変化の風

[題名]:変化の風
[作者]:アイザック・アシモフ


 本書『変化の風』は、巨匠アイザック・アシモフ氏の雑多な作品を収録した短編集です。それぞれの初出は一九五〇年代~一九八〇年代とかなり幅があり、内容もバリエーションに富んでいます。
 例のごとく、各短編の間にはアシモフ氏自らによる作品紹介があり、執筆経緯や裏話を語ってくださいます。この親しみやすい距離感が、アシモフ氏の人気が高い理由の一つかもしれませんね。

◎からさわぎ

 二一一五年。ルナ天文台のジェローム・ヒエロニムス教授は、地球に接近しつつあるブラック・ホールを発見しました。
 そのブラック・ホールが地球に潮汐破壊をもたらす程近くを通ることが分かると、世界の人々は遺言を書き、互いに別れの言葉を呟きあったのですが……。

◎完全にぴったり

 イアン・ブラッドストーンは、コンピュータに近づくことができない状態でした。世界のあらゆるものがコンピュータ化され、それ抜きには衣食住に事欠くような状況にも拘わらず、彼はコンピュータに触れただけで火傷し、キャッシュ・カードのことを考えただけで吐き気に襲われる始末でした。
 しかし、そうした状態になってしまったのは、ブラッドストーン自身に原因があったのです。

◎信念

 物理学者のロジャー・トゥーミイはある晩、空を飛ぶ夢を見ました。そして目を覚ましたとき、彼はベッドの上で本当に浮いている自分を発見したのです(笑)
 理由も原理も分からないまま空中浮揚能力を手に入れたロジャーですが、それは決して好ましいものではありませんでした。彼が飛ぶ様子を見た妻のジェインは仰天し、すっかり怯えてしまいます。また、自分の空中浮揚の原理を解明して欲しいとあちこちの高名な学者へ出した手紙は、馬鹿馬鹿しいとばかりに突っ返されました。
 そうこうするうちに、噂が立ち始めます。ふと気を抜いたときに空中へ浮かんでしまった失敗を目撃され、ロジャーを「空飛ぶプロフェッサー」と呼ぶ者までが現れたのです。

◎あるフォイの死

 事実上不死の異星人フォイの一人が、地球上で死を迎えつつありました。外科医のモード・ブリスコーとチーフ・アシスタントのドウェイン・ジョンソンは、死後に献体してもらえるよう、フォイに働きかけます。
(本書の中でも飛び抜けて駄目過ぎる掌編です(^^;))

◎公正な交換?

 ハーブは時間旅行から帰還すると、そこは病院でした。
 彼の古い友人ジョン・シルヴァが発明した装置は、よく似た人間同士の心を共鳴させるというものでした。それを使えば、過去に存在した人間の心の中へ精神だけを送り込むことができるというのです。
 ギルバート&サリヴァン(十九世紀の有名なオペラ作家コンビ)の熱心な信奉者であるハーブは、その失われた史劇『テスピス』を見たいが為に、一八七一年の誰かの中へ自分を送り込むことを志願します。そして、首尾良く彼は『テスピス』を見ることができたのですが……。

◎鳥たちのために

 服飾デザイナーのチャールズ・モダインは、宇宙ステーションを管理するスペース・ストラクチュア社代表のネオミ・バラノーヴァから依頼を受けました。
 宇宙ステーションは居住者の筋力が衰えないよう、回転による遠心力で地球と同じ一G環境を作り出しています。しかし、回転で生まれる大きなコリオリ力のせいで、ステーションが住み辛い場所になってしまうというジレンマがありました。
 バラノーヴァ達はステーションの回転を弱め、代わりに内部を飛び回る翼をデザインして居住者を運動させることを考えていました。しかし、その為の翼が上手くデザインできず、その改良へモダインが抜擢されることになったのです。
 果たしてモダインは首尾良く依頼を果たせるのでしょうか。

◎見つかった!

 宇宙飛行の管制用に用意された四基のコンピュータ衛星。自給自足型で、五年の間故障知らずだった衛星の一つ、コンピュータ=2にトラブルが発生しました。
 全てのコンピュータ衛星が機能しなくなれば宇宙飛行ができなくなってしまうことから、主人公(わたし:女性修理員)と相棒のジョー(宇宙嫌い)は宇宙船に乗り、コンピュータ=2へと近づきました。
 しかし、その故障の原因は、当初思われていたようなミニ隕石との衝突などではなかったのです。

◎美食の哀しみ

 地球=月のラグランジュ点に位置する宇宙ステーション、ガンマ。ここではプライムと呼ばれる食料の製造が行われていました。〈賞味師〉達が競って新たな味のプライムを生み出しては、それを他の宇宙ステーションや地球へ売っていたのです。
 ガンマは閉鎖的な社会で、多くの人々はステーションの外へは出たがらず、外部の世界にも興味を持とうとしません。しかし、チョウカー家の次男チョウカー・マイナーだけは見聞を広めたいと考えていました。父のチョウカー氏は難色を示しますが、妻が子供を擁護した為にそれを認めることになります。
 そして、〈大旅行(グランド・ツアー)〉を終えてガンマへ戻ったチョウカー・マイナーは、自分の経験を活かし、新たなプライム制作に取りかかるのですが……。

