服者クワックスと人類の諍いが主であり、思わず絶句するほどの遠大な結末が控えています。そして同時にメインストーリーの背後からは、バリオン世界の王ジーリーの物語が浮かび上がってくるのです。

 人類が宇宙へ進出してから二千五百年後――地球は異星人からの二度目の征服下にありました。ファーストコンタクトを果たした異星種族・スクウィーム("Squeem")の支配を逃れた後、今度は別の異星種族クワックス("Qax")に征服されてしまったのです。
 そうした中、千五百年前(スクウィームとの接触より前)に太陽系から出発した宇宙船〈コーシー〉号が、太陽系へと帰還します。〈コーシー〉号はワームホールを曳航しており、その旅の目的は過去へと通じるタイムマシンを生み出すことでした。
 クワックスが〈コーシー〉号の出現に動揺していたとき、生きた宇宙船・スプライン艦隊で包囲された地球上から一つの宇宙船が隙を突いて飛び立ち、ワームホールの中へと突入します。〈ウィグナーの友人〉と名乗るその一派は、過去へ戻って歴史を改変し、クワックスの地球支配を終わらせるつもりなのだと目されました。地球総督のクワックスは事態を重く見て、地球人大使のジャソフト・パーツに対応を相談することにします。
 一方、西暦三八二九年の太陽系にて、かつてエキゾチック物質の大家として〈コーシー〉号のインターフェース・プロジェクトを押し進めた男性マイケル・プールは、オールト雲の中で孤独な隠遁生活を送っていました。そこへ、父ハリーのヴァーチャル(人間の人格をコンピュータ上にコピーしたもの)が姿を現し、プロジェクトが完成したことを告げます。そしてインターフェースの向こう、千五百年後から現れた宇宙船からのメッセージをマイケルに伝えたのです。それは〈ウィグナーの友人〉に捕らえられた〈コーシー〉号の乗員、マイケルのかつての恋人ミリアム・バーグから送られたものでした。
 〈ウィグナーの友人〉は果たして何をしようとしているのか。そして彼らに出し抜かれてしまったクワックスはどんな手を打ってくるのか――。マイケル・プールの周囲で物語が動き始めます。

 本書の注目ガジェットは、ワームホールを使ったタイムマシンです。
 ワームホールとは二つの場所を繋ぐ宇宙の抜け穴、いわゆる「どこでもドア」のようなものですね(^^;) 作中ではインターフェースとも呼ばれ、枠がスカイブルー、各面が半透明の銀色をした一対の四面体の形状を取ります。インターフェースの片方の面へ突入すると、もう片方の面から飛び出すといった具合です。枠の部分は負のエネルギーを持つ特殊な物質・エキゾチック物質で作られています。
 ワームホールは通常の状態では、ただ二点間を瞬時に移動するというだけ(それだけでも十分凄いですけど)のものですが、その片方を光速に近い速さで移動させると面白いことが起きます。亜光速で移動した物体には、相対性理論から導かれるウラシマ効果により大きな時間の遅れが生じますので、この場合動かした方の時間だけがあまり経過していないことになります。(作中では、ワームホールを動かした期間は千五百四十七年、経過した時間は百二年)
 ところが、ワームホールの場合は二つに見えるのは見かけ上で、実際には一つのトンネルの入り口と出口に過ぎません。従って、動かした方のワームホールへ突入すると、その向こうは過去の世界、という奇妙な事態が生じます。すなわち、これがタイムマシンになる訳です(動かしていない方から突入すると、未来へも移動可能)。但し、ワームホール型タイムマシンが完成するより前の時間へ行くことはできません。
 なんだか屁理屈のようにも聞こえますが(笑)、このワームホール型タイムマシンは現代の物理学でその原理が肯定されている、数少ない本物のタイムマシンなのです。もちろん、今のところワームホールは発見されていませんし、その維持に不可欠なエキゾチック物質が実在するかも不明なので、実際に作れるかどうかは分かっていません。
 このアイディアですが、元々は地球外知性との接触を描いたカール・セーガン氏作のSF小説『コンタクト』の為に、物理学者キップ・ソーン氏がエキゾチック物質を使ったワームホールを考案したのがきっかけです。その後、ソーン氏はこれがタイムマシンとして使い得ることに思い至ったそうです。SFが物理学の進展に寄与し、それが更に他のSFの種となるという、非常に素敵な循環ですね。