◎ある事情

 主人公(わたし)と彼の弟は、二人である壮大な歴史物語を綴ろうとしていました。弟が口述し、兄はそれを筆記するという役割分担です。
 ところが、弟が百五十億年前の宇宙誕生から始めようとしたところで、兄は筆を止めて文句を付けました。あまりに長すぎて、パピルスがいくらあっても足りないと(^^;)
 そして彼は、弟に対してある助言をするのです。

◎亡びがたき思想

 人類史上初、月をまわって戻ってくる宇宙船の打ち上げを目指したプロジェクト・ディープ・スペース。しかし、無人機の試験は三度とも失敗しました。その結果、プロジェクトに従事する人々は世間の圧力に負け、一足飛びに有人機打ち上げを余儀なくされてしまいます。
 選ばれた二人の宇宙飛行士、ブルース・G・デイヴィス・ジュニアとマーヴィン・オルドベリの乗る宇宙船は、無事打ち上げに成功しました。しかし、月の裏側へと接近していく最中、デイヴィスは不審なことを口にし始めます。

◎発火点

 バリー・ウィンストン・ブロックは非常に見栄えの良い男性でしたが、その頭の中はからっぽでした。彼を担ぎ上げて上院議員に当選させようと目論むアンソニー・マイヤーズですが、彼を知的に見せかけるスピーチが用意できずに難儀していました。
 そこへ、衆愚政治学者のニコラス・ジャンセンが話を持ちかけます。自分の研究に基づいた手法を使えば、聴衆を虜にできると言うのです。
 ジャンセンの用意したスピーチ、それはテンポや声の強弱・高低、スピーチ中に見せる怒りや笑いまでもが事細かにびっしりと書き込まれたものでした。

◎接近中

 あるとき、宇宙からのメッセージが地球へ届きました。シグナルを発するなにかが太陽系内を移動しており、五ヶ月後に地球へやってくるということが判明します。
 しかし、シグナルは完全に意味不明でした。その解読は、地球最高のコンピュータ・マルチヴァク(超巨大電算機)の手にゆだねられることになります。
 マルチヴァクは非常に巨大で複雑な装置で、それを真に理解している人間はいません。(他者に比べれば)比較的マルチヴァクに詳しいジョゼフィン・ダレイと、その夫ブルースは、マルチヴァクと人類を仲介する役目を任命されます。
 二人はマルチヴァク自身の要請に応じ、マルチヴァクの更なる増強を行っていくのですが……。

◎最後の解答

 冠状動脈に異常を抱えたマレー・テンプルトンはある日、発作により命を落としました。ところが、無神論者の彼が驚いたことに、死後もその意識は消えることがなかったのです。
 しかし、そこは天国などではなく、ただ〈声〉が存在するのみで他には何もありませんでした。そして〈声〉はマレーに向かって言います。
 自分は時間を超越した不滅の存在だが、有する知識が無限であるかどうかを知らないと。〈声〉の知らない知識があるかどうかを発見してもらうために、現実に死んだマレーを電磁力の複合体(ネクサス)で模倣したのだと。

◎最後のシャトル

 間もなく、スペース・シャトルの最後のフライトが行われようとしていました。何百年もの間続いてきたシャトルの打ち上げも、今回をもって終わるのです。
 落胆する様子のパイロット、バージニア・ラトナーに対し、テレストリアル・スペース・エイジェンシー社上級役員のロバート・ギルは「なんにでも終わりはあるのさ」と慰めの言葉をかけます。

◎記憶の隙間

 ジョン・ヒースには悩みがありました。それは、自分がどうしようもなく平均的な人間であることでした。
 そんな彼に対し、カンタム製薬の研究者ボリス・カプファとデイヴィッド・アンダースンが話を持ちかけます。彼等は記憶物質の合成に成功し、人間の被験者を捜していたのです。(ジョンに白羽の矢が立ったのは、彼が平均的人間だった為(^^;))
 その措置を受ければ完璧な記憶能力を手に入れることができると聞き、ジョンは乗り気になりました。間もなく彼と結婚予定の恋人スーザン・コリンズは、安全性が疑わしいと難色をあらわにしますが、ジョンの熱意に押し切られてしまいます。
 そして、措置を受けた彼はカプファ達の言葉通り、驚くべき記憶力を手に入れたのですが……。

◎奪うべからず

 紀元前一万五千年の地球を訪れた、異星の恒星船。そこで彼等は、プロト知的種族を発見しました。
 彼等は常に公正な取引をするよう自分達を律しており、一方的な搾取は許されません。原始的な生活を送る半知的種族との取引は成り立たないと船長は考えました。
 しかし、これまで数々の業績を上げてきた探査官は、その未開惑星の住人に奇妙なところがあると述べ、調査を提案します。

◎歌の一夜

 主人公(わたし、名前不明)にはジョージという妙な友人がいました。ジョージは四杯目のスコッチ・ソーダに辿り着いたときだけ、自分が呼び出すことのできる精霊の話をするのです。
 ある夜、頃合いを見計らって主人公が尋ねると、ジョージはアジャゼルという名のちっぽけな精霊にまつわる話を始めました。それは、あるオペラ歌手の女性に振られた男の、ささやかなれど痛烈な復讐物語でした。

◎失われた微笑

※『歌の一夜』と同じ舞台設定です。

 ある日、ジョージと向かい合わせで酒を飲んでいた主人公は、精霊に関する話題を相手に振りました。
 ジョージはそれを受け、ちっぽけな精霊アジャゼルの立てた手柄の話を始めます。それは、ジョージの友人である若い娘ロージー・オーダネルが望んだ、夫ケヴィンの魅力的な微笑を捉えた写真に関するエピソードでした。

◎絶対確実

 三十世紀において、星間航行は時間ばかり食う退屈な仕事でした。そのため、大半のクルー・メンバーは検疫規則を無視し、異星のペットを飼っています。
 ジム・スローンのペットである岩螻のテディは、岩そっくりで、誰もそれが動いているところを見たことがありませんでした。一方、ボブ・ラヴァティの飼う緑色のつる虫・ドリイは、ゆっくりとながらも光に向かって進むという性質があります。
 ある日、スローンはボブ・ラヴァティに競争を持ちかけます。「おれのテディは、あんたのドリイにきっと勝つ」と。

◎地球人鑑別法

※『美食の哀しみ』と同じ背景設定です。

 時は二〇七六年。アメリカ建国三百周年を迎えるこの年、十三の宇宙ステーションからなる〈軌道世界連盟〉は地球からの独立を目指していました。
 しかし、地球の中にはこれに反対する勢力があり、宇宙ステーション・ガンマにて破壊活動を目論んでいるらしいという情報がスパイからもたらされます。残念なことに、スパイは既に消され、その破壊工作員が誰かは不明のままです。
 容疑者は、環境客としてガンマへやってくる五人の軌道世界人(宇宙ステーション居住者のこと)。いずれもVIPであり、あからさまに嫌疑をかけることは外交上好ましくありませんでした。
 そこで、ガンマ衆議院議長ジェイノス・テスレンは観光ガイドのエレーヌ・メトロを呼び、観光案内をしながら五人の中に潜む地球人が誰かを見つけて欲しいと頼みます。数多くの観光客を案内してきた彼女なら、軌道世界人と地球人の違いを見分けられるのではないか、と。
 かくして、ガンマの安全はガイド嬢の両肩にかかることになりました。果たしてエレーヌは、地球の破壊工作員を見抜くことができるのでしょうか。

◎変化の風

 物理学の準教授ジェイナス・ディンズモアは、パラノイア気質の嫌われ者でした。彼は自分こそが次の学長に相応しいと考えていましたが、自分が学部長のホレーショ・アダムズから良く思われておらず、その座には大統一場理論の研究者カール・マラーが推薦されるだろうとも認識しています。
 しかし、ディンズモアは二人のいる学部長室へ乗り込むと、仮定の話と前置きしながらも、尊大な態度で語り始めます。それは、もし彼自身がタイム・トラベル能力を持っていたら、いかに現在の二人に手を付けないまま過去を改変し得るかという奇妙かつ薄気味の悪い話でした。

 アシモフ氏は駄洒落がお好きなようで、本書収録作のいくつかでも駄洒落オチが使われています。日本語翻訳版では今一つ楽しめないのが困ったところですね(^^;)
 特に酷いのが『あるフォイの死』です(笑) お話の末尾にあるフォイの遺言は、丸ごとブロードウェイ・ミュージカルの曲"Give My Regards to Broadway"の歌詞のパロディになっています(日本語版はその点に触れていないのでちょっと不親切)。
 実はこの掌編、氏の名を冠するSF雑誌・〈アシモフ〉誌からボツを食らってしまったという逸話があります。出来には自信があったらしく少々おかんむりだったようですが、まあ無理もないかも(^^;) アシモフ氏の茶目っ気が感じられるお話です。

 個人的なお勧めは、解決方法がSF的で鮮やかな『鳥たちのために』、ミステリーSFとして秀逸な『地球人鑑別法』辺りでしょうか。また、物理学者がオカルト的現象を肯定せざるを得ない状況をを描いた『信念』も、とてもコミカルで楽しめます。
 その他、スペースシャトル・コロンビアのファーストフライト時に執筆されたという『最後のシャトル』も感慨深いですね。本作におけるシャトルは固有名詞ではなく宇宙往還機全般を指したものですけれども、現実におけるNASAのシャトル退役後、その跡を継ぐものがいないのは少し寂しい感じがします。

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