 さて、作品のメインストーリーには関ってこないのですが、本作では〈ジーリー・シリーズ〉において人類が初めて超種族ジーリーの存在を知ることになります。インターフェースを通じてもたらされた未来からの情報により、その超越存在を間接的に教えられる訳です。
 ジーリーはこの宇宙誕生後、最初に進化したバリオン知性体であり、そのテクノロジーは他種族と圧倒的な開きがある超越存在です。彼らは下級種族のことをほとんど異に介さず、謎めいた独自のプロジェクトを推し進めています。そのプロジェクトのうち最大のものが、〈リング〉と呼ばれる超々巨大構造物です(『天の筏』に登場した〈ボールダーの輪〉がこれ)。
 宇宙に棲息する他の知的生命体は、ジーリーの残した遺物をあさり、その技術のおこぼれに預かろうと競い合っています。超光速で移動するハイパードライヴ、破壊不能な建築素材、恒星をも破壊する重力波スターブレーカー・ビーム等々……。そのあまりの技術力の差の為に、下級種族はどれも新たな技術開発を行うことを時間のむだだと考えているほどです(何十億年もの昔にジーリーが開発済みに違いないので)。地球人類はこうした種族間の競争の場へ、新参者として加わることになります。
 まるで神のごとき超然とした存在のジーリーですが、実は彼らにも恐れるものがあるらしいことが本書では少しだけ仄めかされています。ジーリーの不倶戴天の敵、そして〈リング〉の正体は、〈ジーリー・シリーズ〉の別作品『虚空のリング』で明かされます。

 主人公マイケル・プールはシリーズの中でも重要なキャラクタで、本作に限らず他のエピソードでも幾度かその名前、あるいは本人が登場します。
 物語冒頭(三八二九年側)の時点では二百七歳ですが、AS(非老化)テクノロジーのおかげで六十歳の年齢を保っています。父親に対しては鬱屈した感情を抱いており、かつヴァーチャルというものを毛嫌いしているため、ハリーのヴァーチャルへは少々辛辣に振る舞います。落ち着いた聡明さと反抗期の少年のような態度が同居した、変わり者の人物のようです。

 その他、異星知性体として登場するクワックスやスプライン、〈ウィグナーの友人〉の目論見、オーバーテクノロジーを用いた戦闘シーン、そしてラストの展開と、非常に濃密なネタがぎっしりと詰まっています。(やや詰め込み過ぎの感も(^^;))
 傾向としては、ラリイ・ニーヴン氏の〈ノウンスペース・シリーズ〉や、デイヴィッド・ブリン氏の〈知性化シリーズ〉をもう少しハードSF寄りにしたような世界観ですが、両者のあっけらかんとした印象とは少々異なり、閉塞感・寂寥感が強く感じられます。この辺りはやはり、イギリスの作家さんらしい部分ですね。

この記事へのコメント

  • nyam

    こんにちは。
     奇想SFが好きな私ですが、バクスターはあまり読んでません。なんだか文章が苦手で読みにくい感じがします。
     本作は、タイムマシンものの定番であるパラドックスがでてこないかわり、人間原理(?)がでてきて、アッと言わされます。
     「虚空のリング」と続けて、読みたいところですね。
    2010年06月01日 21:22
  • Manuke

    宇宙史の一部ということもあって、設定がごちゃごちゃしているきらいがありますね。私も最初に読んだときは、スクウィームとクワックスという二度の異星人侵略設定などが冗長だと感じました。
    世界観にはまると、そうした相互依存部分が逆に面白いと思えてきたりしますけど(^^;)
    2010年06月03日 00:50
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